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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第2章 婚約者候補
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19.魔術

 姫君が初めてのご公務を終えてから2週間が経った。

 準備が整ったので、今日から姫君のレッスンとして、本格的に魔術の授業が始まった。

 皇族である以上、使えない、という訳にはいかない。


 姫君は現世から転移された方だ。全く使えないか、もしかしたら凄い魔力があるけれど使い方がわからない、のどちらかだろう。希望的観測として、姫君の瞳に皇族の証である金色の色があることから、後者として考えたい。


 講師として、姫君の婚約者候補の1人であるルシアン・キレイトが招かれた。稀代の魔術師と呼び名の高い方だが、皇都の魔術研究所に引き込もりがちで、おそらく今日が初めて姫君とお会いになる場面だと思う。


 やってきた彼は、聞いていた年齢よりも幼く見え、どう見ても10代の少年だ。リリーナよりも背が低く、自分の見た目の年齢を調整しているのだろうか。


「僕がね、人に物を教えられるような人間に見えるかい?」


 愛らしい姿と声は天使のようだが、口頭一発目からルシアンはとんでもないことを言い出した。


「皇族の魔力には興味があるよ。でもね、君には何の魅力も感じない。僕の時間を無駄にされるのは我慢できないね」


 あまりの不敬な物言いに、リリーナは斬り捨ててしまおうかと思ったが、我慢した。


「どうせ使えませんから」


 はい、終了、みたいな姫君の返答もいかがなものかと思うが、リリーナはこちらに近付いてくるルシアンを見て、身構えた。


「僕はお姉さんのほうに興味があるね。その瞳の色、どうなってるの?」


 天使のような微笑みを浮かべているが、瞳が笑っていない。


「おっと」


 ルシアンはひらりと身をかわす。珍しく牙を向いたトォーリィの攻撃を避けたようだ。


「君も面白いね。研究させて?」


「……そこに、何かいるのでしょうか?」


 何も見えない姫君に、ルシアンは冷たい視線を送る。


「これだけ敵意むき出しの状態の獣すら見えないなんて、お話にならないね。見えるようになってから呼んでよ」


 トォーリィは確かに低く唸り声を上げて、体からバリバリと放電を放っているが、本当に見えないのだろうか。


「失礼します!」


 部屋の扉が乱暴に開かれ、アルヴァートが飛び込んできた。咄嗟に状況を確認して、抜いていた剣を下ろすと、鞘に収める。


「何事ですか、ルシアン様?」


「いい!いいね!その魔力!!僕の息の根を止めてくれるの!?最高だよ!!」


「一体、何を……」


 リリーナは唖然とする。この人はこんな性格に問題がある人だったろうか。

 ルシアンは恍惚とした表情でアルヴァートを見上げ、リリーナを見ると、にっこり笑った。


「今日は帰るけど、また会いに来るね。楽しいなぁ」


 ルシアンは上機嫌で部屋を出て行った。部屋から姿を消してもトォーリィの厳戒態勢は解けない。


「リリーナ、何があった?」


 アルヴァートが部屋を出るルシアンを見送った後、リリーナに報告を求めた。


「ルシアン様が姫君に不敬な発言をされたためお伝えできませんが,今は教えるつもりがないようです。姫君がこの状態のトォーリィが見えないと仰せなので」


「何だと?」


 アルヴァートは不思議そうに空間を見つめる姫君に驚く。厳戒態勢のトォーリィは魔力があるものなら見えないと自分の命が危ないレベルだ。見えないということは魔力がない。


「そんな、まさか」


 本当であれば由々しき事態だ。


「でも私は姫君から魔力を感じます。見えないというより、見方がわからないのでは」


 リリーナはどう説明すればいいのだろうか、と考える。


「基礎から学習される必要がありますね。講師のルシアン様は帰ってしまいましたし、他に誰かお呼びできないでしょうか」


 リリーナの問い掛けにアルヴァートは難しい顔をした。


「ルシアン様は婚約者候補の1人だ。他の者を頼んで、ないがしろにするような、誤解を招くやり方はできない。リリーナ、お前がお教えすることはできないのか?」


 アルヴァートが無茶なことを言い出す。


「それでは本来の護衛の職務に支障が出ます」


「ならば……あまり気が進まないが、ちょうど昨日から皇都に滞在しているあの者を呼ぶか。喜んでやって来るだろう。しばらく待っていろ」


 アルヴァートは姫君に近寄り、片膝を付いた。


「御身に何事もなく、ご無事で安堵いたしました。貴女様のために、我がデイン家より婦人を招きますが、よろしいでしょうか」


「ご婦人?……奥様をお呼びになるの?」


 姫君の瞳が潤んだ。先日の夜会より、アルヴァートには実は妻がいるらしい、という噂がある。


「いいえ、私にまだ妻はおりません。幼少より私の世話してくれた先生です。少々手厳しいでしょうが、きっと貴女のお役に立てるでしょう」


「ええ、よろしくお願いします」


 本人の口から噂が本当ではない話を聞いて、姫君は嬉しそうに頷いた。

 リリーナはホッとする。トォーリィも今は落ち着いて、リリーナの足元で丸くなっていた。

 そうして、アルヴァートが連れてきたのは、別邸の屋敷で世話になったメイド長だった。


「アルヴァート様の命により、参りました。お困りのことと伺い、微力ながら、私めがお手伝い致します」


 メイド長は深々と頭を下げる。トォーリィは彼女の姿を見るなりどこかへ行ってしまったが、散歩か昼寝だろうか。


「皇女殿下、まずは魔術の基礎的なお話をしましょう。魔術は決められた言葉を唱えることにより、魔法陣を形勢します。ただし、明確に物の形をとらえ、組み合わせねばなりません。リリーナ様、皇女殿下に紙とペンをお渡しいただけますか。できれば、貴女様もご一緒に紙とペンをお持ちになってください。正しい解答があったほうが、理解が進みます」


「わかりました」


 リリーナは紙とペンを姫君に渡すと、言われた通り、自分も用意した。


「簡単なものとして、果実を1つ、何でもよろしいので描いてみてください」


 随分、簡単な課題だが、リリーナは何にしようかと考え、姫君の世界にあって、こちらにもある、リンゴを選んだ。真面目に取り組み、立体的に陰影までつけて描く。インクが黒1色なので難しいが、美味しいそうに艶やかに描いた。自分で言うのも何だが、まぁ、満足できる仕上がりだ。ついでに構成と成分表も書き加えておいた。


「できましたか、見せてください」


 メイド長の声にあわせて、描いた物を見せる。


「……」


 沈黙が続いた。

 姫君が選ばれた果実は確かにリンゴだと思う。

 課題として同じ果実を選んだことは間違っていなかったので、そこは安心した。姫君の絵はとても平面で、簡単な線だけど、多分、リンゴだと思う。


「書いた線は魔力の流れです。果実1つを認識し、普段からどのように見ているか。具現化するために、どのように構築しているのかが解ります。どういうことか、おわかりになれますね?」


 メイド長の口調は優しいが、瞳の光が恐ろしい。

 リリーナは姫君が見えない理由を知った。ただ、リリーナは5歳の時から学び、訓練している。今までの経験値があるだけで、姫君も頑張ればどうにかなるのでは。


「ちなみにアルヴァート様が5歳の時に描かれた同じ果実はこちらです」


 メイド長が見せた絵に、2人は絶句する。


「皇女殿下、かなり、頑張りましょうね?」


 メイド長の圧が怖い。これは静かに怒っている。


 リリーナは稀代の魔術師と呼ばれるルシアンが見せた態度の理由を理解した。怒って当然であり、逆に、失礼なことをしてしまったような気がする。


 また、アルヴァートに恍惚の表情を向けていた理由もこの絵を見れば解る。

 5歳でここまでとは、魔王級の危険人物は恐ろしい。

 絵心とかいう問題ではない。もはや才能なのだろう。

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