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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第1章 蒼華姫
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18.償い

 リリーナは指定された時刻にローレン大公殿下の元を訪れた。アルヴァートとともに片膝を付き、頭を下げる。


「出立の前に話しておきたい事があってな。時間を取らせてすまない」


「御用命とあらば、どこへでも馳せ参じます。お気遣いは無用でございます」


 ローレン大公殿下はアルヴァートとリリーナを見て微笑んだ。


「カルバイン副団長」


「ハッ」


「回復されて何よりだ。安堵した」


「一介の騎士の私に、そのようなご温情を賜り、恐悦至極に存じます」


「そのような堅苦しい物言いは良い。表を上げよ」


「ハッ。しかし……」


 リリーナは恐縮する。ローレン大公殿下は先々代の皇帝陛下の弟君だ。皇族であり、一介の騎士風情が対応を間違えてはならない存在だ。


「カルバイン嬢、貴女は騎士ではあるが、姫君なのだよ」


 ローレン大公殿下はリリーナの呼び方を変え、膝の上に肘を付くと、珍しく姿勢を崩した。


「わしは再び蒼華姫に会えて嬉しい」


 リリーナは黙ってローレン大公殿下を見上げる。夜会の時に見せた慈しむような眼差しが注がれている。


「わしに償いをさせてくれないか」


 ローレン大公殿下は静かに告げた。


「昔の話をするが許して欲しい。わしには学生時代からの良き友人がおった。彼は優秀な武人でな、幼き頃から大切にしていたデインの姫君と恋仲であった」


 アルヴァートが以前話してくれたデイン家の令嬢のことだろう。先の大戦時に若くして亡くなったと聞いたが、やはりローレン大公殿下は彼女の姿を覚えており、深く関わっていた人物だったのだ。


「そこへわしの姉上が割り込んだ。皇帝陛下の命により、婚約が整ってしまった。デインの姫君は死を選び、わしの友人も、わしを庇って戦地で散った。最初からそのつもりであったのだろう、彼の……最期の言葉を忘れたことはない」


 ローレン大公殿下は目を閉じる。悲痛な表情は、ローレン大公殿下が受けた傷の深さを物語る。


 思い出させてしまったことを心苦しく思う。

 ローレン大公殿下は一つ大きく息を吐くと、言葉を続けた。


「わしは姉上を説得することも、2人を守ることもできなかった。同じ過ちがあってはならない。もしもこの先、そなたたち2人に困ったことが起きた時、わしを頼って欲しい。この身に持つ権限で、できるだけのことをしよう」


 リリーナはローレン大公殿下の申し出に驚いた。

 あまりにも恐れ多いことはもとより、どういう意味なのか汲み取れない。夜会には確かにアルヴァートのパートナーとして出席したが、婚約者でもなければ、恋人でもない。副団長としていつも側にいるが、ローレン大公殿下の言う蒼華姫は本当に特別な女性なのではないか。


「とはいえ、老い先は短いがのう。何も起こらなければ、それで良い。約束できたことが救いとなる」


 ローレン大公殿下は穏やかに微笑んだ。


「ここに誓約する。我が言霊を持って成し遂げん」


 ローレン大公殿下の言葉が響く。空間に皇室を表す家紋が現れ、金色の粒となって自分たちに降り注いだ。

 アルヴァートは深々と頭を下げる。


「謹んでお受けいたします」


 リリーナも頭を下げる。戸惑う瞳を見せてはいけない。


「あとそうだな。わしをオジーチャンと呼んでくれれば嬉しい」


「え!?」


 リリーナは思わず声を上げてしまい、慌てて頭を下げた。アルヴァートが訝し気な視線を送ってくる。


「親愛なる者という意味らしい」


 ローレン大公殿下は嬉しそうに言うが、誰だ、そんな通訳をしたのは。とてもお呼びできない。


「皇都まで無事でな。わしはそなたらと共にある」


 第1騎士団はローレン大公殿下という大きな後ろ盾を得ることになった。とても誇らしいが恐ろしくもある。



 リリーナはアルヴァートと共に最後の打ち合わせのため、彼が使用している部屋に戻った。他の団員は準備を進め、各々の持ち場ヘ移動を始めている。廊下を歩く音が慌ただしい。外からは馬の嘶きが聞こえてくる。


「天候の乱れを感じるらしい。ルートを変更するしかないだろう。日が暮れる前に、マデリ湖畔を目指す。姫君のために安全な宿の確保が必要だ。第1の野営地はここだな」


 地図を開いて、アルヴァートが指を指す。リリーナはルートに線を引いて印を記入した後、そこへ行くまでの道のりを頭で計算し始めた。地図を見て、ふと気付いた事があり、顔を上げる。


「団長。ここの――」


 影が落ちる。息が触れるほど近くでアルヴァートが自分を見つめていた。その瞳は優しい。


(んんんん?!)


 リリーナはアルヴァートの頬を両手で挟むと、彼の藍色の瞳を覗き込んだ。


「……おい」


 アルヴァートがリリーナの手を外そうとその手首を掴む。

 甘い雰囲気はない。言い表すならば、診察する医者と患者のようだ。リリーナは難しい顔をして角度を変えて覗き込んでいる。


「団長、瞳の色が……」


 藍色の中にたまに金色の光が重なって見える。金色は皇族の色だ。思いあたることは一つだけ。もしや、先程のローレン大公殿下から賜った誓約の影響なのだろうか。


「世界がキラキラと輝いてみえますか?黄金の輝き?みたいな。背景が常に輝いてみえる?みたいな。いろいろ眩しくて、医者に行ったほうがいいかな?みたいな」


「お前の言っている意味が解らんが、特に何も変わっていない」


「団長の瞳の色に、たまに金色の光が重なって見えます」


 リリーナはアルヴァートに、見たままそのままを伝えた。


「なるほど?」


 アルヴァートが口元を緩めて笑い、リリーナの手首から手を離すと、同じように両手をリリーナの頬に添えた。


「お前はそんな風に見えるのか、リリィ?」


 アルヴァートの瞳が妖しく揺れる。

 形勢が逆転した。何か失敗したと感じた時には遅かった。

 瞳にとらわれて動けない。肩を抱かれ、腕を回され、引き寄せられる。

 扉付近で爆発音が響いた。


「……またか」


 アルヴァートはリリーナから離れると、扉の前で伸びている団員と、それを慌てて回収する副官を見て、ため息をついた。

 どういうお約束なんだろう。


「準備が完了しました」


 副官の報告にアルヴァートはわかった、と呟いた。


「リリーナ、姫君の迎えを頼む」


「かしこまりました」


 リリーナはいろいろ考えるのを止めて、職務に戻った。


 ただこれだけは感じる。

 最近の団長は危険だ。可能な範囲で近付かないようにしよう。自分を見失いそうになる。

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