17.猛獣
リリーナは慌てた。
どうしてこうなったのだろう。
祈りの花を奉納した後、どうやら倒れていたらしい。
確かに調整は難しかった。できるかと聞かれて、できます、と大口を叩いておいて、倒れるとか恥ずかしすぎる。
しかも、目覚めたらもう夜になっていて、どうして団長の部屋のベッドでおはようございますなのだ!
思わずびっくりして突き飛ばしてしまった。
「不意打ちは酷いな」
床に転がり落ちたアルヴァートが上体を起こして目をこする。
「どちらが、不意打ち、なんですか」
「猛獣は俺しか保護できない」
リリーナは言葉に詰まる。
「お前は昨日、俺の魔力に引っ張られ、暴れた後に倒れた。ちっとも起きないし、ベッドは1つしかないし、仕方がないだろう。俺も眠い」
アルヴァートは枕を直すとリリーナに背を向けて横になった。
「壁だと思え」
意味不明なことを言って、また寝息をたてる。
「壁……」
リリーナは自分が鎧姿のままであることに気付いた。自分の剣は長机に置いてある。
今は何時なのか。アルヴァートが眠っているということはおそらく深夜だ。そんな時間に城内を歩けない。
今夜はここで朝まで眠ってました、猛獣として、という状況を受け入れざるを得ないのか。
(女性に猛獣ってひどい言いようだわ)
リリーナは傷付いたが、アルヴァートが言うように自分が暴走したら止められるのが彼しかいないのも事実だ。
(壁……)
リリーナはアルヴァートの肩まで布団を掛けてやる。本人が壁だと言うのであれば、壁なのだろう。
仕方ない。リリーナは浄化魔法をかけると、諦めて鎧を脱いだ。バレッタを外し、髪をほどく。どうせ眠るのなら普通に眠ろう。
(夜明けまでどれくらいだろう)
アルヴァートに背を向けて、リリーナはベッドに入る。布団を引き上げて、目を閉じた。
***
朝の5刻の鐘の音を耳にして、リリーナはふっと目を開けた。
「起きたか……?お前は壁に抱きついて眠るのか?」
身動いたリリーナに気付き、アルヴァートが背を向けたまま、困ったように呟く。
(んんんん??!)
これは危機的状況だ。つい温もりを求めて、自分が団長を抱き枕にするという状況に陥っている。
「トォーリィと間違えました」
「なるほど?」
リリーナはそろそろと腕を外す。恥ずかしすぎて両手で顔を覆った。
「……申し訳ありません」
「気分は?」
「問題ありません」
「魔力は?」
「安定しています」
「ならいい」
アルヴァートはため息をつく。背中を向けたまま、言葉を続けた。
「朝礼が6刻にある。それまでに昨日の経過と今日のスケジュールを伝えるから、支度しろ。俺は1度、部屋を出る」
「……わかりました」
アルヴァートが起き上がって、凝ったのか首と肩を回した。
「それと……」
タイミング悪く、リリーナのお腹がなる。
(無理……!!!恥ずかしくて死にたい!!!)
リリーナは頭まで布団を被った。被った布団の上から、幼子にするように頭を触れられる。
「机に木の実があるから食べておけ。お前にやる。腹の足しにはなるだろう」
部屋の扉が閉まる音がして、リリーナは布団から顔を出した。
大きく息をはいた。
朝礼が6刻であれば、時間がない。恥ずかしすぎて部屋に引き込もっていたい気分だが、そういう訳にいかない状況だ。
(団長が戻って来る前に着替えなければ)
リリーナはベッドから出て、身支度を始めた。鎧を装着し、髪を纏めてバレッタで留める。机に置かれた剣を腰に装着して、木の実の入った袋を手に取った。結んでいた紐を解くと、どこか見覚えのあるツヤツヤとした木の実が入っている。
(これは……)
机の上にトォーリィが現れる。愛くるしい目で見つめるトォーリィに、リリーナは微笑むと実を差し出した。トォーリィはキュイと鳴いて実をかじり始めた。
リリーナも一つ手に取って口にする。香ばしい味が広がって美味しい。もう一つねだるトォーリィの足元に、リリーナは数個実を置いた。トォーリィは喜々として頬に詰め込む。
部屋の扉が叩く音がして、アルヴァートの声がした。
「リリーナ、入るぞ」
「はい、どうぞ」
扉が開いて、鎧姿のアルヴァートが部屋に入ってきた。
(何だろう、いつもと雰囲気が違う)
リリーナはアルヴァートを見つめた。
アルヴァートは机の上で実を頬張っているトォーリィを見て、ため息をついた。心なしか、トォーリィが胸をはっている。
「見てわかると思うが、ベレンの実はトォーリィの好物だ。あまりやり過ぎるな。巨大化する」
トォーリィの手からぽろりと実が落ちた。
アルヴァートは奥の椅子に掛けていたマントを装着し、書類を手に取るとリリーナに振り返った。
「座れ。あまり時間がない。じきに集まってくる」
「はい」
リリーナは席についた。
雰囲気が違うと感じたのはマントがなかったからなのか。
「まずは、昨日の件だが、申し訳ない。お前に負担をかけた。暴走した原因は俺に責任がある。ベレンの実は魔力を安定させる。そうだな、日に3つぐらい食べたほうが良いだろう」
「わかりました。ありがとうございます」
アルヴァートが普段から木の実を持ち歩いていたのは、そういう理由だったのかとリリーナは納得する。
「祭事は成功した。礼を言う。その後のことは気にするな。お前が暴走した件は第1内部は仕方ないとして、知るものは少ない。騒ぎにはなっていないが、ローレン大公殿下がお前に面会を求めている。朝の10刻に謁見する予定が入っている。俺も同伴する」
「わかりました。よろしくお願いします」
部屋の扉が叩かれ、副官が入室の許可を求める声がした。
「早いな……。他の予定は朝礼で伝えるから、その時に確認してくれ」
アルヴァートは席を立つと、奥の席へ移動した。その斜め後ろにリリーナも立つ。
「入れ」
アルヴァートが入室を許可すると、副官に続き、団員がおそるおそる入ってきた。
「おはようございます」
口々に挨拶して順番に整列を始める。何やら目が泳いでいる者が混じっているが、考えていることは想定できる。
リリーナはその様子を見て、恥ずかしくなってきた。
アルヴァートはため息をつくと、立ち上がった。
「全員か?少し早いが、朝礼を始める」
いつも通りというか、若干、不機嫌の団長と、その横でいつもらしくない、恥じらう副団長に、団員たちはどこに目をやったらいいのか困る。それでも、顔を引き締め、一同敬礼する。
「お前たちが何を考えているのか、顔に出ているぞ。そんな事でどうする」
男女が一つの部屋で一夜を過ごしました。しかもこの部屋で。
そういう状況を作っておきながら、アルヴァートは無茶な事を言い出した。
「見た目は愛らしいが猛獣だ。保護できる者が俺であっただけで、締め殺されたいのか」
どういう意味で締め殺されるのか。後ろの方で若い団員がよろめく。副官が軽く咳払いをした。
「私が不甲斐ないせいで、あなた達にご迷惑をおかけして申し訳ありません」
リリーナが顔を赤らめて頭を下げる。
瞳が潤んで愛らしい。貴女になら締め殺されても構わない。
ほわほわとした雰囲気に包まれた時、アルヴァートの視線が突き刺さった。
「あの2人のようになりたくなければ自重しなさい」
副官の一言に場が冷えた。




