15.祈りの花
会場に一打が轟く。
続けて追いかけるように響く雷音。叩きつけるような雨音が止んだと思うと、風の音のような笛の音が響き、音色にあわせて、黒髪の美しい女人が舞い踊る。
踊るたびに手に持った鈴の音が震え、何とも不思議な空間を作る。
(これは……)
エキゾチックな顔立ち。見に纏う衣装は鮮やかな布を重ねた独特の形状だが、何とも身体に馴染む懐かしいリズム。
(和太鼓なのでは……?)
友好都市デルフィーノより紹介があってローレン大公領にやってきたのは、遠い昔に見た覚えがある楽器を奏でる集団。
(確かに、聞く者の意識を……飛ばしているわね……)
姫君の横で控えながら、リリーナは客席を見下ろした。
大きな音を聞く機会がない貴族の方々が気を失っているのがわかる。
あまり肌をみせない文化の国で、鍛え上げられた筋肉や、舞い踊る女人の太ももや豊満な胸が見え隠れする姿は唖然とするしかないのだろう。目のやり場に困り、顔を伏せている者と、がっつり見つめている者に分かれている。
涼しい顔をしているのは、轟音になれている騎士団や魔術師等の武人ぐらいだろうか。
統一された動き。魂を鼓舞する音。
「この世に存在する全てのものは、大きな循環で繋がっています。生命にあふれた未来を守るため、我々も一曲奉納いたしましょう」
昨日の音楽祭にて、通訳された言葉にローレン大公殿下は喜び、急遽、本日の祭事に組み込まれた次第だ。
姫君は黙って奉納される音楽と舞いを見つめている。
現世から転移された方だ。何か思うところがあるのだろう。顔色が優れない。
「姫君、ご気分が優れませんか?」
リリーナの反対側で控えるアルヴァートが近付き、姫君にそっとささやいた。
「いえ……」
姫君の瞳に涙が浮かぶ。
アルヴァートは客席から姫君が見えないように少し動いた。客席の注目は舞い踊る女人に向いているが、祝い事に涙を流す姿を見せられない。
「少し思い出しただけです」
前を向く姫君を、リリーナは黙って見つめる。
「貴女をご不安からお守りするのも私共の任務です」
「任務……」
アルヴァートの言葉に姫君が小さく呟く。
「アルヴァートさん」
「何でしょうか」
「あなたは……」
姫君は言葉を続けた。しかし、客席から上がる歓声に飲み込まれ、アルヴァートの耳には届かなかった。
(私が、皇女だから、優しくしてくれるのですか)
リリーナは姫君にハンカチーフを差し出し、頬にそっとあてて流れ落ちた涙を受け止めた。
その言葉を伝えて良いものか。
「さあ、姫君。いよいよですよ。やり遂げましょう」
リリーナはにっこり微笑んで、気分を変えるように明るく振るまった。次は本来の祭事を執り行う姫君の番なのだ。
「よろしくお願いします」
姫君は立ち上がると2人に小さくお願いし、泉の祭壇に進み出た。
祝詞を読み上げ、泉に祈りを捧げる。
この祭事は美と豊穣を司どる女神に感謝し、花を捧げる。
アルヴァートが小さく呟き、泉に小さな魔法陣が浮かび上がった。水が凍り、植物の種の形になる。やがて芽吹き、空に向かって葉が伸びていく。
リリーナが小さく呟き、アルヴァートの魔法陣の上に術を重ねた。淡い光が浮かび、炎の温度を調整しながら、成長を追いかけるように螺旋状に走らせる。
(やっぱり団長の魔力が強すぎる)
術者が違う重ねがけは難しい。互いの魔力の流れを読み、術の強度を合わせなければ飲み込まれてしまう。炎の温度を上げすぎると形が崩れてしまうし、誤って触れると爆発する恐れがある。
氷の植物はやがて大輪の花を咲かせる。
客席からは見事な造形美に歓声があがった。揺らめく炎は素晴らしいイルミネーションとなり、見応えがあるのだろう。
調整する側は大変だ。一瞬も気が抜けない。
(よし)
花から実へ。同時に組み込んでいる光魔術で色を変える。
実が弾けるタイミングで炎の火力を上げ、リリーナは全てを溶かそうとした。しかし、一度は溶けたものの、冷気が強すぎて雪の結晶になり、客席に降り注いだ。
(しまった)
リリーナは驚いたが予想外の歓声に目を瞬く。
(成功した……?)
リリーナがアルヴァートを見上げると、小さく頷いて、口元を緩めるのが見えた。
「姫君、どうぞこちらへ」
アルヴァートは姫君をエスコートする。客席に一礼する姫君に惜しみない歓声と拍手が贈られた。
(良かった……)
2人の後ろ姿を見つめながら、リリーナは大きく息を吐く。
両手が小刻みに震えていた。ぐっと握りしめる。
狼の形態をしたトォーリィが足元に摺りより、心配そうにリリーナを見上げた。
(あら?トォーリィ、どうしたの?)
リリーナは微笑んでトォーリィに視線を向ける。その時、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。
(え……)
リリーナは自分の頬に触れ、驚く。
こぼれた涙の訳がわからない。
張り詰めていた緊張が解けて、安心したからだろうか。
リリーナは慌てて姿勢を正し、前を向く。
姫君が幸せそうに何かささやき、身を屈めるアルヴァートの姿を見て、良かったと思う。
姫君の嬉しそうな姿を見て、お役に立てたことを誇らしく思う。
「リリーナさん、ありがとうございます」
戻ってきた姫君が嬉しそうに笑う。
「お役に立てて光栄です」
リリーナは騎士の礼をとり、心からそう思い、笑顔で応えた。
「それでは、参りましょう」
アルヴァートが姫君をエスコートして退出する。
リリーナはその後ろに続いた。客席から姫君の姿が消えるまで、拍手と喝采が贈られている。
(無事に終わって良かった)
リリーナは頑張って口角を上げる。
祭事の進行表の流れを確認し、姫君を馬車まで送り届けた後、無事に城まで護衛しよう。
その後は皇都に戻る準備を進めて、荷造りを手伝って、明日の出発の行程と野営地の確認をしよう。
体調不良の団員は救護班に組み込むとして、ローレン大公殿下への挨拶と、皇都に戻った後の報告を用意しておく必要がある。
リリーナは目を伏せる。
こんな状態はまずい。頭を情報でいっぱいにして、自分は何から目をそらそうとしているのか。
頑張って上げている口角が震える。
何を頑張っているのか。
護衛の任務に支障が出てしまう。判断が遅れてしまう。
歩く度、心の奥底が、何故かずっしりと冷えていく――。




