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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第1章 蒼華姫
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14.幻の姫

 城に戻ると、不思議なことが起きていた。

 昨日の夜会にデイン家の姫君が参加していたが、どんな姿だったのか全く思い出せない者が多いのだ。

 挨拶をした姫君にまで、リリーナ本人に質問をしてくる程であり、あれは幻ではないか、とさえ言われ始めている。


「団長、どういうことでしょうか?」


 公務の打ち合わせのため、団長が使用している部屋を訪れたリリーナは疑問をぶつける。

 アルヴァートはやれやれとため息をついた。


「当たり前のことだ。昔から、デイン家の男は自分の大切な女性の姿を他人の記憶に残さない」


 そう言って、用意していた書類を長机に置くと、リリーナに近付き、髪に触れた。


「俺が贈ったベレンの花の魔力だ。知っているのは俺だけでいい。花が散るまでの、短い夢のようなものだ」


「私も、何か忘れてしまっているということでしょうか?」


 リリーナの質問にアルヴァートは目をそらす。


「お前は相変わらず聡いな……」


 困ったように呟いて、アルヴァートはそのままリリーナを抱き寄せた。


「何か思い出したか、リリィ?」


 耳元で囁かれて、リリーナの頬に熱が上がる。

 いつも背後からの人が、本当に正面から来るとは思わなかった。鎧があって助かったと思う。昨夜みたいに薄い衣服だと跳ね上がった動悸が伝わってしまう。

 腕から逃れようとするが出られるはずもなく、逆に力が強まった。


「団長がステップを大きく踏み外したせいで倒れそうになったことは覚えています」


「他には?」


「自分で呼べと言っておきながら動揺したり、ダリウス様にご挨拶をしたことでしょうか」


「俺は団長呼びなのにダリウス様は名前呼びか」


「何を子供のようなことを言ってるんですか。職務中、団長は団長です」


「……まあいい。他には?」


「ローレン大公殿下と踊りました。あの方の記憶も消えてしまいましたか?」


 あの晩、ローレン大公殿下は穏やかに微笑み、自分を蒼華姫と呼んで、とても懐かしんでいた。慈しむ瞳は誰かを重ねて想っていた。思い出といえるものでもないだろうが、消えてしまうのは悲しい。


「いや……」


 アルヴァートはリリーナを抱き寄せる腕を緩めると、自分を見上げる瞳を覗き込んだ。


「ローレン大公殿下はリリィをとおして、おそらく叔母上をみている。先の大戦中に若くして亡くなったデイン家の令嬢だ。それもあるが……」


 アルヴァートがリリーナの頬に触れる。


「叔母上の姿を覚えているという事は、元々、ベレンの花の魔力が効かない。ローレン大公殿下はかなり魅了と幻惑の耐性が高いということだ」


 部屋の扉がノックされ、アルヴァートの視線に囚われていたリリーナはハッとした。離れようとするが動けない。

 おもむろに扉が開かれ、慌てて閉められた音が耳に届いた。


「余所見をするなと、言っただろう?」


 口付けされそうな程近付いていたアルヴァートが、リリーナを見つめて笑う。


「知りません!」


「まあいい。しばらく誰も近付かないだろうから、先に伝えておく。座れ」


 横を向いたリリーナをすんなりと解放すると、アルヴァートは椅子に座り、一枚の図面を示した。

 姫君が公務として祈りを捧げる泉の見取り図だ。


「姫君は魔術が使えない」


 アルヴァートは姫君の位置図を差して、その後、指を組んだ。


「元々訓練されていなかったのか、これから開花されるのか、現時点では使えないのは確かだ」


 現世から転移された姫君だ。いきなり魔術が使えるはずがない。


「でも、それでは祈りの花が……奉納できません」


 リリーナは向かいの椅子に座ると図面を見つめた。

 この世界で魔術が使えるものは確かに限られている。しかし、皇室の血筋でしか発動できない魔術もあり、皇女に魔力がなく使えないということはあり得ないし、公にできない。


「会場の客席から見えない範囲で俺が魔法陣を組む。リリーナに頼みたいのは炎の方だ。できるか?」


 アルヴァートと自分の位置を確認し、計算する。大きなものを小さな魔方陣で生成することは、精巧に作り込む必要があり、詠唱をあわせたとしても難易度が高い。


「できます。しかし、団長が同時に行ったほうが無難なのでは?」


 1人で2つの術を発動しても、術者が同じなら、そう難しくない。今回の規模で、異なる術者の重ねがけは、術の属性もあり、反発して失敗する可能性が高い。わざわざ2人で行なわなくても、魔王級の危険人物なら簡単な作業なのではないか。


「俺が氷雪系なのは知っているだろう?火炎系も使えるが、順番に使うとこうなる。見せたほうが早い」


 アルヴァートが小さく呟き、扉の出入り口付近に魔方陣を描いた。氷の柱がメキメキと現れる。


「リリィ、こちらへ」


 向かいに座るリリーナを呼び寄せ、アルヴァートは背に庇う。

 扉をノックする音がしたほうが先か、アルヴァートが詠唱したほうが先か、扉が開かれた瞬間、氷の柱に炎が走り、爆発した。

 もうもうとドライアイスのような煙が上がり、団員が目を回して倒れる。


「入る前に、名前を言って、許可を取れと言っただろう?」


 勝手に入るからこうなる、とアルヴァートは不機嫌に見下ろした。

 爆発音に気付いた副官が慌てて駆け寄り、部屋にいるアルヴァートとリリーナに頭を下げ、伸びている団員を回収した。


「つまり気化してしまう。火炎系のリリーナなら何とかできるだろうと思ってな。任せたぞ」


「かしこまりました」


 爆風で乱れた前髪を直し、リリーナは床に散らばった書類を拾って席に戻った。


「あら、これは?」


 リリーナは祭事の進行表に新しく書き加えられた部分に目がとまった。


「追加だ。ローレン大公殿下がいたくお気に召したらしい」

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