13.一夜明けて
夢を見ていた。
思い出せないけれど、どこか懐かしいような、嬉しいような、幸せな気持ちに包まれる。
ふわふわとした気分のまま、リリーナは目を開ける。
見慣れない景色に少し戸惑ったが、ここがデイン家の屋敷であることを思い出して、寝返りをうった。
デイン家のベッドは最高級品質だ。普段眠る寄宿舎の硬いベッドと違い、よく眠れる。
(ふかふか、最高!)
いい匂いするし、トォーリィの毛並みに並ぶ寝心地の良さ、疲れがなくなる回復力、どれも素晴らしい。
(もう少し眠っていたいけれど……)
リリーナは体を起こし、大きく伸びをした。
部屋の扉が控えめにノックされ、リリーナは入室の許可をする。
「おはようございます」
昨夜と同じメイドが帳を上げるのを待って、リリーナは床に足を降ろした。
「朝食をご用意しております」
「こちらへ運んでくださいますか」
「かしこまりました」
朝の支度をされるがままにお任せしていたリリーナだが、髪を結いあげようとしたメイドを手で制して辞退した。
「職務に戻ります」
「かしこまりました」
メイドはテキパキとサイドを編み込みにし、1つに結い上げるとバレッタで留めた。
デイン家のメイドは完璧だ。騎士団服も鎧の装着も馴れているのか、流れるように身支度されていく。
「ありがとうございます」
リリーナは騎士の礼をとる。やはり、ドレスより鎧の方が落ち着く。剣を受け取り、腰に装着する。
「おはようございます、姫君」
食事を運んできたメイドに続いて、執事長とメイド長が現れた。
「もう姫君の姿ではないのだが……?」
アルヴァートが苦笑しながら現れた。リリーナと同じようにすでに騎士団服に着替えている。
「おはようございます、団長」
「おはよう、朝食を一緒にとろうと思ってな。よく眠れたか?いや、よく眠っていたな……」
「いろいろお気遣いいただき、ありがとうございます」
アルヴァートの最後の言葉は口籠ってよく聞こえなかったが、リリーナは敬礼し、感謝の意を伝えた。
アルヴァートが黙ってリリーナを見つめる。
「何か?」
「いや、いつも通りだな、と思っただけだ」
アルヴァートは目をそらす。リリーナは首を傾げた。そういえば、と思い出したように胸の前で指をあわせる。
「団長、トォーリィを見ませんでしたか?ここへ戻る時は一緒だったのに、どこにも姿がなくて」
「トォーリィならベレンの木のうろにいるだろうな」
リリーナは驚く。リス、ゆえに木の実ラブ。よくわからない数式が頭に浮かんだ時、メイド長に声をかけられた。
「ご用意できました、こちらへ」
メイド長がリリーナを案内する。ひかれた椅子に腰を降ろすと、向かいの席にアルヴァートが座った。
リリーナが微笑んだ。
「なんだ?」
「団長とこの姿で、このお料理は不思議な感じがします」
「まあ、いつもは団員の作る男メシだしな」
アルヴァートの食事のマナーは完璧だ。エスコートといい、ダンスといい、彼も貴族としての所作を一通り習得しているのだろう。普段から食べ方がきれいだなと思っていたが、自分と同じように努力した仲間なのだろうか。
「姫君は午前中は休養され、午後から祈りを捧げる。初めてのご公務となるが、協力を頼みたい。詳細は戻ってから伝えるが、頼むぞ」
「かしこまりました」
食後の紅茶をいただきながら話す内容ではないだろうが、これが日常だ。
アルヴァートはカップをソーサーに戻すと立ち上がった。
リリーナもそれに続き、気を引き締める。
執事長とメイド長は玄関まで見送りに来てくれた。
「世話になったな」
アルヴァートが執事長に声をかけ、馬の首をなでてから鞍にまたがった。
「勿体ないお言葉でございます」
執事長が深々と頭を下げる。
「いろいろとありがとうございました」
リリーナは改めて二人にお礼を言う。
「姫君……」
また涙を浮かべているメイド長がすがるようにリリーナを見上げた。リリーナはその手を両手で包み、微笑みを浮かべた。そのままメイド長の言葉を待つ。
「またお会いできますか。どうかこの屋敷の……」
リリーナは首を左右に振り、メイド長の言葉を止めた。
困ったように見つめた後、目を伏せる。
「お会いする機会はあるでしょう。しかし、私は騎士です。女主人となり、屋敷を守る生き方はできません」
「いいえ、いいえ」
リリーナの言葉にメイド長はふるふると小さく震えていたが、急にガッシリと手を重ねると、ボソッと呟いた。
「私は諦めません。あなた様は完璧です」
「え……」
突然の豹変に驚くリリーナから手をはなし、メイド長は深々と頭を下げる。
「狙われたな」
馬上のアルヴァートはその様子を気の毒そうに眺めていたが、自分を見上げた執事長の無言の圧力に寒気を感じた。
狙われているのはリリーナだけではないようだ。
「リリーナ、出るぞ」
「はい。それでは」
リリーナは鞍にまたがると、アルヴァートの後を追った。
何だか眠っていた猛獣を起こしてしまった気分だ。
心なしか前を走るアルヴァートの馬の速度が速い。
トォーリィが上空に姿を現す。いつもより鳥の姿が大きいような気がするが、ちゃんと先導するように羽ばたいている。
(ドレスはしばらく着たくないわ)
最初は自分の夢のためだけに進んだ道だけれど、こうして馬を走らせ、騎士として生きるほうが自分に合っている。
(団長もいるし)
風で翻るマントが今日も格好良い。
(んんんん?!)
リリーナはハッとする。今、何かおかしなことを考えたような気がする。手綱が緩んでしまい、変な引き方をしたため馬が驚いて速度を落とした。
異変に気付いたアルヴァートが戻ってくる。
「どうかしたのか?」
「いえ、申し訳ありません」
混乱するリリーナはアルヴァートの顔を見ることができない。トォーリィが上空から滑空し、ドスッとアルヴァートの頭に着地した。いつも鷹ぐらいの大きさだったのに、やはり大鷲ぐらいの大きさになっている。
「な……」
リリーナは吹き出して笑った。トォーリィは何故か胸を張っている。いつも助けてくれるトォーリィに感謝した。
「ありがとう、トォーリィ。大好きよ」




