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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第1章 蒼華姫
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11.芽生え

 しばらくして、落ち着いてきたリリーナは向かいの席に目をやった。そこにアルヴァートの姿はない。足元にトォーリィがのんびりと伏せている。羽織らされた上着が温かく、リリーナは裾をそっと握ってしまい、ハッとした。


(え!?上着を私に渡してしまって、その後、団長はどう過ごすつもりなの!?)


 落ち着いてくると変なところに頭が回り始める。何だが脱いでしまうのも申し訳なくてそのままでいるが、同時に恥ずかしくもなってきた。


(団長のことは考えないようにしよう)


 リリーナは軽く頭を振った。


(今後も今回のような任務があるのなら、考えなければならないことが多いわ)


 無理矢理、頭を仕事モードに切り替える。

 夜会や舞踏会の警護にあたることはこれまで何度もあった。ただ、騎士として帯刀し、鎧姿が通常スタイルであって、今夜のように、ドレスにヒール、剣なしとは、何とも心許ない。


(まずはこのヒール)


 踊ることは可能だが、バランスを崩しやすい。剣を手にするまでは、体術で応戦するしかない。大きく踏み込む、後ろに下がる、蹴りを食らわす、どこまで可能だろうか。バランスを崩した時の動きも考えないと、先程のように倒れ込んでしまう。

 つい思い出してしまい、リリーナの頬に熱が上がった。


(本当に……いつも背後から……!!!)


 油断している訳でもないのに、何故、いつも背後から抱き寄せられるのか。だからといって正面からこられても困るが。

 リリーナはまた頭を振った。


(団長のことは考えないようにしよう)


 気持ちを落ち着けようと、リリーナは深呼吸する。


(そもそもドレスでどこまで動けるかしら)


 鎧よりは軽い。裾が拡がるので、回し蹴りが出来るぐらいの高さまで足は上げられる。軸足がヒールなので、やはり訓練して強化するしかない。


(あとは術の強化と魔道具)


 この世界には魔素があり、魔術がある。術の行使はその規模に応じた魔道具が必要で、判断を誤ると命を削る。

 リリーナが普段使う魔道具は、いつも身につけているバレッタだ。生活魔術の軽いものから攻撃魔法まで、どの規模まで使えるのか試してみたが、ほぼカバーできるため重宝している。騎士養成学校に入校した時にアルヴァートから貰った物だが、思い出して、リリーナは固まる。


 支給品だと思っていた。


 あの当時、女性で騎士を目指す者がいなかったから気付かなかったけれど、彼は次の年に卒業してしまい、第1騎士団で直属の上司として再会した時に何と言ったか。


(ずっと使ってくれてるのか……って)


 嬉しそうに笑った顔を思い出して、リリーナの顔が火照る。


(今更すぎて、恥ずかしすぎる)


 バレッタが今夜の髪型に使われていないため、外して確認することができないが、デザインと色合いが今日の装いと同じだ。


(ダメダメ。深く考えるのはよそう)


 リリーナは無理矢理バレッタの件を横に置いて、真面目に考え直す。


(身体強化が使えるぐらいの魔道具を用意しておいたほうがいいよね。装飾品は贈られかねないし)


 誰に?と自分で突っ込みを入れて、自滅する。

 どうしてこんなにもアルヴァートのことを考えてしまうのか。


(この上着がいけないんだわ)


 どうも意識してしまい、リリーナは火照る顔を両手で覆った。表情がくるくると変わるリリーナの様子を、トォーリィが不思議そうに見上げている。


(しかもリリィと呼ぶから)


 任務とはいえ、あの優しい呼び方は反則だ。勘違いしそうになる。見つめる眼差しも、触れ方も、恋人そのものだ。


(ダメダメ。団長のことは考えないようにしよう)


 これは任務、任務と何度言い聞かせたことか。


(でも……呼び方が違うだけで、普段とそう変わらない?)


 リリーナは気付かなければ良かったことに気付いてしまった。

 アルヴァートは初対面の時から何も変わっていない。

 職務中は任務に忠実で、真面目で無表情。硬い口調のことが多いが、それ以外の時は気さくに笑うし、見つめるし、抱き寄せるし、触れるし、距離が近い。


(まさか……)


 リリーナは考えることをやめた。

 胸の動悸が収まらない。許容範囲を超えている。任務に支障が出る。彼や自分の気持ちに気付きたくない。言葉にしたくない。

 再び、大混乱に陥った時、馬車が止まった。扉が静かに開かれる。


「姫君、到着しました。お手をどうぞ」


 デイン家の御者の声に、現実に引き戻される。リリーナはホッとした。救われた気分になる。


「ありがとう」


 リリーナは気を引き締めると馬車から降りた。


 デイン家の屋敷に戻ると、執事長とメイド長が出迎えてくれた。


(なぜ……)


 涙ぐんで見送ってくれた彼らの瞳が、今はあやしい光を放っているのだろう。背後で屋敷の扉が閉まる音が恐ろしい。

 アルヴァートの使いが執事長に主人からの伝言を伝える。執事長は頷くとメイド長に何か言葉を伝え、メイド長もまた頷く。


「姫君、お疲れのことでしょう。お部屋ヘご案内いたします」


 執事長が恭しくお辞儀をし、リリーナを屋敷の奥ヘ誘った。


「こちらヘ」


 通された部屋に入り、リリーナは驚く。客室としては調度品が素晴らしすぎる。踊れるほど広いし、ベッドには天蓋がついているし、何ともすごい部屋へ案内されてしまった。デイン家の財力はいかほどか。


「蒼の間でございます」


 それは客室ではないのでは、と言葉をかけようとしたが、執事長は隙きを見せることはなく、礼をして扉を締めた。

 トォーリィはとことこと歩いていくと、バルコニーの扉の前で伏せて丸くなった。


「姫君、こちらへ」


 若いメイドが2人、にこやかに微笑みを浮かべて控えている。圧がすごい。リリーナは考えることをやめた。


 案の上、湯浴みをさせられ、また磨き上げられ、ふわふわとした夜着を着せられた。部屋に軽い食事が用意されていたので、ありがたく頂く。

 一緒に付いてきたはずのトォーリィの姿が消えているが、どこへ散歩に行ったのだろう。


 屋敷に到着してからしばらく経つが、そういえば、アルヴァートが戻って来た様子もない。


「先にお休みになっても良い、と伺っております。お待ちになりますか?」


 デイン家のメイドは心が読めるのか。

 リリーナはそっと目を伏せると、何度か瞬いた後、いいえと小さく答えた。


(何だかいろいろ疲れすぎて、眠りたい)


 ため息が出る。夜の支度をされるがままにお任せし、天蓋付きのベッドに横たえた。

 お休みなさいませ、と帳が降りる。ふっと明かりが落とされ、リリーナは大きく深呼吸した。


 ふかふかで花のいい香りがする。寝返りをうったリリーナは、サイドテーブルに1輪生けられた花を見つめた。この香りはあの花からだろう。夜会に行く前にアルヴァートが髪に差し飾ったものだ。


(あの花も……青い……のね……)


 すうっと眠りに誘われる。本当に、いろいろ疲れてしまった。今夜はゆっくり眠って明日からまた頑張ろう。

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