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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第1章 蒼華姫
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10.波紋

 会場にため息が上がる。


 踊る姿はまさに花のようで、美しく、麗しく、目が離せない。

 波打つように輝く藍色のドレス。丁寧に施された銀糸の刺繍、瞬く宝石は星のようで、夜空を思わせる。襟元から折り重なるレースでみせないようにしているが、その肌は白く、すらりとしなやかに伸びる手足が爪先まで美しい。澄んだ泉のような緑の瞳、花びらのような愛らしい唇、プラチナブロンドの髪に映える青い生花、全てが胸を締め付ける。彼女がデイン家の姫君であり、決して触れてはいけない崇高な存在であるから。


 第1騎士団長アルヴァート・デイン。

 職務柄、彼が夜会に参加することがこれまでなかったため失念していたが、彼はデイン家の子息であり、妻を持っていても、公にしないのが当たり前の家柄だ。


 デイン家の姫君が公式の場に姿を現すことは滅多にない。今回の夜会が皇族主宰であり、やむを得ないという理由であろうが、あれほどまでに美しい姫君が存在していた事実が信じられない。彼の姫君は社交界にデビューする必要がなく、あえて秘匿されていたのではないかと思われる。


 今夜の夜会は皇女のお披露目があるということで出席した者が多い中、滅多に公式の場に現れないデイン家の存在が注目を浴びた。


 騎士団長の彼を知る者は驚く。普段みせない甘い表情は彼女だけに向けられ、エスコートする腕は彼女を包んで離さない。仲睦まじく、彼の姫君がどれほどの愛情を受けているのか、見つめる視線から,贈られる口付けから、よくわかる。


「やぁ、アルヴァート」


 姫君の婚約者候補の一人であるダリウス・サジールが姫君を連れてアルヴァートに声をかけた。


「ダリウス様」


 アルヴァートは騎士の礼を、リリーナは淑女の礼をする。

 ダリウスは現宰相の子息であり、姫君の婚約者候補の中で最も有力視されている人物だ。上位貴族であり、今回の夜会の警護対象の一人でもある。


「現在、異常事態は報告されておりません。引き続き、皆様がつつがなくお過ごしいただけるよう、務めさせていただきます」


「君は相変わらず真面目だねぇ」


 ダリウスは苦笑する。何かおかしなところがあっただろうか、アルヴァートは不思議に思う。


「姫君が君とのダンスをご所望だ。だから、お連れしたのだが……」


 ダリウスはアルヴァートを見上げ、傍らに寄り添うリリーナに視線を向けた。アルヴァートがリリーナを隠すように背に庇う。向けられ表情に変わりはなく、さり気ない動きではあるが、緊張がはしる。


「デインの花を誘うことはしないよ。僕はまだ死にたくないからね」


「あの……」


 姫君がおずおずとアルヴァートの前に進み出て、声をかけた。


「私と一曲踊っていただけないでしょうか……」


 会場がざわめく。ダンスを申し込むのは男性からであり、女性から誘うことはない。パートナーがいる場合、承諾を得ないと踊ることはできない。


 ダリウスは申し訳なさそうにアルヴァートを見上げ、頬を染める姫君を見て、やれやれとため息をついた。


「一介の騎士の自分に、見に余るお言葉をいただき、光栄に存じます」


 アルヴァートは騎士として姫君に片膝を付くと、頭を下げた。しかし、姫君の手をすぐにはとらず、アルヴァートは立ち上がるとリリーナを抱き寄せ、耳元で何かささやくと、その美しい髪に口付けを落とした。リリーナは小さく頷くと、姫君に一礼をし、その場から退出する。

 その後ろ姿を見送るアルヴァートの姿にため息がもれた。


 この小さな事件は波紋をよんだ。

 皇女の恋心が誰に向いているのか。また、自分からダンスを申し込み、想い合っている2人を引き離す、理解し難い言動。皇女のために身を引いた、麗しいデインの姫君に同情が集まる。


 リリーナはアルヴァートに言われた通り、中庭に出た。

 2人が踊る姿を見たかったが、考えてみたら一人でいる訳にもいかず、だからといって誰かと踊る気分でもない。


(ちょっと休憩しよう……)


 東屋のベンチに腰掛け、ため息をつく。会場を離れる時に付いてきたトォーリィが足元に寄り添い、リリーナはその背を撫でた。

 ワルツの音楽が流れる。姫君の側で踊るのはアルヴァート本人だから、何かあっても大丈夫だろう。


「ありがとう、トォーリィ。お疲れさま」


 応えるように尾が揺れる。

 今回の任務は何だか疲れる。アルヴァートのパートナーとして参加しているが、距離が近い。近すぎる。セクハラで訴えてもいいぐらい、常に腕の中だ。正直、姫君として扱われ、愛称で呼び合うような恋人の振りをすることは悪い気分ではない。つい絆されて、勘違いしてしまいそうにもなる。

 リリーナはため息をついた。

 夜風が花の香りを運んでくる。少し寒いような気がして、急に寂しくなった。


(なぜかしら……)


 伏せていたトォーリィが顔を上げ、心配そうに見上げた。

 リリーナは微笑んで、頭を撫でる。


(トォーリィがこうして側にいてくれるのに、寂しくなるなんて……変ね)


 薄いドレスは身体を冷やす。いつも鎧姿でいるせいで忘れていたが、このまま長居をして体調を崩すわけにいかない。


(少し歩こう)


 ベンチから立ち上がり、東屋から出ようと歩き出した時、不意に後ろから抱き締められた。


「リリィ」


 ここにいるはずのない彼の声を聞いて、包まれるぬくもりの温かさに、思わず悲鳴を上げそうになった。リリーナは息をのむ。バランスを崩して、突然現れたアルヴァートの腕の中に倒れ込んでしまった。


「すまない。こんなに冷えてしまって……」


 アルヴァートから伝わる熱で今は寒くない。抱き締める腕が強すぎて苦しいぐらいだ。どうしてこの人はいつも神出鬼没で、そして軽々と自分を抱き上げるのか。

 上着を羽織らされ、横抱きにされたまま、来た時と同じ馬車に運ばれる。トォーリィが付いてきたが大丈夫なのだろうか。夜会はまだ閉会していない。


「先に戻れ」


 リリーナに答える暇を与えず、アルヴァートは馬車の扉を閉めた。胸の動悸が収まらない。彼の上着は温かいが、過保護すぎて苦しい。副官として何年も彼の側にいたが、今日はやたらと翻弄される。


(いったい、どういうことかしら……)


 大混乱のリリーナを乗せたまま、馬車が走り出した。

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