子供部屋おじさん、逆ナンされる
昨日と同じ第四階層へと入る。
通路を進んでいると、左への曲がる通路の先から、戦闘の音が聞こえた。
やがて「うぅ!?」という女性の悲鳴が聞こえてくる。
ただならぬ気配であった。
『やばそう』
『様子見た方がいいかも』
『いや危ないのでは?』
『おじさんはこの辺の敵を安定して撃破しているから、大丈夫だろ』
「様子を見てみます」
棍棒を持ちながら左へ曲がった先には、2体のカニに襲われる、女性の探索者がいた。
20代後半くらいの年齢で、170センチはあるモデルのようにすらりとした、黒髪ショートの美人である。
持っていた剣を落とし、床に尻もちをついて、完全に無防備な状態だ。左肩からは血が出ている。
距離の近いカニの1体が、右側のハサミを振り上げようとしていた。
「きゃああああ!」
戦意を喪失した、明確な悲鳴にドローンのAIが反応。救難信号が発信。
迷っている暇はなかった。
「介入します!」
炎魔法を詠唱。
現れた魔法陣から放たれた2つの炎の玉は、後ろにカニを焼き尽くした。
「っ!?」
女性の探索者が息を飲む。
そして鈴木は一気に前へと駆けて――間一髪のタイミングで、振り下ろされたハサミを棍棒で受け止めた。
がこんっ! と大きな音と共に、両腕へどっしりとした重量感がのしかかる。
せめぎ合う両者。
互いの腕が震え、足も震えた。
そんな激しい力勝負に勝利したのは――鈴木であった。
押し込まれ、バランスを崩し後ろへ仰け反るカニ。
鈴木は開いた胴体へ向けて、思いっきり棍棒を叩きこんだ。
どすんっ!!! と重量感の音と共に、甲羅が砕け、床へ飛び散る。
カニが凄まじい衝撃にフラフラとしたところを、さらにもう一撃叩きこむ。
「ご、ぽぉ……」
カニはどさりと倒れ、魔力となって消えていく。
「大丈夫ですか」
鈴木は振り返り、そう声をかける。
女性探索者は座ったまま、こくりと頷いた。
「す、すいません。ありがとうございます」
「しばらく休んでいた方がいいですね」
「はい……」
女性探索者はアイテムボックスからポーションを取り出し、それを傷口へかけた。
回復にはしばらくかかるだろう。
鈴木は2個の魔石を拾った。
「そちらは、お譲りします」
「わかりました」
魔石をリュックサックへ入れる。
しばらくすると、女性探索者は歩けるようにまで回復した。
第四階層は自分にはまだ早かったと、第三階層へ一旦引き上げるようだ。
鈴木はそうですか、と言って狩りを再開しようとした瞬間、女性探索者は声を上げた。
「あ、あの、ソロですよね? もしよければ、一緒にパーティーを組みませんか?」
その顔は赤くなっている。
典型的な吊り橋効果だ。
しかし実際、手際よく助かった鈴木は、女性探索者から見ればかっこよく映ってしまうのも無理はない話である。
女性探索者を見ると、若くて綺麗な人だ。
つい、年に釣り合わず、惹きこまれてしまうところもあった。
しかし鈴木は、首を横に振った。
「いえ、今はパーティーを考えていないので」
そういうと、女性探索者の表情が少し陰った。
「そ、そうですか。残念です……あの、せめて、お礼を」
「大丈夫ですよ。危ない所を助けるのは普通です。では」
逃げるように、そう言って鈴木はその場を去った。
『えー』
『ええやん、可愛い子だったぞ』
『普通にレスキュー料金貰える案件やで』
『まあ、配信で残っているから、後から振り込まれると思うで』
『持ち帰っちゃえ』
『ダンジョンに出会い求めるのは間違ってないゾ』
『おい、お前ら……』
『普通にこの人結婚してるんじゃない?』
「いえ、独身ですが……もう私は40のオッサンですよ。若い女の子と組むなんて、とても無理ですよ」
『もったいねぇ』
『いや、べつに普通の反応じゃね』
『じゃあ俺に寄越せ』
『お前らじゃ逆ナンされない定期』
『イケオジだもんね、おじさん』
(そうなのか? やれやれ、なんだか恥ずかしいな)
超睡眠の効果で心なしか肌艶が良くなり、若返っている感じがあるので、それでイケオジ化しているのかもしれない。
それに断ったのは――つい、会社員時代に付き合っていた彼女を、思い浮かべていたからだ。
(もうとっくに別れているのに、未練がましいな……)
最後に連絡をとったのは、正月のあけおめメッセージのみ。
しかも決まって、向こうから送ってくる。
律儀というか、なんでこんな自分とまだ繋がり持とうとするのだろうと、疑問に思っていた。
向こうも未練に思っているのだろうかと、そう考えた時期もあったが、無職になっているのを知っているのに、そんな男を好きでいつづけるわけがないだろうとも思った。
(だけど、今なら……)
そこまで考えて、首を横に振った。
(こんな落ちぶれた中年男は、1人で細々生きるのが身分相応だ)
出来るだけ元彼女のことを考えず、鈴木は棍棒を持ってダンジョン内を進んだ。




