第19話 不正の証明
「こんなの不正に決まってる!」
モーリスが声を荒げ、僕を睨んだ。
「あの氷山が全部溶けるなんてあり得ない! しかも火魔法を使わずにだぞ! こいつが試験前に何かしたに決まってる!」
「あなたは受験番号2517番……モーリス・アレクサンダー」
トムソン先生が持っていた受験生の点数表を捲りながら確認する。
「アレクサンダー家のご子息ですね」
「あぁ、そうだ!」
「残念ですが、モーリスさん。試験は正常に行われました。また氷山の魔法陣への不正もあり得ません」
「何故そう言い切れる!?」
「魔法陣には不正防止の防護魔法を掛けています。魔法陣に何かすれば、その時点で気絶。試験の全過程が終了するまで起きません」
実際、さっきも不正を働こうとして返り討ちにあった受験生がいた。
やっぱり魔法陣に触らなくてよかったみたいだ。
「仮に魔法陣を描き換えたとしても特に問題ありません」
「なんでだ?」
「——そりゃあ、俺達教員が丹精込めて掛けた防護魔法を破ったからだろ」
モーリスの隣にはいつの間にかファウラー先生が座っていた。
「つまりそいつにはそのくらいの力量があるってことだ。その才能は合格に値する」
そうだったのか。だったら魔法陣を描き換えた方が省エネだったな。
いや、試験中にそんなリスクを取る勇気なんてないけど。
そもそも合格する気はなかったし。
「そんな……この俺が……? こんな田舎者に負ける……?」
モーリスは俯き、わなわなと肩を震わせていた。
やがてバッと顔を上げると、怒りの表情で杖を取り出し、高く掲げた。
「そんなこと認められるかー!!」
モーリスの杖の先から青白い炎の塊が出現する。
モーリスが魔力を込めるごとに、塊は大きくなり、激しく燃え上がる。
ある程度のサイズになると、その火球を魔力で無理やり押し固めた。
「え……! いったい何を!?」
トムソン先生が焦ったような表情で叫ぶ。
するとモーリスは不気味に口角を上げた。
「こいつが不正を働いていないなら、この俺の上級火魔法も止められるはずだよなぁ……!」
「な……! モーリスさん! 試験はもう終了ですよ!」
「関係ないねぇ! 俺の試験がまだ終わってないんだよ!!」
——上級火魔法『豪火球』!!
青白い炎の大玉が僕に向かって放たれた。
「ポールさん! 急いで離れましょう!」
トムソン先生が僕の肩を掴み、退場するように促す。
——けれど……。
僕は周りを見渡した。
闘技場の退場口は走っても間に合う距離じゃない。
おまけに床は水浸し。
このまま僕達が避けて、あの高圧高温の炎の球が床に直撃したら、どうなるか。
「いや。ダメです」
僕は首を振る。
「何の対処もしなかったら水蒸気爆発が起きます! みんなに被害が出る」
水が急激に熱せられて、瞬間的に水蒸気になる現象。
水は水蒸気になると、体積が千倍以上に膨れ上がる。
その膨張と熱で、観客席のみんなも火傷を負ってしまう。
「すいじょう……? ——いえ、な、何をするつもりですか……!?」
「トムソン先生、ごめんなさい。こんな勝手なこと。僕は失格でもいいので」
僕は急いで師匠の小刀を取りに行き、豪火球に切先を向けた。
魔力を小刀に込める。
自分の目の前にあの火の大玉を包み込むほどの空気の面を作り、その面を振動させる。
イメージはすごく低い音。
誰にも聞こえないほどの超低周波の音を出す。
足元の水面に細かな波紋が広がり、腹の底がズンズンと震えた。
その音に指向性を持たせて、豪火球へと放つ。
「——消えろ!」
豪火球が音の面に触れた瞬間、青白い炎がぶるりと震えた。
揺らぎはたちまち炎全体に広がり、勢いが削がれ、崩れていく。
青白かった炎は橙色になり、端から煙へと変わっていった。
——そして、業火は音もなく霧散した。




