第2話 才能の証明
「ポール。忘れものはないか?」
出発の朝。村の入り口に止まった荷馬車のそばで、師匠がそう声をかけてくれた。
「はい、師匠。問題ありません」
「そうかそうか」
僕が頷くと師匠は満足そうに顎に生えた髭を撫でた。
「まぁ僕の荷物なんてそんなにありませんから」
王立魔法学園の受験料に、筆記用具。それに護身用の弓と師匠に貰った小刀くらい。
小刀には魔石が埋め込まれていて、通常よりも少ない魔力で魔法を発動できる。
替えの服とかは母さんたちの鞄に一緒に入れてもらった。
もしかしたら受験生にしては少ないかもしれないが、まぁ記念受験だし。
「確かに。最悪、忘れても誰かに借りれば問題ない」
師匠も同じ気持ちのようだ。
「ハーゼン先生……」
と師匠と話していると、母さんが心配そうな面持ちで僕達のところにやってきた。
「この子、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「もう。大丈夫だって母さん。記念受験だって言ってるでしょ?」
収穫祭の日が近づいてくるに従って、母さんは日に日に心配になってきたみたいだった。
全然試験になんて興味がなく気楽な父さんとは大違いだ。
「でも……もし目も当てられないほどのヒドイ点数だったらこの子、落ち込むんじゃないかって心配で心配で……」
どうやら母さんは僕が受かるとは夢にも思っていないらしい。
まぁ僕もそうだけど。
「大丈夫ですよ。お母さん」
しかし師匠はまるで当たり前のことのように笑った。
「王立魔法学園の試験は、筆記は基礎的な知識の組み合わせです。
ポールはもうそういう基礎的な知識は全部身についています——それこそ高校……いや、大学教養レベルくらいは」
「はぁ……コウコウ? ……ダイガク? ……ですか?」
「この世界の魔法も複雑そうに見えて基本の組み合わせですし、実技試験もポールなら大丈夫ですよ」
でも僕は本当に基本的なことしか教わっていない。
聞くところによると、高度な魔法を使うにはかなり複雑な詠唱とか魔法陣とかを覚えなくてはいけないらしいんだけど。
師匠にはそういうことはなにひとつ教わっていない。
僕がまだ未熟だからだろうけど。
「よっぽどのことがない限り、ポールなら受験者の半分より上の成績を取れますよ。受かるかどうかは別としてね」
師匠はそう言うと、僕の方にニヤリと笑いかけ、片目を瞑った。
「はぁ……そうですか……」
だが、母さんはまだ腑に落ちていない様子だ。
「もう……母さんは心配しすぎだって!」
「だってぇ……」
「うーん。そうですなぁ」
ほら。師匠も困っているじゃないか。
髭を撫でて、母さんをどう説得しようか悩んでる様子だ。
けれどさすがは年の功というべきか。
「ならお母さん。実際に証明してあげましょう」
師匠は落ち着いた様子で荷台に積まれた作物の入った箱を指差した。
「ポール。あそこに作物の箱があるだろ? 王都まで3日かかる。その間、この作物が傷まないように魔法陣を描いてくれ」
……はぁ。まったく。
僕はすぐに荷台に上がると、箱の側面に魔法陣を描き始める。
傷まないってことは、要するに冷やせばいいってことだ。
でもただ冷やすだけだと3日は保たないし、冷やしすぎると今度は作物が凍ってしまう。
それなら冷やす魔法陣と熱を逃さない魔法陣と温度を一定に保つ魔法陣を組み合わせればいい。
どれも師匠から教わった基本的な魔法陣だ。
こういう生活系の魔法陣であれば、この基本の魔法陣の組み合わせで簡単にできてしまう。
上級魔法だとどうなんだろう。
やっぱりそれ専用の魔法陣を覚えなきゃいけないんだろうな。
一応、基本的なところは描き終わった。
けどよく見るとこの魔法陣だと魔力をかなり消費しちゃうな。
1日1回補充するだけで動かせるように魔力を循環させる機構と空気から魔力を取り込む僕お手製の魔法陣も組んでおこう。
最後に魔力を流し込むと、魔法陣が淡く光った。
断熱されているから、箱の上から手で触っても温度はわからないけど、きっと大丈夫だろう。
「できました!」
「うん。上出来だ」
師匠は満足そうに頷いた。
「どうでしょう? お母さん。ポールはもうこういう魔法陣も描けるんです。少なくとも恥になるような点数なんて取りませんよ」
「うーん…………お母さんにはよくわからないみたい……」
「えぇ……!?」
そりゃないよ。結構工夫したのに……。
「でもたぶん受けてもひどい点数にはならなそうなのはわかったわ」
一応、僕が魔法学園の試験を受けても問題ないことは理解したようだ。
「うん。だから問題ないって言ったじゃん」
「ハッハッハッ! まぁお母さんの心配もわかりますけどね」
「まぁハーゼン先生がそう言うなら……ですけど……」
「ほらもう準備できたみたいだよ! 早く行かないと収穫祭に間に合わなくなっちゃう」
僕は強引に母さんの手を引いた。
母さんを荷馬車に乗せて僕も乗ると、父さんが手綱を操りゆっくりと荷馬車が動き出した。
そして師匠の方に振り返り、額に手をかざして敬礼すると、
「それでは師匠。行ってまいります!」
「あぁ。気をつけてな。お土産待っているぞ」
師匠は朗らかな笑みを見せて手を振ってくれた。
ほら。皆、受かるわけないと思ってるんだ。
点数だって誰も気にしない。
受験したってことが重要なんだから。
★★★
「……ループ機構と空気から魔力を取り込む魔法陣か……」
ポール達を乗せた荷馬車が小さくなっていくのを見送りながら、ラルフ・ハーゼンは顎の髭を撫でた。
あんな魔法陣、教えた覚えがない。
きっとポールの創意工夫だろう。
自分が60年かけても辿り着けなかった発想だ。
まさかあんな当たり前のように描いてしまうとは。
「やはりあの子は天才かもしれないな」
もしかしたらとんでもない点数を叩き出してしまうんじゃないか。
「……ふふ。まさかな」
ラルフは小さく肩をすくめると、村はずれの小屋へと戻っていった。




