第17話 実技試験5
「終わりました……というのはどういうことでしょうか?」
トムソン先生が困惑を隠さずそう聞いた。
「諦めたということですか? まだ時間はありますが……」
「あ、いえ。そういうことではなく」
確かに言葉足らずだった。
僕はすぐに首を振ると、補足する。
「正確には仕込みが終わりました」
「仕込み……?」
「はい。あとは待ってるだけで溶けると思います」
僕の説明にトムソン先生はますます訝しげに首を傾げた。
「……どういうことですか? 氷を溶かすには火属性の魔法が必要です。ですがあなたが火属性の魔法を使ったのは小刀を熱して氷に刺した時だけ。今現在、小刀が燃えたり火を出している様子はありません」
トムソン先生は氷山に埋まった小刀を指差した。
さすが実技試験の試験監督をしているだけのことはある。
少し見ただけで僕が何の属性の魔法を使ったのか、見抜いてしまうなんて。
けれど、僕の目論見までは気付けないみたいだ。
「はい。火属性ではありません。氷を溶かすのに火属性だと勿体無いですから」
「…………勿体無い?」
「火って結構効率悪いんですよね。熱が逃げちゃうというか。内側まで熱が届かないじゃないですか」
「えぇ。それはそうですね。ですから高火力の魔法を連続して使う必要があります」
「それだと時間内に全ては溶かせません」
「……ではどうやって?」
「僕の師匠が教えてくれたんですけど、物って小さい粒の集まりらしいです」
当然、王立魔法学園の先生だったら知っているだろうけど。
「粒の集まり? 聞いたことありませんね」
——あれ? 違ったか?
いや、今は試験中だ。もしかしたらトムソン先生は知らないふりをしているかもしれない。
「すごく小さい粒子がギュッて集まってひとつの物になっているそうです。その粒のひとつひとつを激しく動かしたら熱が出るんじゃないかって。ほらこうやって手を擦ったら温かくなるでしょ?」
僕は両手を擦り合わせてみせた。
「だからあの小刀で氷の中の粒を揺らす波を出したんです。内側から直接温めるために」
なんだっけ? 師匠は確か『でんしれんじ』って言ってた気がするな。
「……あなたの理屈はひとまずわかりましたが、ですが本当に可能なんですか?」
トムソン先生はあんまり僕の言い分を信じている様子はなかった。
「実際あと残り2分もないのに、氷山は何も変わった様子はありませんが……」
「まぁ見ててください。あと少しですから」
「まさか実技で0点をつける日がくるとは」
ボソリとなんか失礼なことを言い出したぞ。この試験監督。
——ピシリ!
その瞬間、乾いた音が闘技場に響いた。
「——ッ! 何の音ですか?」
氷が溶け出した音だ。
シューっという音と共に氷山の亀裂から白い湯気が出てきた。
中をよく見ると、ぶくぶくと気泡が激しく湧き立ち、白い濁りがみるみる広がっていく。
内側から外側へ細かいヒビが網の目のように走り、ミシミシと氷山全体が軋むような音を立て始めた。
——もうそろそろかな。
そう考えた瞬間、氷山が一際大きな音を上げて瓦解する。
まるで氷山全体が悲鳴を上げているようだ。
中身を失った氷山は、外側の殻ごと内側へと崩れ落ちていく。
崩壊したところから大量の水があふれ出す。
頂上からガラガラと崩れ落ちた氷が次々と地面に叩きつけられ、水飛沫を高く上げた。
「——ッ! 冷たっ!」
思ったよりも冷たい水が足元に流れてきて、闘技場全体を水浸しにする。
大小さまざまな氷塊がぷかぷかと浮かび、その中央には師匠の小刀がちょうど地面に突き立っていた。
観客席は水を打ったように静まり返っていた。




