幕間 受験番号最後の答案
「それではこれより第130回王立魔法学園入学試験の採点を開始します」
学園長の一言により、会議室に集まった教員達が一斉に受験生の解答用紙が入った封筒を開いた。
「今回の受験者数は3581人。例年のおよそ2割増しですか」
「えぇ。なので均等に割り振ったとしてもひとり200人余り。まぁ複数人での確認も必要なので、その倍は採点することになりますね」
「その中で筆記試験の合格枠は650人。だいぶ絞りますね」
「そうですね。なので模範解答と違えば容赦なくバツをつけましょう」
ざわざわと採点担当の教員達が相談する中——。
「おいおい……そんなんでいいのかよ」
バン! と机を叩く音が響いた。
ポールが受けた会場の試験監督——フリード・ファウラーだった。
「模範解答通りとか……あのクソ塾——ファンタジア生しか受からせる気がないのか? それだから伝説の魔術師ラルフ・ハーゼン氏も取り逃す結果になったんじゃないのか?」
フリードは参加している教員陣の顔を睨みつけるように見渡す。
「氏がうちを落ちた後、何を成し遂げたのか。知らないわけじゃないよな?」
「で、ですがね。ファウラー先生。この人数ですよ?
いちいち精読して採点していたらキリがありませんよ」
「だーかーらー! それだと受かる奴も受からなくなっちゃうだろって。お前達は授業で教えた通りにしかやらない・できない——そんな思考ゼロのいい子ちゃんを取りたいのか?」
「い、いや。それは……」
「——静粛に!」
副学園長——ヘレン・アマーリエの発言で場が凍りつく。
「ファウラー先生。その発言はいかがなものかと。
それにあなたは今回、採点をする権利はありませんよ。第0次試験の担当者は筆記試験の採点はできない規則ですから。
……まぁ私も出願受付担当だったので出来ませんが」
王立魔法学園では、入学試験の不正対策として受験生の顔を知っている、もしくは交流をした者は採点を禁じられている。
特に第0次試験として衛兵のフリをしたフリードや出願受付で受験生と会話したヘレンは採点できない。
その者の顔と受験番号を把握しているため、気に入った受験生に対して採点を不正に水増しする可能性があるからだ。
130回の歴史でそういう不正が何度も行われたため、こういう措置を取ることになった。
フリードももちろんそのことは把握している。
だが、採点の権限はなくても出来ることはあるはずだ。
「へいへい。だが進言はできるだろ?」
「そもそもあなたはファンタジア出身でしょ。古巣の悪口はよしなさい」
ヘレンの苦言にフリードは鼻で笑う。
「ふん。今のファンタジアは俺がいた頃とは全く違うんだよ。ラルフ・ハーゼンの理念を無視して、模範解答の丸暗記に走った受験特化塾にはもう情も何もないね」
「それならなおのこと中傷するような発言は控えてください。もうあなたにとっては関係のない塾なんですから」
「……わかったよ」
フリードは両手を上げ、ニヒルな笑みを見せた。
副学園長であるヘレンがフリードの発言を一蹴したことで、教員達からは安堵の息が漏れた。
ヘレンはその様子を見届けてから小さく息を吐くと教員達の方へ向き直った。
「……ですがファウラー先生の発言も一理ありますね。模範解答とは違っていても道筋が合っていれば部分点を与えてください。判断に迷えば私のところへ。採点はできずとも助言はできますので」
そのヘレンの発言で教員達は表情を強張らせながらも、黙々と採点に取り掛かった。
★★★
教員達の懸念とは裏腹に、採点は順調に行われた。
前半の小問集合でほとんど間違っている受験生は、あとの記述問題でも不正解となった。
逆に小問集合をある程度正解にした者は、記述問題も模範解答通りの答えがほとんどだった。
もちろん小問集合が得意な受験生、記述が得意な受験生もいるが、彼らもほとんど想定通りの解答をしていた。
とはいえ記述問題が全問埋まっている者はほとんどいない。
筆記試験通過者の平均で2完半。
最後の魔法陣の問題については、手をつけた者は受験者全体の1割にも満たない。
そして正解となっている者は今のところ誰もいなかった。
「とりあえず採点できましたかね?」
ある先生が解答用紙をまとめながら聞いた。
「えぇ。こちらも難なく。いやはや例年レベルが高くなっている気がしますね」
「特にファンタジア生の点数は目を見張るものがありますね。今年は首位奪還を目指しているだけあって、見事の一言に尽きます」
(ケッ……何が首位奪還だ……)
その言葉を聞き、フリードは舌打ちをする。
伝統と歴史のある試験だ。
問題冊子は例年回収して外に問題が出回らないようにしているが、受験者の数が数だ。
受けた者を寄せ集めれば、ひとりひとりの記憶が断片的でもほぼ同じ問題が復元できてしまう。
特に最近のファンタジアはその手口を使って何年分もの過去問と模範解答を作り上げ、塾生に丸暗記させている。
更には噂によると、その問題集を卒業した塾生が裏で横流ししているらしい。
そのため問題集は自然と受験生の間で広まり、模範解答だけを覚えた〝優等生〟ばかりが増えていく。
問題の傾向を変えない限り、この先どんどん点数だけは上がっていくだろう。
魔法を真に理解していない偽物達によって。
「さて、残るはキュリー先生のみですか?」
採点を終えた教員達が一斉にソフィア・エミー・キュリーの席を見る。
「……はい」
ソフィアは困惑した面持ちで、机に広がった解答用紙の束をじっと見ていた。
「キュリー先生、いかがでしょう?」
ヘレンが声をかけた。
「あなたは試験の採点は初めてでしたね」
ソフィアは2年前に赴任したばかりの若手教員だ。
専門は魔法陣。
今回の入学試験から、採点をすることになった。
そんなソフィアが何か困っているようなら手助けしようとヘレンは声を掛けたのだろう。
「あ、すみません。アマーリエ先生。あと1人で終わります——ですが……」
ソフィアは口を噤み何か迷っている様子だったが、すぐにヘレンの方をまっすぐ見た。
「いえ。アマーリエ先生。少しこの答案見ていただけませんか? 受験番号3581です」
「3581? というと最後の受験生ですか……」
(……! あの坊主か!)
フリードは思わず昨日、門で会った少年のことを思い出す。
田舎から出て収穫祭のついでに来たような風貌だったが、その少年の雰囲気にフリードは特別なものを感じていた。
だが、ここで反応してしまっては、自分が少年に目を掛けていると勘違いされてしまうかもしれない。
おもしろい少年だったが、試験に受かるかどうかは別問題だ。
自分自身もこの場に居づらくなってしまうかもしれない。
フリードは出来るだけ平静を装い、深く椅子にもたれた。
その間、ヘレンはソフィアから解答用紙を受け取ると、ざっと目を通す。
「これは……」
「前半の小問集合は8割がた正解。特に魔法に関する問題は全問正解でした。
ただ後半の記述の方なんですが……妙に値が正確で。
模範解答通りではないですし、こんな論理構成は見たことがないのですが。
それに最後の魔法陣の問題も……。『獄炎の天柱』ではありませんが、それにしては——」
「美しいですね」
ヘレンの一言にソフィアは黙って頷いた。
「そういえばキュリー先生は魔法陣が専門でしたね。どうお考えですか?」
「はい……おそらくですが、この魔法陣は『獄炎の天柱』よりも強力、かつひとりで発動できる魔法かと思います」
「バカな!」
ソフィアの仮説を聞いた教員のひとりが叫んだ。
「『獄炎の天柱』は最上級火炎魔法——宮廷魔術師が数人がかりで発動するものですよ?
それよりも強力でひとりでも発動できるなんて……ありえません!」
「は、はい。私もそう思います」
ソフィアも困惑したように頷いた。
「ですが、実際にこの魔法陣は『獄炎の天柱』を高い精度で再現し、効率的に発動できるように意図されて描かれたとしか思えませんでした」
そのソフィアの説明で教員達が騒めいた。
もしそれが本当であるならば、魔法学の常識を覆す大発見だ。
「そんな代物を受験生が試験中に描けるはずがない。偶然それらしく見えるだけでしょう。間違いとするべきです」
「しかし現にここに答案がある。しかも『獄炎の天柱』と同じ効果であり改良した形だ。正解にするべきだろう」
会議室の意見は、真っ二つに割れた。
「ん~困りましたね……」
ヘレンはその話を聞きながら頬に手を当て、眉を顰めた。
「他の記述の方も確かに、キュリー先生のおっしゃる通り、妙に正確ですね……」
解答用紙をパラパラと捲りながら、ヘレンは思案するようにため息を吐くが、やがて——。
「これは——ファウラー先生」
「? なんだ?」
ヘレンは急にフリードのことを呼び掛けた。
「この答案——魔法陣以外の問題について、採点してください」
「! いいのか?」
「えぇ。この答案はおそらくあなたしか判断ができません。本来ならこういうことは避けるべきですが、今回は特別です」
つまりヘレンもこの答案に落とすには勿体ない何かを感じたということか。
「そしてキュリー先生。あなたは最後の魔法陣の解答について、自身の研究室に行って検証してみてください。それにより正答を判断することにしましょう」
「わかりました」
ソフィアは頷くと早速、ポールの描いた魔法陣を携えて会議室を去った。
「ファウラー先生もどうぞ解答用紙を」
「あぁ」
フリードもヘレンからポールの解答用紙を受け取り、目を落とした。
「これは……!」
その瞬間、フリードは堪えきれず口元を手で覆った。




