【side わたし】必死な私の、おはようの挨拶
四月の最初の日曜日。冬が終わり日差しも暖かい。
とは言え、グラウンドに積もった雪は少しづつ小さくなりながらも残留している。
あとひと月もすると、校庭に植えられた桜も咲くというのに。
生徒会室の窓から、校門をくぐる新入生たちの姿を見る。
入学式の在校生代表として、生徒会メンバーは休日登校をさせられている。
挨拶するのは生徒会長だけで、副会長の《《わたし》》はいるだけなのだから、休みでもよくない?
入学式の会場準備と片付けの人手として呼ばれたようなものだ。
偉い人たちのスピーチを聞き流し、在校生代表席から新入生の顔を眺めていると、一人の男子と目があった。
なんか周りと雰囲気が違うなと、ちょっと気になった。
次の日、バス停にいると季節外れの雪が舞うのを見て、昨日は暖かかったのになとコートのボタンを留める。
一本目のバスが来たので、乗車口に立つ男子の後ろに並ぶ。
前にいる男子が二段あるステップを上がったところで、一段目のステップに足をかける。
ふと見上げると、男子高校生と目があう。
あれ、入学式で目があった男子だよね。
覚えていないだろうなと思いながら、軽く黙礼する。
バスの中はすし詰めってほどではないが、動きづらいくらいには混んでいる。
体の置き場を探していると、彼が隙間を開けるように体を動かしてくれる。
ありがたいと、開けてくれた隙間を抜け、つり革につかまる。
つり革につかまった後もなんか、体が触れないように?それとも他から押されないように?彼が壁になってくれた。
なんか嬉しい。
次の日から、彼の乗るバスに乗ることが多くなった。
いつも壁になってくれる。
四月の末週、運動会の実行委員会が発足し、議事進行を任された。
というか、生徒会における議事進行は副会長の務めというのが、この学校の慣例らしい。
委員会用に申請した教室へ入り、黒板に「運動会実行委員会」と大きく書く。
教卓に立つと、各クラスの実行委員が概ね集まっているようなので、出席をとろうかと考えていると、一人の男子が目の前の席に座った。
彼だった。思わず口角が上がってしまった。
委員会の終了と同時に、生徒会長に歩み寄り「生徒会に誘いたい子がいるんだけど」と了解をもらい、彼を手招きする。
腑に落ちない顔をしている彼を連れて、生徒会室に入る。
長机の端に並んで座り話しかける。
「いつもバス停であうよね」
「えっ、あ。そうですね」
ちょっと、緊張しているようだ。
「生徒会に興味ない?1年生を募集中なんだけど」
「え, とくには興味ないです」
まあ、期待はしていなかったけど。
「えー、つれないな……. ちょっとくらい考えてくれてもよくない?まあ、気が向いたら、ここに顔出してよ」
「まあ、顔出すくらいなら」
なんか、思わず笑顔になってしまった。ちょっと恥ずかしい。
「明日からバス停で『おはよう』って言って、いいよね」
耳元で言ってみる。意識してほしくて、攻めてみた。
「は、はい」
ヤバッ。かわいい。耳が熱い。
運動会のエキシビションである、部活対抗競技の出場者について、生徒会役員で協議中。
リレーは慣例的に三年生メンバーがやるらしい。慣例多いな。
《《わたし》》は必然的に二人三脚に出場することになった。
「会長、二人三脚って男女ペアですよね?余っている男子がいないんですけど」
「余っているって……。自分でペアを探してきていいぞ、慣例的にヘルプに出てもらっているらしいから」
明日の運動会実行委員会で彼を誘うことにする。
実行委員会が終わり、彼を手招きする。
今日は不思議そうな顔はしていない。
「今から練習しようか」
「なんの練習です?」
妄想がはかどりすぎて、頭の中では完全に彼と二人三脚することになっていた。耳が熱い。
彼の顔も少し赤いようだ?
「二人三脚。リレーは会長たち3年生でやるから、二人三脚は私たちが出場することになった」
「ぼく、生徒会メンバーではないですし『私たち』にぼくが含まれている理由がわからないようですが」
あれ、説明の仕方間違えたかな?
首をかしげて、ちょっと考えてから、説明を補足する。
「二人三脚は男女ペアだから。リレーメンバー以外、生徒会には男子がいないから助っ人」
「それ、練習に誘う前に言わなくちゃならないことですよね?」
そうですね、なんか舞い上がって妄想と現実が……。
「言ってなかった?」
いろいろと、ごまかすように言葉をつなぐ。
だって、仕方ないじゃないと思いに、上唇に力が入ってしまう。
「言われてないです」
ですよね。
思いもよらない言い訳が、口からこぼれる。
「そだね、連絡手段が無いのがいけない。スマホをプリーズ」
あ、あれ。普通にロックを解除したスマホを渡された。
心を落ち着かせて、自分のスマホを出して、IDを登録した。
グラウンドは運動会の練習で人が多い。去年もそうだった。
練習を終えたらしいチームがインフィールドから出たので、使わせてもらおう。
「あの辺が空いているね」
スペースが埋まらないうちにと、少し焦って、彼の手首を掴んでしまう。
ん?これって連行するみたいじゃない?
ぱっと、手を放して。勇気を振り絞って、手をつなぐ。
赤い顔見られたくなくて、顔を下げて、歩き出す。
スペースに着くと、彼がポケットから鉢巻を取り出し、二人の足首を結んでくれようとする。
「同じクラスだったら、私が縫ってあげたんだけどな。誰に作ってもらったのかな?」
思いがそのまま、こぼれてしまって、はっとする。
「鉢巻のことですか?」
ぶっきらぼうに答えられてしまったので、ついつい心情があふれる。
「誰が誰の鉢巻を縫うかって、女子には結構重要なアピールの機会なんだよ。喧嘩する子だっているんだから」
「そうなんですね。あー……」
やっぱり、クラスにも彼を好きな子いるんだ……。
嫉妬を自覚してしまう。
「なんか、心当たりがあるんだ」
「え、いや無いですよ。友だちのことです」
「ほんとかな?」
絶対友達のことじゃないでしょ。うそつき……。
運動会当日はぶっちぎりで、1等賞。
走りやすかったな。歩幅もペースもぴったり合わせてくれて。
六月は生徒会の繁忙期である。
全校イベントがない時でも生徒会単独イベントがあり、なんだかんだと忙しい。
しかも、今月は最大のイベントと言える文化祭の企画案と予算案まで作らなくてはならない。
仕事が渋滞する。ブラックだ。
忙しいのを口実に、彼にヘルプを頼むという、ナイスアイディアがひらめく。
帰りのショートホームルームの最中にメッセージを送る。
『ヘルプ案件アリ。生徒会へ出頭を求む!』
ホームルームが終わって、生徒会室でスマホを見る。
あれ、レスがこない。もう帰った?
昇降口へ走ると、彼は靴を履き替えるところだった。
「メッセージを送ったのに、既読がつかないんだもの。走っちゃったよ、まにあった」
「ごめんなさい。急用でした?」
適当に言いくるめて、生徒会に連れてきてしまった。
会議の準備をしている間、彼と会長がなんか話していた。
会議が終わり、会議机の端に並んで座る。
「生徒会って人手不足なんだよ。この人数で年間行事に対応するって、なかなかブラックだと思わない」
周りを見ながら、彼に話しかける。
「ぼくがあなたの補佐をするってことは理解しました。で、具体的には?」
「隣に座って、ときどき応援する。説明資料をパワポ?でつくるから」
生徒会の備品であるノートPCを起動する。
「パワポを教えればよいんですね」
えっ?教えてくれるの。だったら、頼っちゃってもいいかな。
ノートPCを彼の前へ押し出す。
「《《わたし》》が応援する側でも問題ない」
彼と並んで作業する時間は楽しかった。
そんな日々の中で、時々耐え難い頭痛に襲われ、夏休み前に病院で診察を受けた。
夏休みに入ってすぐ、手術を受けることになってしまった。
夏休み前日の帰りのバスで、彼と一緒になった。
バス停で別れるとき、明後日の手術が頭をよぎり「しばらく会えないね」って、つぶやいてしまった。
次の日、入院準備があったけど手術の前に彼の顔が見たくて、制服を着て朝のバス停に行った。
一緒にバスに乗り、何度も手術のことを伝えようと思ったけど、結局言えなかった。
手術は無事に終わり、スマホを起動すると彼からのメッセージが表示された。
『今日、学校休みました?大丈夫ですか』
退院できるまで、本当に大丈夫かどうかわからないんだよ。
返答することができないまま、夏休みの終わる三日前に、退院することとなった。
髪を洗っているときに、剃毛された部分が気になってしまって、思い切ってショートカットにしてしまった。
彼に会ったら、なんて言われるだろう。
夏休み後の初登校日、彼の背中を見つけた。
「おはよう」
振り向いた彼の目に涙がたまり、あふれるのを見ると、私の目にも涙がたまる。
もしかしたら、もう会えないかもって、押しとどめていた不安。
ひと月も会えなかった寂しさ。
また会えた喜び。
涙が止まらなくなる。
彼に肩のあたりをギュッと抱きしめられる。
《《わたし》》も彼の腰のあたりを抱きしめる。
抱きしめ合っているうちに、通学バスが全てとおりすぎていった。
「心配するじゃないですか。あの日、何が言いたかったんですか?」
彼にティッシュを数枚渡して、私も自分の顔を整える。
「いつのことだかわからないけど、多分『すき』かな」
心の中で何度も「すき」って言っていたんだよ。
「ぼくも『すき』です。たぶん初めて会った日から」
《《わたし》》は二回目に会った日から。




