【side ぼく】あざとい彼女の、おはようの挨拶
四月の第二週の月曜日だというのに、空から大ぶりな白い雪が舞っている。
しかも、建物の陰には褐色になった積雪も自己主張している。
先週までいた、あの街では桜が散ったと言うのに。
季節的には一月ほどで巻き戻ったような感覚だ。
昨日の入学式のおかげで、このバス停でも数人ばかり見知った顔がある。
もっとも、名前などまだ覚えているわけもなく、目礼するが関の山だけれど。
陽キャとか呼ばれる人種は、名前を知らなくても吶喊できるらしいが、ぼくにはそのスキルは取得できそうもない。
この時間帯はぼくの通う高校を終点としたバスが5分間隔で三本来るらしい。
この事実だけで、この高校がいかに郊外にあるかを推し量れるというものだ。
1本目のバスがバス停に着いた。
前側の扉が開き、降車客が降りる。
混雑しているが、後のバスのほうが混むだろうと予測し、このバスに乗り込むことにする。
このバスは中乗り前降りらしく、バスの中央の扉が開けられる。
ステップを昇って、身体を扉側へ向きなおしたところで、ステップを登る女子高生と目が合う。
さっきまで、こんな娘いただろうか。
なんか見覚えあるような……。
今思えば、この瞬間から恋をしていたのだろう。
彼女とバスで出会ってから、お互い何となく、顔を合わせると目礼するようになった。
話したこともなく、ただそれだけの顔見知り。
彼女と初めて言葉を交わしたのは、5月下旬に行われた運動会の実行委員会だった。
この学校は運動会、体力測定、陸上記録会、体育祭と体育にまつわるイベントが年に四回もあった。
本当に進学校かと不思議な思いもしたが、偏差値は嘘をつかないのだろう。
運動会は生徒会主導であり、クラスから代表者1名が実行委員として、生徒会の補助とクラスの連絡係に選出される。
ぼくのクラスでは立候補者がなく、陽キャチームの提案で、全員参加のあみだくじで実行委員を決めることとなった。
いつの間にやら、ぼくも陽キャチームに含まれていたのは不徳の致すところだ。
委員会に招集され、指定された教室に入ると出遅れたらしく、教卓の前辺りにしか空きがなかった。
仕方なしと、教卓の真ん前に座ったら、目の前に彼女がいた。
目が合い、微かな笑顔で目礼された。
ちょっとばかり、心臓がうるさかったのを覚えている。
彼女は生徒会の副会長で委員会の議事進行役だった。
委員会が終わりクラスに戻ろうと立ち上がると、彼女に手招きされ生徒会室へ連れていかれた。
「いつもバス停であうよね」
「えっ、あ。そうですね」
「生徒会に興味ない?1年生を募集中なんだけど」
「え、とくには興味ないです」
「えー、つれないな……。ちょっとくらい考えてくれてもよくない?まあ、気が向いたら、ここに顔出してよ」
「まあ、顔出すくらいなら」
彼女ににっこりと笑顔を向けられる。
「明日からバス停で『おはよう』って言って、いいよね」
耳元で囁かれた。
こういうのを『あざとい』って言うのだろうか。
「は、はい」
なんか、ぼく、ダサい?
次の日の朝から、手を振り「おはよう」って挨拶されるようになって、「おはようございます」って応えるようになった。
運動会では部活対抗リレーと部活対抗二人三脚の部活対抗エキシビションがあり、生徒会も参戦するのが恒例だった。
運動会の一週間前の放課後、実行委員終わりにまた手招きを受けた。
「今から練習しようか」
「なんの練習です?」
思春期真っ只中の男子高校生に、変な妄想を誘導するような言いまわしは勘弁してください。
「二人三脚。リレーは会長たち3年生でやるから、二人三脚は私たちが出場することになった」
「ぼく、生徒会メンバーではないですし『私たち』にぼくが含まれている理由がわからないんですが」
キョトンとした顔で、小首をかしげられた。
これも『あざとい』くだりだろうな。
「二人三脚は男女ペアだから。リレーメンバー以外、生徒会には男子がいないから助っ人」
「それ、練習に誘う前に言わなくちゃならないことですよね?」
「言ってなかった?」
「言われてないです」
口を尖らせないでください。
あれだ、ぼく『あざとい』に対する抵抗力が圧倒的に足りない。
「そだね、連絡手段が無いのがいけない。スマホをプリーズ」
メッセージアプリに登録者が増えた。
グラウンドに出るとトラックではリレーの練習、トラックのインフィールドではぼくたちと同じく二人三脚の練習をする生徒が、ちらほらどころか、なんでこんなに、って感じでいる。
イベントに力いっぱい向き合う校風なんだな。
「あの辺が空いているね」
一度手首を掴まれてから、手を握り直され、連れられる。
なにげに視線が集まっている。
このひと、目を引くくらいには可愛いんだよな。
2人の足首を鉢巻きで結んでいると。
「同じクラスだったら、私が縫ってあげたんだけどな。誰に作ってもらったのかな?」
「鉢巻のことですか?」
「誰が誰の鉢巻を縫うかって、女子には結構重要なアピールの機会んだよ。喧嘩する子だっているんだから」
「そうなんですね。あー……」
彼女が片方のほほを膨らませる。
「なんか、心当たりがあるんだ」
「え、いや無いですよ。友だちのことです」
「ほんとかな?」
運動会当日はぶっちぎりで、1等賞をもぎとった。
この人、こんなに運動能力高いのに、なんで運動部じゃないんだ?
生徒会が主導する次のイベントは十月の文化祭まで無いので、暫くは生徒会とも関係ない。
というか、文化祭の実行委員にならなかったら、もう関係することもないのか。
と少し残念に思っていた。
というのに、運動会の翌週の木曜日。
午後の授業も全て終わり、帰宅部のぼくが昇降口で靴を履き替えようとしていると、彼女が駆け寄ってきた。
「メッセージを送ったのに、既読がつかないんだもの。走っちゃったよ、まにあった」
「ごめんなさい。急用でした?」
スマホを出して確認する。
『ヘルプ案件アリ。生徒会へ出頭を求む!』
彼女と何かするのは楽しいし、嬉しいのだが、厄介ごとはパスしたい。
「できれば、案件の説明もメッセージしてもらえると助かるんですが」
「詳しく説明したら、来ない可能性の方が高くなる」
「やっぱり帰っていいですか?」
「帰れると?」
生徒会室に入ると、生徒会長がこっちを向いて。
「おまえ、もう諦めて生徒会に入れば?多分もう、逃がしてもらえないぞ。庶務は年中募集している」
「あくまでヘルプでお願いします。で、何の案件ですか?」
田の字に並べられた長机の端に座った。
「文化祭の準備だよ」
「早くないですか?今、六月ですよ。文化祭って十月でしたよね?」
この時期に企画案と予算案を作成して、職員会議とPTA会議をとおしておかないとならないらしい。
ぼくは各案のプレゼン資料の手伝いをさせられるために呼ばれたらしい。
「生徒会って人手不足なんだよ。この人数で年間行事に対応するって、なかなかブラックだと思わない」
会議後にそれぞれのタスクに着手した、生徒会メンバーを見回して、隣に座る彼女が言う。
「ぼくがあなたの補佐をするってことは理解しました。で、具体的には?」
「隣に座って、ときどき応援する。説明資料をパワポ……?でつくるから」
彼女は生徒会の備品であるノートPCを起動する。
「パワポを教えればよいんですね」
「わたしが応援する側でも問題ない」
ノートPCがぼくの前に押し出された。
PCにインストールされているアプリを確認しながら、彼女に生徒会活動の年間スケジュールを聞くと、思いのほかタイトで人手が必要なのも納得だった。
週に何度か彼女に呼ばれ、肩を並べて放課後を過ごすようになった。
彼女はパワポを使わないだけで、プレゼン資料の作成能力は必要十分だった。
これだけ賢かったら、パワポなんてすぐ使えるようになるのではと疑問に思ったが。
手を動かすから、アイディアがまとまるのだと言われた。
夏休み前には企画案も予算案も承認され、生徒会の仕事から解放された。
夏休初日、学校の夏期講習を受けるため、いつものように朝のバス停で彼女に挨拶される。
「昨日、『しばらく会えないね』言ってましたよね」
「ちょっと予定が変わったというか……」
めずらしく、目を伏せて彼女がこたえる。
いつもより空いているバスに乗り込み、並んでつり革をつかむ。
彼女は何か言いたそうに、何度か顔を向けるが、すぐに下を向いてしまう。
次の日、彼女はバス停に現れなかった。
『今日、学校休みました?大丈夫ですか』
夏期講習からの帰りのバスで、メッセージを送る。
既読が付かない。本当に何かあったんだろうか?
メッセージを送ってから、二日目、三日目と心配と不安が積もっていく。
もやもやしているうちに、夏休みが終わった。
夏休み後の登校初日、背中まであった髪が耳の出るくらいに短くなった彼女に「おはよう」と挨拶された。
少しやせた彼女を見て、何かはわからないが、何かがあったことは容易に想像できる。
視界が歪んで、彼女の顔が見えなくなる。
あれ、ぼくって、こんなに涙もろかったかな。
体が勝手に動いて、抱きしめてしまう。
抱きしめ合っているうちに、通学バスが全てとおりすぎていった。
「心配するじゃないですか。あの日、何が言いたかったんですか?」
彼女からもらったティシュで、涙と鼻水をふき、問いかける。
「いつのことだかわからないけど、多分『すき』かな」
「ぼくも『すき』です。たぶん初めて会った日から」




