84/97
リ
鈴の音ほど、記憶を呼び起こすものはない。
『りん。』
風鈴が鳴るたび、彼は彼女を思い出す。
名前は、凛。
誰にでも優しくて、
少し不器用で、
夏の日差しが、誰よりも似合う人だった。
『また来年も、この音を一緒に聞こうね。』
何気ない約束。
人はそんな一言を、永遠の約束だと思い込む。
夏は巡る。
風は吹く。
風鈴は今年も変わらず鳴いている。
『りん……』
澄んだ音だけが、青い空へ溶けていく。
彼は目を閉じ、小さく笑う。
『また来年も。』
その言葉を口にするたび、
自分でも分かっていた。
もう、その約束は叶わないと。
『辛いな。』
『ほんと辛いな。』
『また会いたいな。』
『会えないな。』
その独り言を聞く者は、もう誰もいない。
私は、その風鈴の音を覚えている。
人は、大切な人を失っても季節は止まらない。
夏はまた来る。
風もまた吹く。
けれど、その音を一緒に聞くはずだった人だけは、
二度と隣へ戻ってこない。
だから風鈴は、今日も変わらず鳴り続ける。
約束だけを、この世界へ置き去りにしたまま。




