71/97
モ
人は、壊れる直前ほど笑う。
『もう無理。』
その一言を冗談みたいに口にする。
本当に苦しい者ほど、周りを安心させようとするからだ。
強がるたびに、心は少しずつ欠けていく。
『大丈夫。』
その言葉は、誰かのための嘘だったのか。
それとも、自分を守るための嘘だったのか。
誰にも聞こえない声は、静かに夜へ溶けていく。
『もういいよ。』
『もう無理だよ。』
『もうやだよ。』
それでも朝は来る。
世界は何事もなかったように動き続ける。
時間だけは、誰にも平等だった。
彼は今日も歩く。
『もう一歩だけ。』
『あと一歩だけ。』
その言葉を繰り返しながら。
人は未来を知らない。
だから歩ける。
『「もう無理」の続きが、「もう少し」に変わる日を信じて。』
その願いは、決して愚かではない。
信じた先に何があるのか。
そんなものは、誰にも分からない。
……私にも分からなかった。
私は結末だけを知っている。
けれど、生きている者が明日に何を見つけるのかまでは、奪うことはできない。
それだけは、最後まで人間だけのものだった。




