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68/97

ミ

鏡は、人間に嘘をつかない。


だからこそ、本当のものを映したとき、人は目を逸らす。


『見えないはずのものが映る鏡。』


そんな噂を聞けば、確かめたくなる。


廃旅館。


誰もいない洗面所。


古びた鏡の前に立つ。


映っていたのは、自分だけ。


……そのはずだった。


『ピシッ。』


一本のひび。


それは鏡ではなく、彼の顔をなぞるように伸びていく。


『ピシ……ピシッ……。』


逃げるように後ずさる。


けれど、鏡の中の彼だけは動かない。


数秒。


沈黙。


やがて、鏡の中の彼がゆっくりと笑った。


『みつけた。』


その一言で、鏡は砕け散る。


無数の破片。


映るはずの景色。


映るはずの自分。


だが、どの欠片にも彼の姿はなかった。


私は知っている。


鏡が壊れたのではない。


入れ替わったのだ。


本当に砕けたのは鏡ではなく、


「こちら側」にいたはずの存在だった。


だから今でも、あの破片には何も映らない。


映るべき人間は、


もう向こう側からこちらを見ているのだから。


挿絵(By みてみん)

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