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58/97

ヒ

人は、家の中だけは安全だと思い込んでいる。


鍵を閉めれば終わり。


玄関を越えられなければ安心。


そんな都合のいい境界線を信じている。


夜道。


後ろから聞こえる足音。


挿絵(By みてみん)


振り返る。


誰もいない。


歩けば鳴る。


走れば速くなる。


恐怖とは、姿ではなく音から始まるものだ。


彼はようやく家へ逃げ込んだ。


鍵を閉める。


静寂。


助かった。


そう思った。


その瞬間


廊下の奥から、また足音が聞こえた。


今度は家の中で。


『なんで。』


『なんで。』


『なんで。』


答えは簡単だった。


逃げ切れていなかったからだ。


音はゆっくりと寝室の前で止まる。


息を潜める。


祈る。


誰もが、その時間だけは永遠に続いてほしいと願う。


ドアの向こうから、小さな声。


『ひとりじゃないよ。』


優しい言葉ほど、夜にはよく響く。


そして、ゆっくりとドアが開く。


私は、その瞬間だけを覚えている。


悲鳴は、すぐに消える。


だが、最後に聞いた「音」だけは、


いつまでも耳の奥に残り続けるのだから。

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