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ネ
人は、小さな幸せほど永遠だと思い込む。
毎朝決まった時間。
決まった足音。
白い毛並みに、少しだけ茶色いしっぽ。
名前もない一匹の猫。
玄関を開けば、一度だけ鳴いて足元へ寄ってくる。
それだけで、一日は始まっていた。
ある日、首輪を贈った。
小さな鈴が付いた、ありふれた贈り物。
『ちりん、ちりん。』
その音は、静かな朝によく似合った。
それからというもの、彼は毎朝その音を待つようになった。
『今日も来た。』
『おはよう。』
『いってらっしゃい。』
誰にも聞こえないほど小さな挨拶。
猫は振り返ることなく、朝日に向かって歩いていく。
『ちりん、ちりん。』
穏やかな音だった。
だからこそ、人は気づかない。
幸せは、大きく壊れるのではない。
ある朝、何気なく聞こえなくなるだけだ。
私は、その鈴の音を覚えている。
毎日鳴っていたからではない。
二度と聞こえなくなった日だけが、
誰よりも鮮明に残っているのだから。




