第90話:ワイスブルクでの一週間
リフトの耳障りな軋みに比べれば、ヴァイスブルクのありふれた喧騒は、あまりにも異質に感じられた。
宿屋『山の小川』亭の2階にある、小さな部屋。
その四方の壁に囲まれたまま、丸一週間が過ぎていた。
俺は窓辺に座り、差し込む陽光の中で踊る塵をぼんやりと眺めていた。
左腕は胸元にがっちりと包帯で固定されている。
肩には鈍く、体力を削り取るような痛みが今も脈打っていたが、少なくとも腫れは引き始めていた。
右腕の有様は、ひどいものだった。
キチン質の装甲板はひび割れ、金属は黒ずみ、関節からはボロボロにほつれたワイヤーの切れ端が飛び出している。
駆動用のジョイントから錆を削り落とそうと、左手を伸ばそうとした。
だが、包帯の下の指先は無力にピクリと動くだけだった。
ギィ、とドアがきしむ音を立てて開いた。
カエレンが温かい食事を運んできた。
器に盛られた鶏のスープ、一切れのパン、そして何かの薬草茶の入ったマグカップ。
「また自己修理でも試みているのかい?」
カエレンは小さなテーブルの上にトレイを置き、俺の油差しを脇へと退けた。
「言ったはずだよ。骨がくっつくまでは、その鉄屑をいじるのは禁止だ。温かいうちに食べなよ」
俺は黙って彼の動きを視線で追った。
この一週間で、カエレンはただの相棒から、まるで看病人のようになっていた。
包帯を巻き替え、食事を注文し、街の洗濯屋との交渉まで引き受けている。
俺の頭では、どうにも理解が追いつかない状況だった。
「馬鹿げている」
俺は掠れた声を出した。
「お前は半死半生の男に、多大な労力と金を浪費している。今の俺はお前にとって完全に無価値だ。守ることも、手助けすることもできない。ただの死に損ないの荷物を引きずっているだけだぞ」
カエレンは椅子を引き寄せながら、にやりと笑った。
「リフトの中で、君が私の命を救ってくれただろう? 借りを返していると思えばいいさ。あるいは……人間には心というものがあって、ただそれだけの理由で互いに助け合うこともある。その事実を素直に受け入れたらどうだい?」
俺は反論をやめ、スプーンを取った。
手が思い通りに動かない。スプーンが100キログラムもあるかのように重く感じられた。
カエレンは俺が食事をもてあます様子を黙って見守っていたが、やがてその表情が真剣なものへと変わり、窓の外へ視線を向けた。
「聞いてくれ、アイアン……」
彼の声から、いつもの軽薄さが完全に消え失せていた。
「一週間後、私はここを離れなければならない」
スプーンを口元へ運ぶ途中で、俺の動きが止まった。
「どこへ?」
「南だ。少し……片付けなくてはならない用事があってね。まあ、ケジメをつけなきゃいけない相手がいるのさ」
「わかった」
できるだけ平坦な声を保ちながら、俺は言った。
「俺なら大丈夫だ」
「いいや、大丈夫じゃないさ」
カエレンはきっぱりと否定した。
「少なくとも、今の君の体ではね。だから、よく聞いてくれ。この部屋の代金は2ヶ月先まで支払ってある。宿の親父は私の古い知り合いだから、1日に3回、君に食事を運んでくれる手筈だ」
「それから、隣の通りにいる鍛冶屋を見つけておいた。偏屈でむっつりしたクソジジイだが、機構の腕は確かだ。『センチュリオン』の修理に必要な材料のリストと、手付金はもう渡してある」
俺は眉をひそめた。
「カエレン、なぜだ? なぜそこまでする? 俺たちはまだ互いをよく知りもしない。お前に何のメリットがある? そこから何を得るつもりだ?」
カエレンは勢いよく立ち上がると、窓辺へと歩み寄り、両手を窓枠についた。
「メリット? 利益だって?」
彼は苦々しく笑った。
「自分の命をこれっぽっちも大切にしないような男を、私がそのまま見捨てて行けると思っているのかい?」
彼は俺の方へと振り返った。
「利益なんていらないさ。私はただ、鏡の中の自分を見た時に、そこに唾を吐きかけたくないだけだ。良心というやつは、高くつく上にひどく不便な代物だよ。私にとって不運なことに、まだそれが残っていてね」
俺は彼を凝視した。
「だから」
カエレンは言葉を続けた。
「君に一つ、頼みがある。……見方によっては『条件』と言ってもいい。君は数ヶ月間、この街に留まるんだ」
「長すぎる。ドーンハ……」
「ドーンハイムは逃げやしない!」
カエレンが遮った。
「だが、君の命は逃げていく。明日そのまま街道に出れば、敗血症を起こして最初の溝の中で野垂れ死ぬか、あるいは行きずりの野盗にナイフで刺されるのがオチだ。神経を休ませる必要がある。あらゆる影に怯えて身を竦めるのを、もうやめるんだ。かつての万全な状態に戻らなければならない。わかるかい?」
短い沈黙の後、俺は答えた。
「……わかった。ここに留まる」
カエレンの身体から、目に見えて緊張が抜けた。
いつもの、どこか企みを含んだような笑みが、再びその顔に浮かび上がる。
「上出来だ。偏屈な男だけど、君が話のわかる奴だってことは知っていたよ」
彼は歩み寄ると、俺の右肩を不器用にぽんと叩いた。




