第84話:ランク:カッパー
モリからオストロムまでの道のりは、一週間近くかかった。
俺は幌馬車の奥深く、羊毛の包みに身を寄せ合うようにして座っていた。
旅の連れであり、一時的な雇い主でもあるのは、グレイという名の商人だ。
巨漢で、常に汗をかいている男。
安心感を得るために、彼は「護衛」と呼べる存在を必要としていた。
「おい、せめてフードくらい脱いだらどうだ、小僧」
グレイは疲れたラバを急かしながら、ぶつぶつと呟いた。
俺は答えず、ただ雨に煙る外の景色を眺めていた。
荒れ果てた畑が広がり、生け垣は傾いている。
人々はカブの袋を物々交換し、天気を呪い、街道沿いの酒場で大声で笑い合っていた。
(このグレイという男と、一体何を話せばいいっていうんだ?)
そう、思った。
七日目の夕暮れ時、前方へオストロムの壁が姿を現した。
灰色の花崗岩で作られた高い城壁、瓦屋根の塔。
衛兵たちは、ボロきれのチュニックではなく、本物の鎖帷子を身にまとっていた。
門の上には、この地の男爵の紋章が掲げられている。青地に交差する槍だ。
馬車が石畳の舗装路をガタガタと鳴らし始めた。
車輪の音が変わる——。
泥をこねるような柔らかい音から、硬く、規則的な打撃音へ。
「よし、到着だ」
グレイは市場の並びでラバを止め、安堵の息を吐いた。
「お前は無口だが、約束は守る奴だな。盗賊の一匹も寄り付きゃしなかった」
彼は財布を探り、俺に銀貨を2枚放り投げた。
「達者でな。それと今後のための忠告だ。まともな外套でも買いな。そいつはクソの臭いがする」
俺は銀貨を受け取った。
場末の宿の一泊分と、ささやかな夕食代には十分だ。悪くない。
馬車から飛び降り、群衆の中へと足を踏み入れる。
オストロムは活気に満ち溢れていた。
あちこちで客引きが声を張り上げ、空気は炒めた玉ねぎと、新鮮な家畜の糞、そして湿った埃の臭いで満ちている。
誰かが俺の肩にぶつかり、短く謝罪の言葉を呟いて通り過ぎていった。
俺は激流の中に佇む岩のように、通りの真ん中に立ち尽くしていた。
自由というものは、思いがけず重い枷だった。
酒場『足萎えのガチョウ亭』。
まず最初に、宿を見つけた。
看板は代わり映えのしないものだったが、価格は手頃だった。
店主は手が震える片目の老人で、俺がカウンターに銅貨を並べても、見向きもしなかった。
「屋根裏部屋だ。蝋燭を無駄遣いするなよ。それと南京虫を潰すな——そいつらはうちの店の財産だからな。夕食は1時間後だ」
きしむ階段を上がった。
部屋は極小だった。寝台と、がたつく椅子、そして牛の膀胱が張られた狭い窓。
だが、ここは乾燥している。そして、壁がある。
ベッドに腰掛け、俺はこの七日間ずっと焦がれていたことを即座に実行した。
固定具を外す。
右肩と、固定具が当たっていた胸の一部は、打撲痕と擦り傷、そして古い肉刺で酷い有様だった。
肌が火のように熱い。
炎症を起こしていないか、俺は慎重に切り口を触って確かめた。
【義手固定具の技術分析】
構造効率:低。
重量分散:不均等(軟部組織への局所的な過度な圧力)。
対策:抜本的な改修が必要。
窓枠に見つけた蝋燭の燃え残りに火を灯した。
工具はバッグの中だ。
俺はゆっくりと、安物のラードの缶を取り出した——俺に用意できる唯一の潤滑油だ。
動くたびにきしむのを止めるため、肘のメカニズムのヒンジにそれを塗り込む。
階下の食堂で夕食をとった。
年老いた女中が、俺の前に濃厚なエンドウ豆のスープを並べた時、俺はこの世界に来て初めて『スプーン』を手に取った。
素朴な、木製のスプーンだ。
熱く、独特の匂いのする煮込みをすくい、口へと運ぶ。
味はシンプルだった。塩と、玉ねぎ、あるいは肉。
ゆっくりと、一匙ずつ味わいながら食べた。スープが喉を焼くたびに、むせないように気をつけながら。
周囲では人々が騒いでいた。地元の飲んだくれどもがエールの価格について言い争い、放浪の吟遊詩人が調子の外れたリュートを掻き鳴らしている。
朝までに、俺の蓄えはすでに目減りしていた。
部屋代と食事代で、手持ちの三分の一が吹き飛んだ。
朝日が石畳を温め始める頃、俺はオストロムの街へと繰り出した。
商売のやり方は知らない。歌うこともできない。楽しそうなフリをすることもできない。
だが、計算すること、造ること、あるいは殺すことならできた。
傭兵ギルドは、市場の広場の端にある無骨な石造りの建物の中にあった。
内部は汗と、安物のエール、そして革の臭いが立ち込めている。
壁沿いには長いテーブルが並び、バラバラの鎧を着た男たちのグループで埋まっていた。
剣を磨く者、硬貨を数える者、数人はテーブルの上に直接突っ伏して眠っていた。
誰の肩にも触れないよう注意しながら、その間を通り抜け、真っ直ぐ前方——受付カウンターへと向かった。
高いカウンターの向こうには、脂ぎった髪をした疲れ切った受付係が座っていた。
彼は羊皮紙の束をめくりながら、小声で何かを呟いている。
「名前は?」目を上げずに彼が尋ねた。
「アイロン」と俺は答えた。
「姓は?」
「エヴァーフォール」
受付係はため息をつき、インク壺に羽ペンを浸した。
「クラスは?」
俺は一瞬、躊躇した。
「エンジニア(技術者)」
習性で、その言葉が口を突いて出た。
受付係は顔を上げ、俺を馬鹿を見るような目で睨みつけた。
「エンジニアだと?」
「重装歩兵。近接戦闘だ」
係は鼻で笑い、俺の頭から爪先までを値踏みするように見つめた。
「いいだろう、『歩兵』さんよ」彼は日誌に何かを書き付けた。「ランクは銅だ」
彼は俺の方へ、ナンバー『1047』が刻印された安物の銅の小さなディスク——ギルド証を押し出してきた。
俺は受付を離れ、依頼掲示板へと向かった。
そこには、新旧様々な依頼書が隙間なく貼り付けられていた。
金や銀の契約書は高い位置に貼られている——魔術師や聖騎士、あるいはフルパーティが必要とされるものだ。
『北の山脈でのワイバーン討伐:金貨500枚』
『行方不明になった伯爵令嬢の捜索:金貨1000枚』
今の俺のレベルはそれ以下だ。俺は『銅』の印がついた依頼に目を走らせた。
『湿地帯での薬草採取(ヒルに注意)』。いや、俺は植物学者じゃない。
『逃げ出した豚の捜索』。笑えない。
『マイスター・ブルースの古い醸造所の清掃。騒音および樽の消失の苦情あり。報酬は出来高払い』
俺の目が止まった。
醸造所。閉鎖空間。そして暗闇。
おそらく、何らかの低レベルな害獣だろう。俺にはうってつけだ。
俺はその紙を引き剥がした。
「おい、新人!」
隣のテーブルから誰かが声をかけてきた。
「ネズミ退治か? もう片方の腕まで噛みちぎられないように気をつけな!」
テーブルの周りで爆笑が沸き起こる。
「あんたが、ここの専属の道化師ってわけだ」
俺は静かに言い、笑っている傭兵の方へとゆっくり首を巡らせた。
席の笑い声が、一瞬でピタリと止まった。
男は視線を逸らし、自分のジョッキへと目を落とした。
俺は背を向け、依頼書を上着の中にしまいながら出口へと歩き出した。
「ベクトルは設定された」
小さく、そう呟いた。
オストロムの喧騒から遥か離れた場所。
背の高いハネガヤが生い茂る、果てしない平原に静寂が支配していた。
なだらかな丘の頂上に、一人の男が横たわり、雲に覆われた空をじっと見つめていた。
その傍らに、もう一つの人影が物音ひとつ立てずに降り立つ。
「またそんなことをしているのか、ヴァレリウス」
声には、一切の感情が籠もっていなかった。
ヴァレリウスは微動だにせず、ただ僅かに目を細めた。
「当然だろう? お前は彼を見たか? 彼のスキル……知性……適応力……。どれをとっても実に見事だ」
隣の人影が、辛うじて分かる程度に頷いた。
「あの二人を排除したお前の手際は悪くなかった。だが、そろそろそのお遊び(スタンドプレー)は終わりにして、我々の任務に集中しろ。遅かれ早かれ、お前たちは交わることになるのだからな」
ヴァレリウスは重いため息をつき、気乗りのしない様子で立ち上がると、衣服についた乾いた草を払った。
「ああ、分かっている。お前の言う通りだ」
彼はそう答えると, 短い沈黙の後に付け加えた。
「それより、ヴァルトの様子はどうだ?」
「大人しくさせた。二度とあのような勝手な真似はさせん」
ヴァレリウスは何も答えず、黙って背を向けると、遥か彼方の地平線へと長い視線を向けた。




