第83話:悲哀の霧
モリは丘陵の麓に広がる、膿んだ傷口のような街だった。
脱走兵、魔晶石の密輸商、そして行き場を失ったあらゆる地域のクズどもを吸い寄せている。
夕暮れ時、俺はその辺境にたどり着いた。
ここには壁などない。ただ黒ずんだ杭の柵が連なっているだけだ。
いくつかの杭にはボロ切れ……あるいは獣皮が干されていた。
湿った土、安物のエール、そして焦げた硫黄の臭いが漂っていた。
右半身が火がつくように熱い。
義手を固定する自家製のベルトは、三日も前に緩みきっていた。
一歩歩くたび、金属が肋骨に鈍い衝撃を与え、肌を血まみれに擦り剥いていく。
俺は顔を隠すためにフードを深く目深にかぶり、メインストリートの泥濘へと足を踏み入れた。
人々が行き交う。
潜めた眉の隙間からのぞく、険しい視線。広い袖の中に隠された手。
俺の外套の下にある歪なシルエットに気づくまでは、誰も俺に目もくれなかった。
音を頼りに、鍛冶屋を見つけた。
下屋に足を踏み入れた俺に、鍛冶職人は振り返りもしなかった。
赤く光る鋼にハンマーを叩きつけ、激しく火花を散らせている。
「炉と万力を使わせてくれ」俺は言った。「1時間だ。銀貨で払う」
鍛冶屋はハンマーを止め、ゆっくりと振り向いた。
「銀貨だと? 風来坊が」
彼は屑の中に唾を吐き捨てた。
「まずは見せな」
俺は盗賊から奪った硬貨をポケットから1枚取り出した。
鍛冶屋は目を細め、手を伸ばす。
その瞬間、入り口の影が濃くなった。
「おい、グロム。客か?」
耳障りな、不快な声だった。
3人の男が中に入ってきた。
彼らは死体から剥ぎ取ったバラバラの装備を身につけていたが、先頭の男の首には、革紐に繋がれた濁ったクリスタルがぶら下がっていた。
「この片腕野郎が炉を借りたいそうだ」
鍛冶屋は一歩退がりながらぶっきらぼうに言った。関わりたくないのが明白だった。
虫歯だらけの痩せた男——リーダー格の奴が近づいてくる。酒の臭いがプンプンした。
「片腕ぇ?」奴はニヤついた。
「で、何で払うんだ? その外套の下にあるもんか? 最近は鉄も安かねえからな」
俺はため息をついた。
今の俺にとって、喧嘩ほど無駄なものはない。
「装備を直したいだけだ」目を上げずに静かに言った。「失せろ」
「この生意気なクソ野郎を見ろよ」
頭が手下に顎で指示を出した。
「そのボロ布を剥ぎ取れ。中に何を隠してやがるか拝ませてもらおうじゃねえか」
棍棒を持った大柄な男が前に踏み出し、俺の外套の端をひったくった。
【スキル発動:生きる意志】
大男が棍棒を振り下ろした。
軌道は原始的。真上から真下へ。
俺は一歩前 そしてわずかに左へ踏み込み、90度に固定された義手の肘を棍棒に向けて突き出した。
衝撃が、俺の体幹にガッチリと固定された鉄の構造物へと激突する。
棍棒は弾かれ、大男の腕は慣性で外側へと流れた。
奴の脇腹が、完全に無防備になる。
打撃。
鈍い破壊音。
奴はその場に折れ曲がり、狂ったように空気を求めて喘いだ。
「このクソ野郎がぁ!」
頭が金切声を上げた。
首のアミュレットを掴む。クリスタルが禍々しい深紅の光を放った。
エネルギーの塊が形成されていくのが見えた。
熱波が俺を襲う。
回避する時間はない。空間は狭すぎ、距離はあまりにも近かった。
だから俺は、顔と喉を守るように義手の前腕の平らな面を突き出し、奴に向かって真っ直ぐ突き進んだ。
入射角は反射角に等しい。
俺はわずかに体軸をずらし、弾くための面を作り出した。
激突音。
魔術が金属に叩きつけられた。
衝撃が俺の身体を震わせ、焦げた革の臭いが鼻腔を突く。
だが、その術でチタンを貫くことはできなかった。
炎は四方へと飛び散り、頭自身の眉毛を焼き払った。
奴が眩しさに目を瞑った一瞬、俺は間合いを詰めた。
左手で奴の手首を掴み、右の鉄腕をその肩へとただ静かに置く。
そして、全身の体重を浴びせた。
頭の鎖骨が、金属の圧力に耐えきれずへし折れた。
奴は悲鳴を上げてその場に膝を突いた。
3人目の仲間は、連中の無惨な有様を見るなり、後ずさりして鍛冶屋から飛び出していった。
「あるものを全部出せ。さもなきゃ殺す」
静かに告げると、頭は激しく震えながら、持っていたものをすべて差し出した。
きっちり銀貨2枚。
スキルが切れた瞬間、身体がぐらついた。
視界に黒い斑点が泳ぐ。
胃が痙攣し、喉の奥まで胆汁がせり上がってきた。
両腕が、吐き気を催すような細かい震え(トレモール)に支配される。
俺は倒れないよう、無事な方の手で金床を掴んで身体を支えた。
「お前……」
鍛冶屋が掠れた声を漏らした。怯えきった目で俺を見つめている。
「工具を」粘りつく唾液を無理やり飲み込み、声を絞り出す。「それと火だ。早くしろ」
それからの1時間は、完全に霧の中だった。
俺は義手を外した。
金属へと入り込んでいた神経との接続を断ち切る——ただの無力な肉塊に戻るこの感覚こそが、最も忌々しく、苦痛だった。
外した義手を万力に固定する。
自家製のボルトを粗末だが頑丈なリベットに打ち換え、固定具を鍛え直した。
片手と歯を使い、作業を進める。
鍛冶屋は何も質問してこず、ただ黙々とふいごを吹き続けていた。
作業を終え、義手のベルトを再び締め直すと、それはまるで身体の一部であるかのように完璧に馴染んだ。
作業台に銀貨を1枚放り投げる。
「教えてくれ」手袋をはめながら尋ねた。「ドルンハイムへの道は、通れるか?」
鍛冶屋は引きつった笑いを漏らした。
「ドルンハイムだと? あんた、どこから湧いて出たんだ?」
「あそこにはリフトがある。4年前のあの戦争で大爆発が起きて以来、あの地域一帯は完全に『嘆きの霧』に包まれてるんだよ」
リフト。そして、霧。
ゼノはそんなこと何も言っていなかった。
だが、知ったことか。
俺は鍛冶屋を出て、モリの夜の冷気へと身を晒した。
あの盗賊どもは、おそらく仲間を連れて戻ってくるだろう。
だがその頃には、俺はもうこの街にはいない。




