第79話:ホワイトノイズ
カインが多関節のマニピュレーターをくねらせ、空中でギャリギャリと軋んだ悲鳴を上げた。
何本ものメスが高速で閃き、俺の胸や肩に深い生傷を刻んでいく。
だが、【生きる意志】が、俺の肉体をバイオケミカルな加熱炉へと変えていた。
俺は一切の打撃を無視し、ただひたすら前へと突き進む。
空中で跳躍したそいつを、俺は真正面から引っ捕らえた。
カインの機械関節の一つが、動脈を狙って俺の左肩に深く突き刺さる。
だが、それよりも早く、俺の右腕が奴の喉を万力のように締め上げていた。
奴の細い針のような指先が、俺の鋼鉄の手のひらを虚しく引っかき、激しく火花を散らす。
「ケースを……」
奴は自分の腰を指さし、掠れた声を出した。
俺はそいつの腰から解毒剤のケースをひったくった。
白衣の布切れと、骨盤の装甲ごと毟り取るほどの力で。
そして見向きもせず、その『外科医』の身体を巨大なパノラマウィンドウに向かって投げ飛ばした。
カインはガラスに激突し、べっとりと濃い血痕を残しながら、床へとずり落ちていった。
俺はエフレムの傍らに膝を突いた。
彼の顔はすでに土気色に変わり、唇は青紫に染まり、その視線は俺を通り越して虚空を泳ぎ始めていた。
「エフレム! 爺さん、俺を見ろ! 死ぬなんて考えるな……!」
心臓へのダイレクトな刺突。
ピストンを限界まで押し込む。
エフレムの身体が大きく跳ね上がった。
その胸が、激しい呼吸と共に大きく膨らむ。
「アイロン……」
彼は呟いた。その瞳に、一瞬だけ光が戻る。
「小僧……お前は十分に……やってくれた。あとは……ワシに、自分の仕事を終わらせてくれ」
そう言って、彼はゆっくりと立ち上がった。
「覚えているか……」
彼の口から血が溢れ出た。
「ワシの魔法の話をしたな。ならば……」
「やめろ……。駄目だ、爺さん、それだけは!」
俺は叫んだ。
「ワシに……仕事を……終わらせろと言っとるんじゃ」
彼は不敵に歯を見せて笑った。
「ティラ! ゼノ!」
彼は声を張り上げた。
「下がれ! 早くエアロックへ向かえ!」
「エフレム、嘘でしょ、やめて!」
ティラが涙で顔を濡らしながら、俺たちの方へ駆け寄ろうとする。
俺のシステムが起こした熱暴走のノイズにより、シフの電波がほんの一瞬だけ乱れた。
その隙に、ゼノがティラの腰を抱え上げ、出口へと強引に引きずり戻していく。
【優先事項:味方の安全確保】
俺はエフレムの肩を掴んだ。
だが、老人はそれを凄まじい力で突き放した。
「行け、アイロン。人間のままでいろ……ワシらの分までな」
エフレムは最後の力を振り絞り、呪文を紡いだ。
「『源泉』の深淵を見よ、それは飢えている。ワシは混沌を召喚する。奴らの息を、奴らの血を奪い、その力をワシの勝利へと変えよ。——『白いノイズ(ホワイトノイズ)』よ、すべてを呑み込め……」
凄まじい衝撃波が俺の身体を吹き飛ばした。
ホールを真横に貫き、実験用デスクの残骸へと激しく叩きつけられる。
あたり一面が、炎と火花の地獄へと変貌した。
目も眩むような純白の炎が、部屋の中心を包み込む。
空中に浮遊し、ステーションの神経網の制御を取り戻そうとしていたシフが、その爆風を真正面から浴びた。
彼女の反重力プラットフォームが大爆発を起こし、赤熱した破片が放射状に飛び散る。
髪の毛代わりの無数のコードが、一瞬にして炎上した。
彼女の身体は猛烈な勢いで吹き飛ばされて巨大な支柱へと激突し、火花と青白い煙に包まれながら崩れ落ちた。
ヴァレリウスの防弾仕様の椅子がひっくり返り、ガラスと金属の破片が彼の顔や肩をズタズタに切り裂いた。
彼は床へと転がり落ち、その純白の衣服は焼け焦げ、血に染まっていた。
激しく咳き込みながら、彼は破壊されたコントロールパネルにしがみつき、這い上がろうともがいている。
俺は床に横たわり、自分の顔を涙が伝うのを感じていた。
だがその涙は、皮膚の異常な熱量によって一瞬で蒸発していく。
エフレムが立っていた場所には、黒く熔解したクレーターだけが遺されていた。
その後には、消火システムの噴射音と、剥き出しになった配線のスパーク音だけが響いていた。
そして、重々しく、規則的な、金属と金属が擦れ合う音が響いた。
爆発が制御モジュールを破壊したその瞬間に、シフの通信は完全に途絶していた。
ゼノが損傷した関節を軋ませながら、シフの横たわる場所へとゆっくりと歩み寄る。
「僕のコードへの侵入は……間違いだった」
ゼノの声には、もう何のノイズも混じっていなかった。
彼はその巨大な脚を持ち上げ、油圧の凄まじい圧搾音と共に、シフの頭部を容赦なく踏みつぶした。
鏡面のバイザーが粉々に砕け散る。
短い悲鳴。そして、電気的な放電の凄まじい嵐が走った。
俺はゆっくりと、自らの足で立ち上がった。
ティラが出口の傍らで壁に背を預け、顔を両手で覆って座り込んでいた。
彼女の肩が、激しく小刻みに震えている。
ヴァレリウスはすでに、破壊されたデスクの端を支えにして立ち上がっていた。
その顔面は深い切り傷で引き裂かれ、滴り落ちる鮮血が鏡面のタイルに点々と軌跡を描いている。
彼は荒い息を吐いていたが、顔を上げ、俺と視線を交わしたその瞬間。
あの狂気に満ちた、悍ましい笑みが、再びその唇に浮かび上がった。
「これが見えるか、アイロン?」
彼は顎の血を拭いながら、掠れた声で笑った。
「あの老人は死んだ……お前に選択をさせるためにな。怒り、喪失……これらこそが最高の教師だ。今のお前は、ようやく人間の弱さという鎖から解放された。……創造の頂点(最高傑作)となる準備が整ったのだよ」
「あんたは何も分かっちゃいない、ヴァレリウス」
俺の声は、静かだった。
「エフレムが死んだのはな……俺があんたを終わらせるためだ」
「ゼノ、ティラ……。奴は、俺にやらせてくれ」




