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生きる意志は私の最強のスキルだ  作者: Gambo
死の隣り合う世界
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第67話:安定化

森はますます深さを増していく。


雨はほぼ止んでいた。


代わりに、ねっとりとした霧が後に残された。


それはまつ毛にまとわりつき、襟元へと忍び込んでくる。


「もうすぐだ……」


振り返ることもなく、アイロンが掠れた声で言った。


エフレムは、手製の粗末な木そりに気絶したゼノを乗せ、必死に引きずっていた。


アイロンの足取りに追いつくのが、やっとだった。


「一体、どこへ連れて行く気だ?」


エフレムが尋ねる。


開けた小さな広場に出たときだった。


その中央に、奇妙な構造物がそびえ立っていた。


それは、半分ほど地面に埋まった灰色の石の立方体キューブだった。


アイロンはその前で立ち止まる。


泥と血に汚れた指先が、冷たい表面に触れた。


「ここが、入り口だ」


突起の下にある、隠されたくぼみを手探りで探す。


そこを強く押し込んだ。


……何も起きない。


さらに全体重をかける。


カチリ、と硬質な音が響いた。


壁の一部が、ゆっくりと奥へと沈み込んでいく。


二人がかりでゼノを中へと引きずり込む。


敷居を跨いだ瞬間、アイロンは内側のレバーを力任せに引いた。


凄まじい衝撃と共に、重々しい扉が閉ざされた。


「ここは……温かいな」


エフレムが乾いた壁に手のひらを滑らせ、呟いた。


アイロンはすでに壁際に移動していた。


積もった埃の奥で、薄暗いインジケーターがかすかに明滅している。


彼の世界のすべてが、その制御パネルへと収束していった。


スキルがデータを脳内に送り込んでくる。


緊急用の回路ノードはほぼ枯渇。


バッテリーはただのゴミと化している。


だが、深部のセルには、まだ、わずかな電荷が残されていた。


「俺は……」


アイロンは言葉を詰まらせた。


意識が内側から引き裂かれるような感覚。


「……こいつを、グリッド(系統)に繋ぐ」


問題は、接続口インターフェースだった。


端子は破損し、ケーブルは完全に朽ちて塵と化している。


ゼノのコアを再起動させるパルスを送り込むには――。


直接、接触するしかなかった。


アイロンは奴の傍らに腰を下ろした。


水車小屋で拾い集めておいた、銅線の切れ端を取り出す。


片方の端を、ゼノの胸の接触端子に巻き付ける。


もう片方の端を、無事な方の左手で掴み――。


配電盤の、剥き出しになった端子へと力任せに押し当てた。


「何をする気だ、坊主! 死ぬ気か!?」


エフレムが悲鳴を上げ、一歩踏み出す。


「下がれ!」


アイロンが鋭く突き放した。


「……ただ、後ろに下がってろ」


目を閉じる。


ただの肉体に電流を通すだけでは、到底足りない。


自分自身が、制御装置コントローラーにならなければならない。


電圧のサージ(急上昇)を抑え込み、ノイズを取り除く。


ゼノの傷ついた電子回路を焼き切らないよう、覚醒に必要な、極めて精密なパルスだけを出力する。


【スキル起動:最大出力】


視界のすべてが、数字と波形オシログラムの無限の奔流と化した。


線内を流れる、微弱で荒れ狂う電流。


それを、俺の意志で整流し、一本の線へと誘導していく。


呼吸をするだけで、肺が引き裂かれそうだった。


両目の毛細血管が次々と弾けていくのが分かる。


鼻から溢れた鮮血が、コンクリートの床へとポタポタと滴り落ちた。


エフレムは部屋の隅で、完全に硬直したまま壁に張り付いていた。


突如、ゼノの胸の中央で、烈しい青い火花が爆ぜた。


そのまま、消える。


同時に、部屋全体に低い駆動音が響き渡った。


アイロンは、肺に溜まった空気を一気に吐き出した。


左手の力が抜け、銅線がチャリンと金属音を立てて床を転がる。


そのまま身体が真横に崩れ落ち、頭がコンクリートの床へ鈍く衝突した。


「アイロン!」


エフレムが遮二無二しゃにむに駆け寄る。


「なんて無茶を……自分を何だと思っていやがる……」


喉を締め付けられるような声を絞り出した。


その時、静寂を破る硬質なクリック音が響いた。


ゼノのメインレンズが、かすかなオレンジ色の光を宿して明滅する。


その鋼鉄の巨体の奥で、何かが駆動し、軋み始めた。


「シ、システム……一二パーセント復旧」


奴は、何のエモーションも持たない冷徹な声で告げた。


「誰だ……お前は、一体何なんだ?」


エフレムの声が、恐怖で上ずった。


後ずさりし、よろめきながら、背中が冷たい壁に激突するまで下がる。


『ゼノ』という名は知っていた。


だが、ここ数日で起きた現実の重みに圧し潰され、目の前の怪物が何なのか、エフレムにはもう理解できなかった。


「私は、移動式データアーカイブ(モバイル・データアーカイブ)です」


人間の声に含まれる剥き出しの恐怖など完全に無視し、奴は平坦な音声を出力した。


「オブジェクト・アイロンは――」


「黙れ!」


エフレムが遮った。胸が激しく、不規則に波打っている。


「頼むから……前みたいに喋ってくれ。そいつを『オブジェクト』なんて呼び方をするんじゃねえ。そいつはお前を救ったんだぞ! 自分の身体をボロボロにしてまで、お前を生き返らせようとしたんだ……その目を、見ろ……」


ゼノは数秒間、沈黙した。


入力されたデータを、内部の演算回路が処理している。


「視覚データ分析によれば、眼球への熱損傷は確認されません」


やがて、奴の重々しい音声が響く。


「虹彩の変色、および構造の変化は、神経過駆動ニューラル・オーバードライブに伴う副作用です。不可逆的変化の確率――一八パーセント」


「死にかけじゃねえか!!」


「バイタルサインは安定へと向かっています」


壁に背を預け、どうにか上体を起こしたゼノが答えた。


「肉体はディープ・リカバリー(深部修復状態)へと移行。致死確率は八パーセントまで低下しました」


エフレムはわずかに肩の力を抜き、ゼノの対面に腰を下ろした。


しばらくして、その安息は破られた。


頭上――通気シャフトの奥から、鋭く不快な擦れ音が響いてくる。


ゼノの全身が、一瞬で硬直した。


メインレンズが、禍々しい鮮紅の光を放つ。


「警告。アクティブスキャン(能動索敵信号)を検知。周波数――二・四ギガヘルツ。アカデミーのプロトコルを確認」


「何だって……?」


エフレムは背筋に冷たい氷を押し当てられたような感覚に襲われ、囁いた。


偵察用無人機ドローンです」


ゼノは、気を失ったアイロンを慎重にその鉄の腕で抱き上げながら言った。


「私の再起動に伴う電磁パルスがトリガーとなった模様。現在地が捕捉されました」


「さらに深部へと移動します」


奴は淡々と告げた。


「この地下暗渠コレクターは数マイル先まで展開している。ここに留まれば、四十分以内に熱量兵器サーマル・チャージによって、この区画ごと焼き尽くされるでしょう」


「……案内しやがれ」


エフレムは重いため息をつき、鞄を拾い上げた。


「他に、逃げる場所なんてありゃしねえんだからな」


ゼノはアイロンの身体をその金属の胸へとしっかりと抱き抱え、暗黒のトンネルの奥へと、一歩を踏み出した。

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