第64話:無限再帰
「オペレーターだと? 一体何の冗談だ」
俺の脳裏をそんな疑問がよぎった。
「ついに来たか」
天井の錆びついたスピーカーから声が響く。
「自分の手を見てみろ、坊主。もう感じているはずだ。この世界は、計算ミスによってできたバグに過ぎん」
「魔術などゴミクズだ」
声は続けた。
「人間どもはこぼれ落ちたクズを拾い集め、それを呪文と呼んで喜んでいる。だが、システムは漏れ出している。俺は何世紀もの間、自分の脳を使ってその穴を塞ぎ続けてきた。だが、もう疲れた。身代わりが必要だ」
嫌悪感をそそる、蛇のような不気味な回路の擦れ音が響き、壁から無数のケーブルが這い出てきた。
それらは一斉に俺を目指して伸びてくる。
「坊主、ずらかるぞ!」
エフレムが俺の肩を掴んだ。
「この化け物、お前を生きたまま喰らう気だ!」
「喰らうのではない」
タンクの中の老人が、しわがれた声で啼いた。
「統合するのだ。お前は数字が好きなのだろう。すべてを知りたいのだろう。核となれ。そうすれば、この世界のあらゆる原子の動きを見届けることができる」
「こんなゴミ溜めから原子が拝めるとは思えんね。お断りだ、クソ喰らえ」
「分かっていないな。もし俺が機能を停止し、お前がその座を引き継がねえなら、このセクター全体が吹き飛ぶ。エントロピーがすべてを飲み尽くすのだ」
(だったら死ぬんじゃねえよ、バカ野郎)
俺は心の中で毒づいた。
ケーブルが猛烈な勢いで突き出された。
一本がエフレムの足に巻き付き、奴を壁へと叩きつける。
ゼノが砲撃を試みたが、床から飛び出した鋼鉄の杭が奴の肩関節を貫通し、その場にロボットを縫い付けた。
俺はスキルを起動した。
【精神臨界過熱:全リミッター同時解除】
【モード:無限再帰】
世界が一瞬にして設計図へと変貌する。
俺は持ちうるすべてのマナをシステムのインターフェースに注ぎ込み、無限ループを発生させた。
視界のすべてが純白の光に呑み込まれていく。
義手が急激に熱を帯びていくのが分かった。
一度。十度。百度。
金属が軟化し始める。右腕の関節が自重で歪んだ。
タンクの中の老人が激しく痙攣を始めた。
その時計仕掛けの目が、狂ったように回転する。
「やめろ! すべてを焼き尽くす気か!」
スピーカーが悲鳴を上げた。
「道連れだ」
スキルが俺の脳を焼き焦がしていく感覚の中、俺は告げた。
次の瞬間、ガラスチャンバーの中のタンクが限界を迎えて爆発した。
ガラスが木っ端微塵に飛び散る。
内部の老人は力なく項垂れ、その肉体は目の前で灰へと変わり始めた。
構造物全体が激しく揺れ動く。
「ゼノ!」
エネルギーの奔流をねじ伏せながら、俺は叫んだ。
不気味な金属音を立てて、ゼノは己の肩から杭を引き抜き、気を失ったエフレムを抱え上げた。
俺は一歩前に踏み出そうとした。
だが、両足がまるで鉛のように重い。
「私に続いてください! 業務用エレベーターの電力はまだ生きています!」
ゼノが俺の襟首を掴み、通路を引きずり始めた。
背後で施設全体が崩壊していく。
床がひずみ、天井が容赦なく剥がれ落ちる。
俺たちは狭い鉄製のエレベーターの箱へと飛び込んだ。
ゼノが凄まじい力でボタンを殴りつけると、それは粉々に砕け散った。
急加速の衝撃で、危うく床に叩きつけられそうになる。
下方からの爆風に押し上げられるようにして、俺たちはシャフトを猛スピードで急上昇した。
耳鳴りが酷い。
そして――閃光。
何が起きたのかを理解するまでに、少し時間がかかった。
唐突に、すべてが静まり返ったのだ。
[と、同時に]冷気が肌を刺した。
目を開ける。
頭上には、広大で漆黒の何かが広がっていた。
そこには、何千もの小さな光の粒が散りばめられている。
「これは……星、か?」
這い上がろうと身を起こしながら、俺は掠れた声で呟いた。
焼け焦げた右腕の側面が、何か柔らかく、湿ったものに触れた。
エフレムが隣に座り込み、顔の血を拭っていた。
「思ったより、あっけなかったな」
俺は静かに言った。
「お前、正気か? あそこで死にかけてたんだぞ! もう少し遅ければ、今頃……」
「恐怖とお前は決して相容れない、って自分で言ってたろ?」
「……あ、ああ、当然だ! 恐怖と俺は相容れん!」
(その意気だ、爺さん)
俺は心の中で思った。
「悪いな、ゼノ。お前の脚の修理は、もう少し後になりそうだ」
満天の星空を見上げながら、俺は言った。




