第59話:パージ
コルウスの地図に従い、俺たちは五百メートルほど無言で歩いた。
トンネルが開けた場所に出た瞬間、ゼノが唐突に足を止めた。
「停止。生体シグネチャーを検知。ステータス:死亡。損傷の特徴……異常」
俺たちは近づいた。
それは人間……あるいは、かつて人間だったものだった。
コンクリートに直接打ち込まれた鋼鉄の杭によって、壁に釘付けにされている。
込み上げてくる胃液を堪えながら、俺は一歩前へ進み出た。
本来なら脚があるべき場所に、重々しいスプリングが埋め込まれていた。
骨に直接ねじ込まれている。
胸腔は金属製の突っ張り棒で無理やり押し広げられていた。
肋骨の隙間、その内側で、何かがチクタクと音を立てていた。
「拷問か?」
「否定。おそらくこれは実験です」
俺は関節を指差した。
「接合部を見てみろ。誰かが膝をヒンジに置き換えようとしたんだ。だが、動くたびに耐え難い激痛が走るよう、意図的に細工されている」
死体の胸の中にある機構に、指先で触れてみる。
歯車が回った。
人工心臓のポンプではない。
タイマーだ。ただの、タイマー。
「固有の『手口』だな」
俺はズボンで手を拭いながら言った。
「人間を無理やり機械の一部に改造して、どれだけ生き延びられるかを試したんだ」
「コンポーネントを識別」
ゼノが声を上げた。
「合金:帝国鋼、銘柄『ケルベロス』。製造様式:技術監督局。異端審問機関」
「出るぞ」
俺は吐き捨てるように言った。
「急げ」
地図が俺たちを導いた先は――巨大な換気シャフトだった。
重い気密扉を辛うじてこじ開けた、その瞬間。
「壁に張り付け!」
俺は叫んだ。
俺たちは狭いキャットウォーク(保守用通路)を進んでいた。
右側は、数百メートルの底なしの崖。
左側には、一軒の家ほどもある巨大なファン(換気扇)。
それらは空気を切り裂きながらゆっくりと回転していたが、数トンにも及ぶブレードの慣性エネルギーは狂気じみていた。
俺は二番手を歩いていた。
ゼノが前方を進路スキャンする。
「アクティブな地雷は未検知。電子トラップはありません」
ゼノが一歩を踏み出した。
かすかな、カチリという音。
「下がれ!」
俺は叫び、エフレムの襟首を掴んだ。
頭上の闇から、何かが落下してきた。
原始的なメカニズム。テコと重りによるものだ。
ゼノは後方へ跳んだが、エフレムの真上から一本の網が落ちてくる。
時間が引き延ばされる。
『生きる意志』、発動――
いや、今じゃない。
俺は前方へ突っ込んだ。
チタンの右腕を跳ね上げる。
鉛の重りが手のひらに激突し、その衝撃が直接肩へと突き抜けた。
関節が外れかける。
『第二世代』の指先が、鋼鉄の鎖の輪を締め付けた。
咆哮とともに、網を側方へと投げ捨てる。
「エフレム!」
俺は彼の隣に倒れ込んだ。
「大丈夫か!?」
「アナログな罠」
切断されたワイヤーをスキャンし、ゼノが断定した。
その時、風の唸りを突き抜けて別の音が聞こえてきた。
ブーンという不快な羽音。
醜悪な造形物だった。
真鍮で補強された大型の鳥の頭蓋骨。その眼窩にはカメラが埋め込まれ、背中にはプロペラが備わっている。
ドローンが数メートル先でホバリングしていた。
そのカメラが、俺の右腕に焦点を合わせる。
「見事だな」
スピーカーから、乾いた声がパチパチと響いた。
「チタンとタングステンか。合理的だ」
俺はエフレムを背後に庇いながら、ゆっくりと立ち上がった。
ゼノが武器を構える。
「誰だ、お前は」
「過ちを正す者さ」
声が応じた。
「神聖なる機構を盗み出し、己の浅ましい命を長らえるだけの玩具に変え果てるとは……。お前たちは、金属の真の痛みを理解していない」
ドローンがわずかに傾いた。
「金属は、完成されるために苦痛を経なければならない。肉体がそうであるようにな」
「ただのイカれ野郎だ」
俺は言った。
「ならば、これをどう計算するか見ものだな」
後にサイラスと名乗る男が、鼻で笑った。
ドローンのLEDが赤く跳ね上がる。
モーターの駆動音が、耳を劈く悲鳴へと変わった。
俺は左を見た。
巨大なファンが一気に加速を始めていた。
床のゴミが舞い上がり、回転するブレードに向かって吸い込まれていく。
凄まじい風圧が、俺たちを壁に押し付けた。
「強制排気を起動しやがった!」
俺は叫んだ。
「このままじゃブレードに吸い込まれるぞ!」
「風量が増加。二十秒後に危険閾値に達します」
ゼノが格子状の床に爪を突き立てながら報告する。
エフレムの身体がすでに宙に浮きかけていた。
俺は彼のベルトにしがみつく。
「あそこへ行くぞ!」
俺は前方を発した。
十メートル先の壁に、保守用のニッチ(窪み)が見える。
あそこが避難所だ。
だが、俺たちの行く手には、加速を続けるファンの巨大なブレードが立ち塞がっていた。
「無傷での通過確率:十二パーセント」
ゼノが咆哮する。
俺は回転するブレードを凝視した。
それはすでに灰色の円と化して同化している。
「クソ食らえだ」
俺は毒づいた。
「一……二……ブレードの通過周期は一・五秒……さらに加速している……三……」
「ゼノ! エフレムを掴め!」
俺は叫んだ。
「『四』で行くぞ! ――一!」
暴風が俺たちの足元をさらおうとする。
「二!」
ブレードが凄まじい風切り音を立てて目の前を通過した。
「三!」
「了解」
ゼノが老人を抱え上げた。
「四! ――走れ(いけ)!!」
俺たちは風の勢いに身を任せ、前方へと飛び出した。
迫り来るブレードの鋼鉄のエッジが視界をよぎる。
身体を丸め、チタンの右腕を盾のように突き出した。
隙間を滑り抜ける。
ブレードがゼノの背中を掠め、激しい火花が飛び散った。
直後、俺たちの背後でブレードがドローンを粉砕する。
鳥の頭蓋骨が真鍮の破片となって四散した。
俺たちはニッチの中へと転がり込み、床の上を激しくバウンドした。
入り口の外では暴風が唸りを上げていたが、もう俺たちに届くことはない。
「ふぅ……」
ゼノの下から這い出しながら、エフレムが息を吐き出した。
ゼノが立ち上がる。
奴の背中の装甲板には、深い抉り傷が刻まれていた。
「ドローン滅失。オペレーターとの通信は途絶(つ絶)しました」
「立ち止まれば凍死だ」
俺たちは再び、暗闇の奥へと歩みを進めた。




