第54話:導体
何かが、激しく俺を揺さぶった。
右腕が……冷え固まった泥に、完全に焼き付いている。
「じっとしていろ」
エフレムの声が低く響いた。
「動くな。完全にこびりついて離れん」
目を開けた。
空は灰色だった。
エフレムがすぐ傍らでしゃがみ込んでいる。
夜の間に金属は冷めていた。
だが、その前は赤熱するほどに熱せられていたのだ。
関節に巻き付けられていたボロ布、革のベルト、俺の上着――そのすべてが溶け合い、一枚の黒赤色の瘡蓋と化していた。
「奴は……奴はどこだ?」
エフレムが自身の背後を顎で示した。
痛む首を無理に巡らせる。
骨がパキリと鳴った。
ゼノは、そこにいた。
かつて水車小屋の一階だった場所の真ん中で、炭化した梁に膝まで埋まったまま、完全に沈黙している。
上着を起こそうとした。
三度目の試みで、ようやく成功する。
エフレムが俺の脇を抱え上げてくれたおかげだった。
「ここを……出ないと」
俺は呟いた。
「教団が……」
「教団なら、もうおらん」
エフレムが言葉を遮った。
彼は水筒を差し出してきた。
「飲め。炭火で温めておいた。温かいぞ」
霧の向こう、村の方角から人々が姿を現した。
先頭はハンスだ。
その後ろに鍛冶屋と、斧を手にした男たちが三人。
奴らは十歩ほど離れた場所で足を止めた。
ハンスが水車小屋の残骸を見つめる。
「生きていたか」
ハンスが言った。
「ああ」
エフレムが立ち上がり、俺を庇うように立ちはだかった。
「そして魔術師どもは死んだ。一人残らずな」
「水車小屋も死んじまっちゃあな」
鍛冶屋が唾を吐いた。
「これからどうやって子供らに食わせるんだ、じいさん?」
「この坊主がいなければ、お前ら全員死んでいた。教団は誰も生かしちゃおかん。ただの村人であってもな」
長い沈黙の後、ハンスが口を開いた。
「出て行ってくれ」
俺と目を合わせようともせず、奴は言った。
「今すぐにだ」
「それはできん」
エフレムが毅然と言い放つ。
「ゼノを置いていけ」
誰かが悪態をついた。
「その坊主もだ」
「ふざけるな。それよりも手を貸せ」
エフレムが凄む。
「俺たちを『熊の裂け目』まで運ぶんだ。ここから二キロほど上った場所だ。そうすれば二度とお前たちの前に姿を現さん。命を救った分の見返りだ」
ハンスは長く沈黙した。
「縄を持ってこい。それと丸太だ」
ゼノの重量は半トン近くあった。
奴を動かすため、男たちは罵り声を上げ続けながら、水車の軸の残骸をテコ代わりに使った。
「せーの、それ! クソッ、一体何が詰まってやがんだ、この重さは!」
ガチャンと重苦しい音を立てて、ゼノが横倒しになった。
床板を組み合わせて作った即席のソリに奴を乗せる。
六人の屈強な男たちがベルトを肩に掛けた。
俺用には、さらに小さなソリ――ただの古い扉が用意された。
エフレムは自分の上着を敷き、その上に俺を横たえた。
「腕を……腕を縛り付けてくれ」
彼が俺の上に屈み込んだ時、俺は掠れた声で言った。
「引きちぎれちまう」
エフレムは頷いた。
義手が暴れないよう、板に固く縛り付ける。
ズ、ズ、ズ……。
首を巡らせる。
ゼノが後ろから運ばれてくる。
その頭部が力なく揺れ、装甲の隙間に泥が詰まっていた。
「耐えろ、坊主、しっかりしろ……」
エフレムが隣を歩きながら、静かに呟き続けていた。
俺は意識が混濁し、昏睡と覚醒を繰り返した。
カルスト洞窟へと続く、岩肌の狭い亀裂――『熊の裂け目』に到着した時、男たちは足を止めた。
ハンスがナイフで縄を切り離した。
「ここまでだ」
奴は荒い息を吐きながら言った。
「ここから先は自分たちで行け。ここらは猟場の境界だ。俺たちは立ち入らん」
「感謝する、ハンス」
エフレムが言った。
「気にするな」
村長はそう吐き捨てた。
奴らは足早に去っていった。
峡谷を吹き抜ける風が、いっそう冷たく牙を剥く。
エフレムは洞窟の入り口に立っていた。
まず、彼は俺を引きずり込んだ。
縄に全体重をかけ、ブーツを岩に踏ん張らせながら。
それからゼノを回収するために戻った。
そして何らかの魔導具を使い、その巨体をも引きずり込んだのだ。
ゼノを運び入れた直後、エフレムはその場に崩れ落ち、十分ほど身じろぎもせず横たわっていた。
「エフレム……」
弱々しく呼ぶ。
「息を……つかせてくれ……」
彼は俺のそばまで這い寄り、男たちが置いていった汚れた毛布をかけてくれた。
「寒いな。火を熾したいが……薪がない」
「ゼノ……」
俺は左手を伸ばそうとした。
「俺を……近くへ動かしてくれ」
「何のためにだ?」
「必要なんだ」
左の手のひらを、奴の胸部装甲に押し当てた。
(頼むから動け)
俺は念じた。
(水や蒸気ごときで、あっさり機能停止してんじゃねえ。起動しろ。俺を間抜け呼ばわりしろ。効率性について説教してみせろ。何でもいいから、動いてくれ)
意識が深い眠りに引きずり込まれそうになった、その時。
手のひらの下に、微かな振動を感じた。
ジ、ジ、ジ……。
「シ……シス……テム……致命的……エラー……」
「ゼノ?」
装甲に耳を押し当てる。
「俺はここだ。何が必要だ? 診断しろ!」
沈黙。
長い、沈黙。
「ど……」
「何だ?」
「ど……」
「言え!」
「ど……銅……」
洞窟の凍てつく空気の中に、その言葉が落ちた。
「回……路断線……導体……が必要……だ。ど……銅を……」
静寂。
振動は消失した。
残されたのは、ただの冷たい鉄の塊。
暗闇を凝視する。
銅。
銀に次ぐ、最高の導体。
焼き切れた起動回路をバイパスしなければならない。
必要なのは、一本の針金だ。
だが、ここは洞窟の中。
あるのは岩と、苔だけ。
俺は、狂ったように笑い出した。
「熱があるな」
エフレムが俺の額に触れながら言った。
「銅だ……」
涙と笑いが混ざり合う中、俺は喘いだ。
「奴には銅が必要なんだ、エフレム」
「どこから手に入れる? ハンスの家にすら、銅の鍋一つなかったというのに」
「ここにある」
静かに言った。
「すぐ目の前にある」
「どこにだ?」
「俺の、この腕の中だ」
「駄目だ」
彼はきっぱりと拒絶した。
「考えるな。そんなことは絶対にさせん」
「やるんだ」
俺は目を閉じた。
「解体しろ、エフレム。この腕をバラすんだ」




