第53話:17気圧
水車小屋は死に瀕していた。
乾ききった梁の軋み、主軸の苦しげな唸り声。
そのすべてから崩壊の予兆が伝わってくる。
ゼノはその肩で主軸を支え、生ける支柱と化していた。
「アイロン……もっとだ。もっと持ってこい」
俺はリベット留めの穀物タンクにもたれかかった。
上着の奥まで熱が染み込んでくるのを感じる。
入り口からエフレムが転がり込んできた。
割った板切れとボロ布の束を引きずっている。
彼の顔は土気色で、眼窩は落ち込み、両手は床に木屑を撒き散らすほど激しく震えていた。
丸二日、一睡もしていない。
運び、挽き、板を打ち付け――俺の指示のもとで煮炊きを続けていた。
「坊主……これで離れの分は最後だ」
彼は荷を放り出し、掠れた声で言った。
「もう燃やすものがない。この水車小屋そのものを解体し始めない限りはな」
「なら、解体しろ」
俺は目を開けることすらせずに言った。
「気圧を十気圧まで上げられなければ、どっちみちこの壁も終わりだ」
俺の目の裏では、まったく別の数字が明滅していた。
【水温:92℃……95℃……98℃】
俺はエフレムに命じて、ゼノの体内や工具箱の冷却システムから引きちぎった銅管を、メインの大樽に巻き付けさせた。
隙間という隙間は、馬の毛とタールを混ぜた樹脂で塗り固めた。
ゼノは調整弁となった。
ロックされた膝のせいで歩くことができなくなったため、俺は彼を水車のフレームに鎖で縛り付けた。
今、彼のリアクターは安全基準を超えて稼働し、即席の熱交換器を通じて水を加熱している。
その下でエフレムが炉に薪をくべ続けていた。
「アイロン」
ゼノの声が低く振動し、天井から埃が舞い落ちる。
「左フランジのシールが耐え切れない。パッキンの致命的な劣化を確認。現在の圧力上昇率におけるタンク破裂の確率:三十四パーセント」
「耐えろ、ゼノ」
俺は唾を吐いた。
「漏れ出したら手で管を押さえつけろ。俺たちに必要なのは推進力だ。一撃の、強烈な放出だ」
「熱膨張により、マニピュレーターの精度が低下している。私は……不快感を覚えている」
入り口にハンスが姿を現した。
彼の視線が、誰かの机の残骸を炎に突き込んでいるエフレムから、俺へ、そしてゼノへと泳ぐ。
「奴らが斜面に来ている」
ハンスが静かに言った。
「光が見えた」
「逃げろ、ハンス」
大樽に寄りかかりながら、身体を起こす。
「小川の裏の洞窟にみんなを連れて行け。ここが吹き飛んだら、何も残らないぞ」
ハンスは胸の前で十字を切り、急いで立ち去った。
俺は、曲げた管とリヒターの救急箱にあった水銀温度計で作った即席の圧力計を確認した。
針は赤い目盛りの上で震えていた。
「エフレム」
俺は一歩近づいた。
「俺が叫んだら、地面に伏せて桶を被れ。あのオーク材のやつだ。わかったか?」
「わかった」
俺はバルコニーに出た。
オゾンの臭いを孕んだ風が顔を打つ。
眼下の森が青と金色に輝いていた。
「光の猟犬」の隊列だ。
先頭には、重装甲をまとった二人の異端審問官。
彼らは何らかの「浄化の円環」を形成し始めていた。
彼らの間にエネルギーの糸が張り巡らされ、水車小屋の上空にドームが収縮し始める。
「めでたいクソ野郎どもめ」
俺は呟いた。
中に戻る。
室温は五十度を超え、息をするだけで痛みが走った。
「ゼノ、ステータス!」
「圧力:十五気圧。水路からの給水が停止。冷却蛇管は空。配管の融解開始まで、あと四十秒」
「待つんだ」
俺はメインレバーを掴んだ。
かつては水車を止めるためのブレーキレバーだったもの。
それを俺は排気弁に改造していた。
左の手のひらが汗で滑る。
役に立たない義手を、俺は唸り声を上げながらレバーに押しつけ、全身をカウンターウェイトとして利用した。
「エフレム! 伏せろ!」
静電気が首筋の毛を逆立てる。
ドームが収縮し、木製の壁が異常加熱されていく。
「今だ……」
俺はゼノを見た。
「圧力を!」
「十七気圧。致命的――」
俺はレバーを力任せに引き下げた。
ほんの一瞬、何も起きなかった。
だが、その直後――。
水車小屋が凄まじい力で激震した。
小道に向けられていたメインバルブが、根元から吹き飛ぶ。
過熱蒸気が外部へと解き放たれた。
三百度近くに達した高圧の蒸気が前方へと殺到し、瞬時に濃密な白い雲となって膨張していく。
壁の隙間から、前列の魔術師たちに何が起きたかが見えた。
蒸気は結界を易々と透過した。
肉体を包み込む。
鎧の隙間、継ぎ目、面頬の奥へと侵入していく。
最前列の者たちは、悲鳴を上げる暇さえなかった。
皮膚がボロ切れのように剥がれ落ちる。
大気が沸騰した。
後方にいた者たちは一瞬で視力を奪われた。
結界のドームが粉々に砕け散る。
「まだだ!」
俺は咆哮した。
「ゼノ、あるだけの力を出せ!」
ゼノの身体が弓なりに反り、指が管に食い込んで流れを制御する。
その瞬間、内部の銅製フランジの一つが破裂した。
熱湯の噴流が、俺の右肩を直撃する。
「あ、ガ、ハァッ……!」
クソったれが。
【致命的な組織損傷を検知】
【Ⅲ度熱傷(重度火傷)】
【意識喪失まで:5……4……3……】
水車小屋が崩壊を始めた。
梁が熱と湿気で歪み、形を失っていく。
蒸気が視界のすべてを埋め尽くした。
俺は瓦礫の中に横たわっていた。
右半身の感覚がない。
肺が焼けるように熱い。
「エフレム……」
掠れた声を出す。
老人が、灰色の塵と濡れた煤にまみれながら、長持の底から這い出してきた。
首を巡らせた。
ゼノが軸の傍らに立っていた。
レンズの光は消えている。
その両手は、今なお引きちぎられた配管を固く握りしめたままだった。
「ゼノ……?」
静寂。
【2……1……】




