第41話:インナーリング
第一章:システムの限界
「クリティカルエラー……」
ゼノの声がデジタルな悲鳴へと劣化していく。
「メイン回路の過負荷……リセット……リセット……お前、本当に……馬鹿野郎、だ……」
俺は四つん這いに崩れ落ち、胃液をぶちまけた。
マナの味は、およそ想像しうる最悪のものだった。
「立て……」
エフレムが俺の肩を引っ張るのを感じた。
「おい、聞こえているか!?」
「水の音しか聞こえねえ。……だが、関係ない。もっと……上へ、行かないと……」
視焦点を合わせようと抗いながら、言葉を絞り出す。
スキルがインターフェース上で不規則に明滅していた。
【警告:魔力中毒を検出――第II段階】 > 【システムエネルギー:90%(致命的過負荷)】 > 【神経ネットワーク安定性:14%】 「クソ、いっそ死んじまいたい……」
息を吐き出す。だが、進むしかなかった。
「上と言ったってどこへだ、小僧!?」
エフレムが叫ぶ。水の轟音がすべてをかき消していた。
「ここは行き止まりだぞ!」
俺は周囲を見回した。
技術室は、猛烈な勢いで発光する泥水に満たされていく。
すでに足首まで浸かっており、ブーツの底から煙が上がり始めるのを感じた。
視線が、隅にある無骨な鋼鉄のタンクに留まった。
古いケソン――重厚なボルトで壁に固定された、巨大な圧力調整タンクだ。
(凄まじい負荷に耐えられる設計であってくれよ……) 俺は祈った。
「あそこだ!」
俺はタンクを指差した。
「中には空気が残っているはずだ!」
「あんな場所に閉じこもったら、生殺しだぞ!」
迫り来る泥水がすでに膝まで達し、エフレムが後ずさる。
「ここに残れば、5分で溶けてなくなる!」
俺は彼の無事な方の腕を掴み、タンクへと引きずっていった。
第二章:内側からの溶接
錆びついたハッチに辿り着く。
「手伝え!」
エフレムに叫ぶ。
二人で力任せにレバーを引いた。
金属が悲鳴を上げ、ハッチが開く。
中からは重油の臭いが立ち込める黒い虚空が覗いた。
俺はエフレムを中に押し込み、自分もその後に飛び込んだ。
タンクの内部は暗く、狭かった。
粘り気のある汚泥の中で、俺たちは身を縮めた。
外から凄まじい衝撃音が響き、部屋全体が激しく震動する。
「密閉するんだ」
俺は自分の両手を見つめながら言った。
「内側からな」
「何を使ってだ!? 工具なんてないぞ!」
考えるより先に、俺はハッチの縁に手のひらを押し当てた。
『何を企んでいる!?』
ゼノが叫ぶ。
『お前の神経末梢が完全に破壊されるぞ!』
「黙れ、とにかくやらせろ!」
苛立ちをぶつける。
俺は右の手のひらに、マナの最後の一滴までを凝縮させた。
指先から目眩く白い火炎が噴き出し、ハッチの鋼鉄を融解させていく。
ゆっくりと、一センチずつ円を描き、蓋をタンクの本体へと溶接していった。
溶けた金属の火花が顔に飛び散り、衣服を焼き焦がす。
【溶接部温度:1800°C】 > 【外圧:5気圧】 > 【上昇速度:毎秒0.2気圧】 円が完全に閉じた瞬間、俺はタンクの底へと崩れ落ちた。
「アイロン……」
エフレムが恐怖に目を見開いて俺を見つめる。
「お前は……本物の狂いだ」
第三章:ロケット浮上
突如、タンクが壁から引きちぎられる感覚があった。
俺たちは急激に浮上し始めた。
内壁に激しく身体を叩きつけられる。
『俺たちはメインの排水本管の中にいる。奔流が俺たちを上方の、〈外部リング〉の分配ゲートへと運んでいるんだ。このまま圧力が下がらなければ、遮断弁に衝突してペシャンコに潰されるぞ』
ゼノが声を絞り出す。
タンク内の空気が急速に加熱されていく。
俺は手探りで、底にある排水バルブを探し当てた。
「エフレム、突っ張り棒を掴め! 強く!」
左手をバルブにかける。
水の轟音。金属の擦れる音。トンネルの壁に衝突する衝撃。
音が変わった。流れが加速する。
「――今だ!」
俺はバルブのレバーを力任せに引き、同時にタンクの底に溜まったわずかな水に向かって、マナの短い衝撃波を放った。
内部爆発を起こし、タンクが激しく震動する。
それはロケット弾のように、マナの奔流を追い抜いて上方へとカッ飛んだ。
『生きる意志』が、消え入りそうな光を放っていた。
【システムエネルギー:2%】 > 【ステータス:前昏睡状態】 > 【右肢に構造的な変異を検出】 「生きて、いるな……」
エフレムが喘いだ。
第四章:内部リング
エフレムが真っ先にハッチへと這い寄った。
何かの鉄の破片を使い、すでに冷えて脆くなっていた俺の『溶接痕』をガリガリと削り始める。
永遠とも思える時間の後、ついに蓋が外れ、中に新鮮な空気が流れ込んできた。
エフレムが外へ這い出し、俺を引き上げてくれた。
俺はタンクから、完璧に滑らかで冷たいタイルの床の上へと転がり出た。
その広間は、内部で青い火炎が脈動する、巨大な砂時計のような奇妙な構造物で満たされていた。
「ここは、どこだ……?」
天井の魔導ランプの眩い光に目を細めながら、俺は呟いた。
「私たちは……〈内部リング〉にいる」
彼はタンクの後ろへと後ずさりしながら、怯えたように囁いた。
「城塞の排水精製システムの、まさに心臓部だ」
立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、再び床に崩れ落ちる。
視線が床に落ちた。
鏡のような床面に、俺の姿が映っていた。
俺の髪は、真っ白に変色していた。
そして、右の瞳が不気味なエメラルド色の光を放っている。
「何だ、これは……クソ。エフレム……」
エフレムが恐怖の眼差しを俺に向ける。
「小僧……お前、その姿は……」
「俺だって……分からねえよ」
だが、広間の奥で重厚な扉が開く音が、俺たちの会話を遮った。
「――よく来たな、検体アルファ」
静かで、理知的な声が響く。
「ヴァ、レリウス……か?」




