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生きる意志は私の最強のスキルだ  作者: Gambo
死の隣り合う世界
40/209

第40話:ミラーアイ

闇が俺の口と鼻を塞ぎ、生々しい死装束のように両目を覆った。


俺はうつ伏せに倒れていた。


下にあるガラクタの山――古いボロ切れか、上から落とされた機械のゴミか――が、重みで沈み込んでいくのを感じる。


隣では、エフレムがヒューヒューと苦しげな息を吐き出していた。


「生きてるか……?」


俺は掠れた声で問いかけた。


「今のところは……なんとかね」


老人が応じる。


「小僧、私たちはどこに連れてこられたんだ? ここには何もない。本当に、何一つとしてないぞ」


ゼノの声は聞こえなかった。


「やっと静かになった……」


俺は息を吐き出した。


「少しは、自分の頭だけで考えられそうだ」


安堵感があまりにも強く、涙が出そうだった。


視界の隅で、『生きる意志』のスキルアイコンが点滅している。


薄暗く、今にも消えそうだ。


【システムステータス:致命的な枯渇】


【エネルギー残量:4%】


【警告:筋肉組織の劣化が開始されました】


4パーセント。


確かに少なすぎる。だが、アクティブに動ける時間が、あと最長で3割(30分)はあるということだ。


俺はポケットから火打ち石を取り出した。


カチリ。


もう一回。カチリ。


飛び散った火花が、一瞬だけ周囲1メートルを照らし出す。


ここは技術室テクニカルルームだった。


頭上の暗闇には、俺たちが落ちてきたあの縦穴の、錆びついた梯子の横木が消えかけている。


壁は重厚な石のブロックで組まれていたが、その隙間に鉛の層があるのを見逃さなかった。


エンジニアとしての知識が、すぐに答えを導き出す。


鉛が魔力のノイズを遮断し、『デッドゾーン(無魔領域)』を作り出しているんだ。


だからゼノが『オフライン』になった。


「見ろ……」


エフレムが震える指で隅を指差した。


そこには、床に半分埋もれるようにして、無骨な鉄の構造物がそびえ立っていた。


これまで見てきた優美な祭壇やマナ・サーバーの類とは、似ても似つかない。


「これは……ポンプか?」


俺は近づき、冷たくてざらついた金属に触れた。


「妙な鉄屑だな」


エフレムは這うようにして、どうにか上体を起こした。


俺は注意深くその機構を観察する。


図面に慣れ親しんだ俺の脳が、瞬時にその設計図スキーマを復元していった。


これは、古典的なピストン式の排水ポンプだ。余剰な水を汲み出すためのもの。


もしこれを動かせれば、この部屋の悪臭を払うか、あるいは先へ進む道を見つけられるかもしれない。


「奴らが、嗅ぎつけてきたぞ」


エフレムが折れた杖を握り締め、低く呟いた。


頭上の通気口から、乾いた音が響いてきた。


まるで何百もの小さな爪が、薄い金属板を引っ掻いているかのような音。


そのスクラッチ音が、みるみる大きくなっていく。


ダクトの闇から、最初の顔が覗いた。


皮膚は白く、目は退化して盲目。針のような歯が何列も並んでいる。


怪物は鼻孔を膨らませ、俺の匂いを嗅ぎ取ろうとしていた。


「5分ももたないぞ!」


エフレムが杖を掲げようとしながら叫んだ。


「もうそこまで来ている!」


俺は答えなかった。


魔法は使えない。肉弾戦に持ち込まれれば、その時点で自殺行為だ。


俺は、固着して動かないポンプのレバーを掴んだ。


「動け……頼むから動いてくれ!」


俺は残されたすべての力を、両肩の筋肉に爆発させた。


耳鳴りがする。


固まった古いグリスの層に阻まれ、フライホイールは微動だにしない。


最初の怪物が、鋭く跳躍した。


その刹那、俺はレバーに全体重を叩きつけた。


金属が悲鳴を上げる。


カチカチに固まっていた錆の膜が、銃声のような鋭い破裂音を立てて弾け飛んだ。


フライホイールが、回転する。


ガコン。ガコン。ガコン。


ピストンがシリンダー内を滑り始めた。


俺があらかじめ通気口の出口に向けておいた側面のノズルから、凄まじい圧力で液体が噴射された。


溜まっていた、砂と錆が混ざり合った泥水だ。


俺の手前わずか1メートルの距離にいた怪物が、壁に叩きつけられ、圧殺された。


乾いた枝が折れるような音を立てて、奴の骨が砕ける。


ダクトの中にいた他の怪物どもは、激しく威嚇の声を上げ、たまらず奥へと引き下がっていった。


俺は膝をつき、激しく空気を求めて喘いだ。


【エネルギー:1%】


【警告:システムに致命的な劣化。速やかなリソース補給を推奨します】


心臓がドクリと、拍動を飛ばした。


視界に灰色の斑点が広がり、霞んでいく。


「エフレム……アンプルを……」


俺はそれだけを絞り出した。


老人が這うようにして近づき、青い液体が入ったガラス製のアンプルを俺の手に握らせた。


教団の、濃縮されたエーテルだ。


「それを飲めば、ゼノが目覚める」


彼は警告するように言った。


俺は迷わず、その泥水を煽った。


最悪の味だった。オゾンと、腐ったミントが混ざり合ったような。


液体が喉を焼き、全霊の血管を電流が駆け抜ける。


胸の中の結晶が、一瞬にして爆発的な光を放った。


『……同期シンクロ、復旧!』


脳内に、鋭く明確なインパルスとしてゼノの声が割り込んできた。


『この大馬鹿者が! 宿主ホストを消滅させる気か! セクターの解析、完了した。俺たちは〈ゼロ・サイクル〉にいる。まさにこの真上を、城塞の供給本管メインラインが通っているぞ』


俺は頭を上げた。


天井の下を、鉛の布で何重にも巻かれた太い鋼鉄のパイプが走っていた。


それは激しく振動している。


内部から響く重低音は、さながら魔導リアクターの稼働音だった。


俺の指先が、エメラルド色の光を放ち始める。


俺はパイプへと歩み寄った。


「ゼノ、このロックを破るのを手伝え」


『……いいだろう』


俺は変異した指を、溶接痕の微細な亀裂へと押し当てた。


結晶が激しく震える。


『気をつけろ、小僧』


ゼノが警告する。


『内部の圧力は尋常じゃない。流れを制御しきれなければ、お前は一瞬で蒸発するぞ』


「――やれ」


短く言い捨てた。


俺は自身のマナで紡いだ細い針を溶接の奥深くへと刺し込み、金属の分子構造を強引に押し広げた。


その瞬間、防壁が弾け飛んだ。


焼灼するような、純粋なマナの奔流が、俺の魔力回路へと一気に流れ込んできた。


俺は絶叫した。だが、声にはならず、耳の奥で金属音が鳴り響くだけだった。


自分の皮膚から、オゾンが焦げる臭いが立ち込める。


身体が弓なりにのけ反り、ブーツの底から煙が上がった。余剰なエネルギーが、足元の汚水へと逃げていく。


【5%……20%……50%……】


リザーブタンクが、狂気的な速度で満たされていく。


そして――俺の意識は途絶えた。


気がつくと、俺は広大な、白い空間に立っていた。


壁はなく、ただ均一な光だけが満ちている。


その中心。机に向かって、一人の男が座っていた。


身にまとっているのは、汚れ一つない純白の軍服。


机の上に置かれた彼の両手は、あまりにも清潔で、微動だにせず、まるで磁器フランセのようだった。


男が、ゆっくりと顔を上げた。


両目があるべき場所には、二枚の完璧な鏡が嵌め込まれていた。


そこには、歪み、恐怖に引きつった俺自身の顔が映し出されていた。


「見つけたぞ」


男が静かに言った。


その声は、俺の脳組織を直接振動させた。


繋がりを断ち切ろうとしたが、身体が動かない。


彼から放たれる威圧感は、近衛兵や、あのリヒターのそれとは次元が違っていた。


「なるほど、ヴァルトの言葉は嘘ではなかったな。お前は非常に興味深い〈検体オブジェクト〉だ」


男はゆっくりと立ち上がった。


空間を越えて、俺の顔に触れようとするかのように、手を伸ばす。


その唇の端が、微かに、笑みの形に歪んだ。


パチン、と鋭い音がして、強制的に接続が切れた。


俺はテクニカルルームの濡れた床へと激突した。


パイプから強引に手を引き剥がす。


亀裂は、瞬時に自己修復されて塞がった。


俺の指は骨が見えるほどに焼けただれていたが、マナの残量は【94%】を示して輝いていた。


「ずらかるぞ!」


俺はエフレムの襟首を掴み、力任せに引き起こしながら怒鳴った。


「今すぐだ!」


「何があった、小僧!?」


「……誰かを、見た」


俺は荒い息の下から絞り出した。


「誰を見たというんだ?」


エフレムが俺の両肩を掴み、目を覗き込んできた。


「話しなさい、小僧!」


「誰だかは分からない……だけど、あの魔力ちからは……悍ましすぎる」


『どんな姿をしていた?』


脳内のゼノの声も、心なしか硬く、沈んでいた。


「白い軍服だ。チリ一つついてない。それに手……まるで磁器みたいに綺麗で、ピクリとも動かなかった。それから、目の代わりに鏡が嵌まってた。俺のことを『興味深い検体』だって。ヴァルトの言ったことは本当だった、とも」


エフレムは、胸を突かれたかのように、ガタガタと後ずさった。


顔から血の気が引き、ポンプの錆びた突起へと力なく腰を落とす。


脳内には、死のような沈黙が降りていた。


いつもなら一秒と黙っていないゼノが、完全に硬直している。


「おい、二人してどうしたんだよ?」


俺は青ざめたエフレムと、鈍く光る結晶を交互に見つめた。


「ヴァレリウス……」


エフレムが、掠れた声で呟いた。


「誰だそれは?」俺は眉をひそめた。


「また別の将軍か?」


「それなら、どれほど良かったか……」


エフレムが唾を飲み込んだ。


「ヴァレリウスは……〈魔導魔術学院〉の総監。そして、世界を統べる〈五人評議会〉の一員だ」


「待て……学院? 五人評議会?」


俺は言った。


「教団を仕切っているのはヴァルトだと思ってた。違うのか?」


「ヴァルトは、教団の『顔』に過ぎん。軍を率い、反逆者を誅殺する実権魔だ。だが、ヴァレリウスは違う……。あの学院こそが、帝国におけるすべてのエーテルの揺りかご。そして五人評議会こそが、この世界の真の設計者アーキテクトだ。ヴァルトとて、表向きはどうあれ、彼らの決定には従わざるを得ん」


「だけど、あんたはなんでそれを知ってる?」


「教団の最高幹部や総司令官たちは、五人評議会と直接面会する義務があったのだ。その時に、ヴァレリウスの存在を知った」


「そして、彼が直々にお前に接触してきたということは、意味するものはただ一つ……」


エフレムが立ち上がった。その両手はまだ震えている。


「彼は本物の狂人だ、アイロン。人間性を一切排除した天才だ。もしお前が彼の個人的な関心を引いてしまったのなら……彼がお前に何をもたらすか、想像するだけで恐ろしい」


コレクター(排水路)の水位が上がり始めていた。


液体は次第に粘り気を帯び、有害な毒々しい緑色へと変色していく。


「よし、昔話は終わりだ」


俺はポンプを見た。


マナは94%ある。


(これなら、いけるはずだ)俺は心の中で呟いた。


有害な緑色の泥水が、猛烈な勢いで迫ってくる。


それは泡立ち、焼けたオゾンの煙よりも酷く肺を刺す、窒息性のガスを放出していた。


古い排水路が激しく揺れる。


上のどこかで、巨大な直径の隔門ゲートが開いたのだ。何トンもの廃棄マナが、一気に下へと流れ込んできた。


残された時間は、1分もない。


『で、何を企んでいるんだ、天才?』


ゼノの声に、焦燥が混じる。


『水位が上がっている。あと30秒もすれば、俺たちはこの酸の中で溶けてなくなるぞ!』


「エフレム、中央のシャフト(主軸)に掴まれ! 何があっても、絶対に手を離すなよ!」


俺はポンプの巨大なフライホイールを掴んだ。


そして、エネルギーをダイレクトに流し込む。


俺の身体そのものを、ゼノの結晶と直結する生きた伝送ケーブル(コア)へと変えた。


「うおおおおおっ!」


俺はシャフトへ直接、莫大な回転トルクを叩きつけた。


錆びついた鉄が、一瞬で真っ赤に焼け出す。


古いグリスが発火し、俺たちを濃い煙が包み込んだ。


緑色の廃棄物の濁流が、部屋へと激突した。


水位が一気に1メートルも跳ね上がり、俺たちの足を払う。


毒液が皮膚を焼いたが、俺はフライホイールにしがみつき、マナを注入し続けた。


(――逆転リバースだ!)俺は心の中で吼えた。


ポンプのピストンを逆方向へと強制駆動させる。


流れ込んできた緑の濁流を強引に吸引し、上へと続く狭い排水縦穴へと圧縮して押し出した。


轟音が部屋を満たす。


ポンプの鉄が歪み、ギアが負荷に耐えかねて砕け散っていく。


だが、超高圧で圧縮されたマナの流れが上方へと噴出し、天井の重い鉛のプラグを完全に吹き飛ばした。


「跳ぶぞ!」


俺はエフレムを引っ掴み、上空へと向かって荒れ狂う噴流の、その真っただ中へと飛び込んだ。


狭い縦穴の壁が、皮膚を削りながら凄まじい速度で通り過ぎていく。


俺たちは、3つ上の階層にある排水口から勢いよく飛び出し、どこかの技術通路の硬い床へと叩きつけられた。


毒性の噴流はそのまま排水システムの奥へと去り、俺たちだけがその場に取り残された。

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