第3話:不良導体
ゼノの小屋の朝は、耐え難いものだった。
腐りかけた丸太の隙間から灰色の霧が侵入し、俺の顔にまとわりつく。
体中が痛む。
この新しい体のあらゆる関節と、小さな筋繊維に至るまでが叫んでいる――「なぜ目を覚ました?」と。
前世の俺は、生粋のオタクだった。
他の子供たちがサッカーに興じている間、俺は親父のガレージに籠り、図面と古い教科書に埋もれていた。
八歳の時、アルミホイルと空き缶で自作コンデンサを作ろうとして、絨毯に穴を開けたことがある。
親父は怒らなかった。
眼鏡の位置を直し、こう言った。
「息子よ、物理学は魔法じゃない。電荷の流れを理解すれば、状況を支配できる」
「……電荷か。あの時も今も、本質は変わらねえな」
と俺は思った。
「起きろ」
背を向けたまま、ゼノがしゃがれた声で言った。
「昨日は足が速かったから生き残れた。だが、足だけじゃ救われんぞ。今日はお前がマナを制御できるか試す」
俺は吐き気を抑えながら起き上がった。
「マナ」という言葉が神経を逆なでする。
青いゲージのエネルギーと、ラテン語の詠唱が出てくるくだらないゲームを連想させるからだ。
真っ赤な嘘だ。
エネルギーは無から生まれない――それは俺が文字を覚えるよりも前に叩き込まれた鉄則だ。
「目を閉じろ」
ゼノが杖で土間を叩いた。
「外の世界を探すな。内側を見るんだ。そこには光がある。心を温める、黄金の温かい火花だ。その囁きに耳を傾けろ……」
俺は目を閉じた。
だが、「黄金の光」など探す気は毛頭ない。
ましてや、囁きに耳を傾けるつもりなど微塵もなかった。
俺は頭の中でモデルを構築し始めた。
マナ――いいだろう、マナと呼ぼう――が至る所に存在するなら、それは静電気のようなものだ。
それを集めるには、電位差を作ればいい。
神経を銅線に見立て、血液を電解質と仮定する。
必要なのは、入力ポイント(接点)だ。
手のひらに意識を集中させ、ブラウン運動を思い浮かべる。
空間を飛び交う無数の不可視の粒子。
温度とは、単なる分子の運動速度に過ぎない。
暖まりたいか?
なら、分子を加速させればいい。
「何も感じない」
俺は嘘をついた。
指先は既に震え始めていた。
感覚は奇妙だった。
ゼノが語るような「黄金の温かい光」とは程遠い。
鋭く、焼き付くような振動。
まるで、通電中の裸のワイヤーを掴んだような感覚だ。
手のひらの上の空気が、重く、粘り気を帯びてくる。
「急ぐな」
ゼノの声が和らいだ。
「恐怖は魂にとって悪い絶縁体だ。手放せ。火花を解き放つんだ」
絶縁体……。
その言葉に、俺は飛びついた。
ビンゴだ。
マナが電気なら、必要なのは抵抗だ。
歯を食いしばると、俺のスキル『生きる意志』が低い唸りを上げて応えた。
手のひらの中央でマナの粒子を「圧縮」し、拡散を防ぐ。
圧力が高まっていく。
気体の体積を急激に減らせば、温度は必然的に上昇する。
マナが気体のように振る舞うなら、今に爆発する。
「あぁああッ!」
手のひらを貫く激痛に、俺は叫んだ。
目を見開く。
ゼノは杖を取り落としかけながら後ずさった。
俺の掌の上には、「光る球」など存在しなかった。
ただ皮膚の上の空気が歪み、震えているだけだ。
透明な陽炎が、唸りを上げていた。
掌の皮が瞬時に赤らみ、水ぶくれができる。
「光はどこだ!?」
ゼノが明らかに顔を青ざめさせ、息を呑んだ。
「形はどこへ行った!? なぜ……なぜそんな唸りを上げているんだ!?」
俺は荒い息をつき、目に入る汗を拭った。
手は焼けるように痛む。
「お前のやり方は……」
ゼノはゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「正気の人間にできる芸当じゃない。魔法とは、もっと別のやり方でするものだ」
俺は自分の掌を見た。
生々しい皮膚が痛みに脈打っている。
だが、内心では歓喜していた。
「俺の世界ではこう言われていたよ。プロセスを説明できなければ、それを制御しているとは言えない、とな」
俺が拳を握ると、陽炎は消え失せ、あとに鋭いオゾンの臭いだけが残った。
ストーブの上の鍋がことりと音を立て、外では何かの獣が遠吠えを上げた。
老人が俺を見上げた。
「明日だ」
彼は静かに言った。
「明日は二つの火花で試す。だが、次もまたこんな地獄を見せたら……森に放り出すぞ。均衡を見つけろ。さもなくば、お前は生きながらにして焼き尽くされる」
俺は頷いた。
現実がぼやけ始めるのを感じながら。




