第24話:バッテリーの味
胃が、猛烈な痙攣を起こして収縮した。
もうどれくらい、何も食べていない……?
一日か? それとも二日か?
この場所では、魔力だけでなく時間さえも歪んで流れていた。
ゼノは俺の正面、極小の焚き火の向こうに座っていた。
煙が即座に地を這い、霧に溶けるよう工夫された焚き火。
炭火の上、黒焦げの枝で作られた串に、何かが刺さってじわじわと音を立てている。
それは……自分でもそれが何なのか分からなかった。
巨大なムカデのようでもあり、関節の数が異常に多い毛のないネズミのようでもある。
一言で言えば、おぞましい代物だった。
「焼けたぞ」
ゼノは串を外し、湯気の立つ灰色の肉片を俺に差し出した。
「食え。ここらで手に入る、唯一安全な肉だ」
俺はその肉片を受け取った。
オゾンと焦げたゴム、あるいは微かに酸っぱい臭いが鼻を突く。
脳は拒絶反応を示し、今すぐにでも吐き出したかった。
だが胃袋はその正反対で、たとえこんな悍ましいものであっても受け入れる準備ができていた。
一口、噛みちぎる。
肉質は繊維質で、驚くほど硬い。
胃袋がひっくり返りそうになったが、無理やり喉の奥へと押し込んだ。
現時点では、地元の奇妙な生物に毒殺されるよりも、餓死する可能性の方が遥かに現実的だったからだ。
「で、味はどうだ?」
ゼノは片目を細めて、俺の様子を観察していた。
「珍味か?」
「……乾電池を舐めてるみたいだ」
俺は掠れた声で答え、次の肉片を口に放り込んだ。
「けど、食えはする」
ゼノは鼻を鳴らし、自分も食事を始めた。
俺たちは、〈峠〉の無秩序な地鳴りに耳を傾けながら、無言で食べ進めた。
「ところでアイロン、お前はどうかね?」
目線を上げないまま、彼が不意に尋ねてきた。
「落ち着いたか?」
俺は肉を口に含んだまま硬直した。
「どういう意味だ?」
「なら、問題ないということだ」
ゼノは呟いた。
「さて、この先どこへ向かう? いつまでもここに引きこもっているわけにはいかん」
「ああ。俺たちは〈魔術師の集落〉へ向かう。長い旅になる、運が良くても二週間だ。だが、あそこなら身を隠せるし、手を貸してくれる奴が見つかるかもしれない」
俺は焚き火を見つめながら頷いた。
火の粉が舞い上がり、無秩序な魔力の不可視の障壁に衝突して、急激に掻き消えていく光景を目で追う。
「ゼノ……あんた、この場所が奇妙だとは思わないか?」
静かに問いかける。
「峠のことか? この世界全体が奇妙なものさ、小僧」
「違う、構造の話だ」
自然というものは本来無秩序なはずだ。
だが、この峠の混沌は……どこか過剰に整えられている。
領域の境界線があまりにも明確だし、ノイズの周波数が特殊すぎる。
「まるで、単なる偶然の異常現象ではなく……」
俺は言葉を選び、一時的に言い淀んだ。
「……何かを、あるいは誰かを隠すために、誰かが意図的にこの『ノイズ』を調整したかのような」
「深く考えるな、アイロン。今のところ、この場所が俺たちを隠してくれている。必要な情報はそれだけだ。荷物をまとめろ。奴らに包囲される前に、さらに奥へと進ぞ」
〈峠〉の境界線は、リヒターの部隊を不可視の壁で迎えた。
先頭の討伐兵たちがその一線を越えた瞬間、隊列が揺らいだ。
寸分の狂いもなかった歩調が乱れる。
部隊の中央を進んでいた探索魔術師たちが、一斉にこめかみを押さえた。
それまで一定の青い光を放っていた彼らの捕捉用結晶が、不快な、か細い金属音を立てながら、細かな不規則な火花を散らし始める。
「隊列を維持せよ!」
下級将校が叫んだが、その声はどこかこもったように響いた。
リヒターは先頭を歩いていた。
その表情は微動だにしない仮面のようだ。
魔術師の一人がよろめき、後ろの兵士の足元へと直接嘔吐した。
彼の手の中の結晶がパキリと大きな音を立ててひび割れ、微細な塵となって崩れ落ちる。
「リヒター卿……」
魔術師は土気色の顔で激しく息を切らせた。
「探索網が……引き裂かれています。大まかな魔力の痕跡すら感知できません。この場所は……」
リヒターが足を止めた。
彼はゆっくりと魔術師の方へ首を巡らせた。
「お前たちは教団が誇る最高の異端審問官のはずだ」
兵士たちの背筋に戦慄を走らせる、静かで、ねっとりとした声で彼は言った。
「それが『ノイズ』ごときに音を上げるのか? 魔導器が役に立たないなら、本能を使え. 目が眩むなら、足で探せ。標的が物質的に消滅したわけではあるまい」
彼は、風の流れに逆らって霧が渦巻く、歪んだ森の奥を見つめた。
「散開して捜索隊形を組め」
彼は命令を下した。
「間隔は五歩。あらゆる茂みを虱潰しに調べろ。痕跡を見失った者は、死ね」
討伐兵たちはゆっくりと峠の深部へと侵入し始め、彼らの灰色のマントは霧へと溶け込んでいった。
槍を構え、剣を抜き、慎重に前進する。
リヒターは最後尾を歩き、その手は剣の柄に添えられていた。
彼は待っていた。
敵が過ちを犯す瞬間を。
たとえ峠が音を歪ませていようとも。
恐怖と、背景で稼働する『生きる意志』によって研ぎ澄まされた俺の聴覚は、異質な何かを捉えていた。
カツリ。
俺は硬直した。
心臓が一拍、跳ね上がる。
ゼノの反応は、コンマ数秒早かった。
俺が息を吸い込むよりも早く、あの悍ましい肉の臭いが染みついた彼の掌が、俺の口を塞いだ。
もう片方の手が鉄の万力のような力で俺の肩を掴み、粘りつく苔に覆われた二つの巨大な岩の狭い隙間へと、文字通り俺の身体を押し込んだ。
「音を立てるな」
彼の声が、俺の耳元で直接囁かれた。
霧の向こう、わずか十歩ほどの距離から二つの人影が浮き上がってきた。
討伐兵たちの動きは緩慢だった。
一人は短い槍を構え、もう一人は剣の柄を握り締めている。
彼らの甲冑は光の反射を防ぐために艶消し処理が施されていたが、皮肉にもその不自然な闇が彼らの存在を際立たせていた。
兵士の一人が、俺たちの潜む隠れ家の真ん前で足を止めた。
彼はゆっくりと鼻を鳴らし、空気を吸い込んだ。
「おい、気づくか?」
彼は相棒に声を潜めて言った。
「焦げ臭い。それと、何かを焼いたような嫌な臭いがする」
「ここにあるものは全部クソみたいな臭いだろ」
もう一人が悪態をついた。
「行くぞ、隊列から遅れたらリヒターに皮を剥がされる」
ゼノが俺の肩を掴んでいた力を抜いた。
彼は音もなく外へと滑り出し、一瞬にして彼らの背後へと回り込む。
すべては、完全な静寂の中で遂行された。
ゼノは杖を棍棒のように持ち替えた。
左手で最初の一人の頭部を抱え込み、強引に後ろへと引き絞る。
乾いた、短い破砕音が響いた。
同時に、彼は杖の先端を大振りな一撃で二人目の後頭部へと叩き込んだ。
兵士は悲鳴を上げる暇さえなく、その肉体から完全に力が抜けた。
ゼノは甲冑が岩に激突して音を立てる前に、二人の脇の下をすくい上げて支え、その死体を俺たちのすぐ側にある深い茂みへと引きずり込んだ。
岩の隙間から這い出た俺は、膝が笑っているのを感じていた。
岩肌には、わずか数滴の黒い血痕が残されているだけだった。
「片付いた」
茂みから這い出てきながら、ゼノが囁いた。
彼は死んだ兵士の一人のマントで手のひらを拭った。
「運が良かった。ただの巡回兵だ、魔術師だったら俺の踏み込みを感知されていただろう」
彼は俺を見、それから茂みの中の死体に目を落として、忌々しげに鼻を鳴らした。
「ええい……俺があと四十歳若く、お前の肩幅がせめてもう二回りほど広ければな……奴らの装備を剥ぎ取って成り済ませたものを。この峠の混乱の中なら、誰も入れ替わりに気づきはしなかっただろうよ」
彼は手早く死体を検分し、支給品が入った革袋と、彼らの識別票を回収した。
「識別票なんて何にするんだ?」
茂みの方を見ないようにしながら、俺は尋ねた。
「記念品さ」
彼はそれらをポケットに押し込みながら、ぶっきらぼうに言い放った。
「それに、誰が仕留めたのかを即座に特定させないためでもある。行くぞ。この二人が十分以内に戻らなければ、リヒターは包囲網を絞ってくる。奴らが本格的な虱潰しの捜索を始める前に、さらにノイズの深い領域へと逃げ込む必要がある」




