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第221話:礎

アイロンの森の空き地から遠く離れた場所には、全く異なる景色が広がっていた。


エメラルドグリーンの草原に色とりどりの花が咲き乱れ、そよ風が柔らかく揺らしている。


地平線には険しい山々がそびえ立っていた。


小道をゆっくりと歩く若い男。


白いパンツにゆったりとしたTシャツを着て、両手はポケットに突っ込んでいる。


目の前には、巨大な三階建ての邸宅がそびえていた。


自然の静寂が、そこから響いてくる轟音や割れたガラスの音、怒号によって無残に打ち砕かれている。


男は顔をしかめ、ポーチを上って玄関のドアを蹴り開けた。


中では誰かが呪文を投げつけ合い、誰かが拳で殴り合っている。


「カイ、ニヴェアに構うのはやめろ」


男は騒音をかき消すように、静かに告げた。


カイが勢いよく振り返り、憤然と両手を振り回す。


「まだ彼女の魔法をコピーし終わってないんだ! 時間が必要なんだよ!」


言い終わるか終わらないかのうちに、彼の背後に音もなく、長い白髪と冷ややかな黄金の瞳を持つ長身の青年が顕現した。


「アヴェルの言葉が聞こえなかったか?」


青年が言う。


「それよりセラフィナを手伝ってやれ」


カイは肩をすくめ、追い払おうとする。


「あいつは皿洗い中だぞ! 俺が本当に……」


カチッ。


空間が一瞬歪む。


次の瞬間、カイはキッチンでセラフィナの隣に立っていた。


手には汚れた皿が握られ、スポンジをいじり回している。


男は静かに部屋の隅にある空いたテーブルへ向かい、椅子に腰を下ろした。


アヴェルもそれに続き、向かい側に座る。


テーブルに肘をつき、男はアヴェルを見つめた。


「で、どうだ? 適任者は見つかったか?」


アヴェルは唇の端をわずかに持ち上げ、小さく頷いた。


「ああ。名はアイロン・エバーフォール……」


居心地の良い山の住まいの光景は一瞬で霧散し、騒がしくも陽光あふれる空き地へと取って代わった。


アイロンは陣地の中心で両手を腰に当て、目の前にそびえる、木の枝や幹が絡まり合った壁を深い懐疑の眼差しで見つめていた。


「エリリア」


アイロンは空中に漂う精霊の方へゆっくりと振り返る。


「お前の好きなようにしろとは言ったが……なぜわざわざ塀を作った?」


エリリアはバツが悪そうに拳を握りしめ、空中で足踏みをする。


「えっと……あの……」


「本気で、俺たちの未来の国家がこの空き地サイズで収まると思ってるのか!?」


アイロンは厳格な視線で、その木製の「柵」を見回した。


その時、切り倒された木々の向こうからエリザが歩み寄ってきた。


彼女は額の汗を拭うと、不機嫌なアイロンに軽く笑みを向け、彼と萎縮した精霊の間に割って入った。


「もうやめてあげて」


エリザは穏やかに言うと、エリリアに向き直った。


「彼女だって、もう分かったでしょ? ね?」


精霊はエリザの肩越しに隠れながら、何度も激しく頷いた。


アイロンは少しの間を置き、深く溜め息をついて首を振った。


「……分かった。全部片付けろ」


「はーい!」


エリリアが明らかに安堵の息を漏らす。


彼女はすぐさま塀の方へ飛び、その木材にそっと手のひらを触れた。


瞬間、密に絡み合っていた枝が柔らかく解け、緑色のエネルギーへと変わり、音もなく大地へと溶けて消えていった。


アイロンは綺麗さっぱりとした空き地を見渡し、ふんと鼻を鳴らしてから手招きした。


「こっちに来い」


(……何よもう)


内心で不満を漏らしつつも、エリリアは従順に近づいた。


「何か?」


アイロンは懐から一枚の厚手の紙を取り出し、彼女の前で広げた。


そこには緻密で詳細な設計図が描かれていた。


寸分の狂いもないプロポーション、床板、窓、そして構造体が書き込まれている。


エリリアはその図面を食い入るように見つめ、驚きに目を見開いた。


「もう出来てるの!? 今朝、紙と炭を渡したばっかりよ!」


「ああ、見ろ。これが俺たちの将来の家だ。お前は自然の、あるいは森の精霊だろ。家くらい作れるはずだ」


「うーん……まあ、多分」


図面の複雑な図式を眺めながら、エリリアは自信なげに呟いた。


「いいか、やることは単純だ。出来るか?」


「やってみる!」


彼女は決然と吐き捨てた。


エリリアは空中で目を閉じ、魔力を集中させる。


空き地の地面が地鳴りを立て、太い根と完成済みの木の板が大地から這い出してきた。


精霊はそれらを魔力で浮かせ、アイロンの設計図通りに一つの構造体へと組み上げようとする。


幹が定位置へ収まろうとするが、板が一枚でも傾けば、全体のバランスは一気に崩れる。


激しい破裂音が響き、未完成の骨組みは轟音と共に地面へと崩れ去った。


「……やり直しだ」


アイロンは冷静に言い放った。


エリリアは歯を食いしばる。


二度目の試み:根が再び這い上がり、板が交差しようとするが、自重に耐えきれずまたしても歪み、粉々に崩壊した。


三度目、四度目……。


何度繰り返しても、まともで安定した家を組み立てることは出来なかった。


空き地から離れた深い針葉樹林の中では、全く異なる作業が繰り広げられていた。


クレルクと部下たちは、汗を流しながら、削れる音を立てて松の幹に斧を振り下ろしている。


腕は痺れ、額から滴る汗が目に入り、激しい肉体労働で筋肉が悲鳴を上げている。


だが、彼らを最も打ちのめしているのは疲労ではなかった。


彼らの横を、ノアが通り過ぎていく。


その肩には巨大な丸太が三本も担がれていた。


クレルクたちが四人がかりでようやく動かせるかどうかという代物だ。


ノアは、まるで小枝の束でも運んでいるかのように涼しい顔で歩いていく。


クレルクは足を止め、袖で額を拭う。


荒い息を吐きながら、ノアの後ろ姿を追いかけた。


(俺たちは一体、どこに来ちまったんだ……?)


自分たちの無力さを突きつけられたことで、クレルクの心に火がついた。


彼は斧を強く握り締め、吐き捨てるように部下たちに吠える。


「ぼさっとすんな! 働け!」


クレルクは鬼気迫る形相で刃を木材に突き立て、ノアのペースに少しでも近づこうと必死にもがいた。


その頃、ノアは次の資材を運びながら、森の中を淡々と進んでいた。


不意に、彼の耳が微かに動く。


右手の百五十メートルほど先で、枯れ葉が擦れる微かな音と、枝が折れる短い音がした。


ノアは一瞬で肩の荷を下ろし、近くの剣を掴むと、音もなく消えた。


あまりの加速に、彼が立っていた場所の空間が気圧差で小さく弾ける。


次の瞬間、ノアは騒音の発生源の上空に舞い上がっていた。


茂みの中には、黒い肌と巨大な角を持つ異形の怪物が潜んでいる。


頭上に迫るノアに気づく間もなく。


空中で刀身を握り変え、ノアは正確無比な一撃で獣の首元を貫いた。


グフッ……。


巨大な角の怪物は短い喘ぎを漏らし、鼻先から地面へ倒れ込み、即座に息絶えた。


ノアは流れるように着地し、剣を引き抜いて周囲を警戒する。


同時に隣の茂みから、ガサリと音がした。第二の怪物が奇襲を仕掛けようとしている。


「数が多すぎるな」


ノアは思考する間もなく踏み込んだ。


二体目の怪物は、頭部を真っ二つに割られて絶命した。何が起きたのかを理解する暇もなかったはずだ。


ノアは刀身の黒い血を振り払い、剣を収め、その巨体を一瞥して立ち止まった。


(……まあいい。ただの訓練と同じだ)


彼は心の中で静かに呟く。


一方、空き地では。


次なる枝の束が、轟音を立てて草の上に散乱した。


「どうしてうまくいかないのよ!!」


エリリアが空中で地団駄を踏む。


アイロンは彼女の苦闘を無言で観察した後、心の中でリュモンを呼び出した。


(分析しろ。なぜ失敗する?)


[被験体「エリリア」は、大地から生の根や枝を引っ張り出し、周囲の環境を利用しようとしています。図面通りに複雑なオブジェクトを構築するには、既製品の資材を引っ張るのではなく、自らの意識内で家の全構造と接合部を完璧に再現し、物質そのものを生成する必要があります]


「なるほどな」


アイロンは声に出すと、精霊の方へ向き直った。


「聞け、エリリア。お前は力任せに根を引っ張ろうとしている。家を作るなら、ゼロからお前自身が構築しなければならない。まずは頭の中で、全ての細部をはっきりとイメージしろ」


「わ……分かったわ」


エリリアは歯を食いしばり、呼吸を整える。


彼女は空中に留まり、全神経を研ぎ澄ませた。


その緊張感たるや、周囲に輝く魔力の渦が巻き起こるほどだ。


やがて空中に、緻密な光の球体が形成され始める。


球体は膨らみ、伸び、家屋のビジュアルを構築していく……。


しかし、数秒もしないうちに、魔力は火花を散らして霧散した。


エリリアは荒い息を吐き、翼を維持するだけで精一杯の様子で、額の汗を拭った。


「やっぱり、うまくいかない……!」


「疲労が溜まっているからだ」


アイロンは冷静に彼女を止めた。


「休め。それからまた挑戦しろ。……ほら、図面だ」


アイロンは紙を差し出した。


エリリアはそれを受け取ると、何かをぶつぶつと文句を言いながら、日陰の方へ飛び去って休息に入った。


一人残されたアイロンは、ノアや他の連中が積み上げた枝と丸太の山に視線を移した。


(まあいい。家は後回しだ。まずはまともなベッドを作るか)


そう決断する。


アイロンは木材の山へ近づき、手をかざした。


枝や幹を取り巻く空気の分子を、猛烈な速度で振動させる。


微視的だが、凄まじい摩擦力が発生する。


コンマ数秒の間で、全ての樹皮や節、凸凹が完璧な乾燥粉塵となって草むらに落ち、完璧に滑らかな木材が姿を現した。


印加された圧力ベクトルに従い、枝たちが勝手に空中で整列する。


サイズに合わせて裁断され、水平が保たれる――長方形の枠が地面に降り立ち、四つの太い木片が脚として角に収まり、細い板が内部に均等な格子を形成した。


釘や金具を一切使わぬよう、アイロンはフレームと脚の接合部に、一瞬だけ百気圧の局所重力を発生させた。


接合部の木材は、極限まで凝縮された圧力により文字通り押し込まれ、繊維同士が永久的に噛み合わさった。


「よし……」


アイロンは完璧で滑らかな木肌を撫でた。


「枠組みはいい。だが、マットレスがないな」


「羊でも見つけるか」


その思考を最後に、アイロンは地面を離れ、家畜を探すために空へと舞い上がった。


彼が上空で解決策を模索している間も、地上では作業が続いていた。


エリザは木材の加工を手伝っていた。


彼女は軽やかに斧を振るい、悪党たちに正しい打撃の角度や、身体の慣性の活かし方を教えている。


クレルクとその部下たちは互いに顔を見合わせ、自然と尊敬の念を抱きながら彼女のやり方を模倣し始めた。


仕事のペースが劇的に上がった。


しばらくして、エリザとクレルクが資材の追加分を運んできた。


エリザは眩しい太陽に少し目を細めながら、穏やかな声で尋ねる。


「……聞いてもいいかしら。どうしてあなたたちは……そんな格好なの? それに、彼らとはどういう関係なの?」


彼女はアイロン、ノア、エリリアを指して言った。


「聞かれたくないなら、答えなくていいわ」


クレルクは一瞬躊躇し、肩に担いだ木材を強く握り締めたが、やがて息を吐き出した。


「俺たちはナラ村の出身だ……だが残念なことに、その村はもう存在しない」


数歩進む。


エリザは黙って、真剣な眼差しで彼の話に耳を傾ける。


「一人の魔術師が襲ってきたんだ」


クレルクが続ける。


「いや……むしろ、ただ自分の力を誇示したかっただけなんだろうな。それで……」


「……それで、村を滅ぼしたの?」


エリザが静かに割って入り、すぐに「ごめんなさい、遮るつもりじゃなかったの。続けて」と気まずそうにした。


「いや、構わない」


クレルクは悲しげに首を振る。


「君の言う通りだ。彼の魔法のせいで、俺たちの村は燃やし尽くされた。俺の家族もろとも……」


彼の眼差しは深く、絶望に沈んでいた。


「俺を含めたあの十人は、同じ境遇だ。怒りに任せて復讐を誓い、出会う魔術師を片っ端から殺してやろうと決めたんだ。だが……」


クレルクの顔が、痛みと深い後悔で歪む。


彼らはちょうど陣地の中心までたどり着き、鈍い音を立てて木材を投げ捨てた。


クレルクは自分の手のひらを見つめ、握ったり開いたりしている。まるで、ついた汚れを洗い流そうとしているかのように。


「やりすぎたんだ……俺たちは、何のために始めたのかさえ忘れていた。そんな時に、彼らと出会ったんだ」


「アイロンが、俺たちがどれほど恐ろしい道を歩んでいたのかを気づかせてくれた」


エリザは無言で聞き終えた。


彼女は両手を腰に当て、柔らかく言葉をかけた。


「……それは、とても悲しいことね。ねえ、もし助けが必要なら、いつでも言って。出来ることなら何でも協力するから」


クレルクは彼女を見つめ、微かに微笑んだ。


目尻から小さな一粒の涙が零れる。


それに気づくと、彼は恥ずかしそうに顔を背け、足早に森の方へ戻っていった。


「えっと……木を運んでくるよ」


「ええ」


エリザは彼を見送った。


振り返ると、目の前に木のベッドが出来上がっている。


「嘘でしょう……もう出来てるの?」


彼女は驚きを口にした。


近くで重い呼吸を繰り返しながら体力を回復させていたエリリアに、エリザは声をかける。


「エリリア、これあなたが作ったの?」


精霊は疲れた眼差しでフレームを見つめ、首を横に振った。


「いいえ……多分、アイロンが作ったんだわ」


エリザはもう一度木肌を撫でて、心の中で静かに呟いた。


(アイロン……やっぱり、そうなのね)


その頃、アイロンの視線は地上へと注がれていた。


網膜上でグリッドが明滅している。


森の右側で、地元のモンスターを示す赤い点が、驚くべき速度で点滅しては消えていく。


彼はグリッドの半径を狭め、リュモンにピンポイントの分析を命じた。


(リュモン、森全体をスキャンしろ。本当に羊や馬、ガチョウやアヒルがいないのか?)


[このセクターには家畜および家禽は存在しません。ロケーションは敵対的生物で過飽和状態です]


一つのマーカーが彼の注意を引いた。


茂みの奥で、奇妙な生き物が蠢いている。


毛むくじゃらで完全に丸く、頭部が見当たらないが、短い尻尾がある。


厚い毛皮のせいで、足がほとんど見えない。


(まあ……代用としては悪くないな)


アイロンはそう判断した。


指を軽く曲げ、目の前の空間を折り畳む。


一瞬にして、その丸いモンスターの目の前に転送された。


アイロンは右手を突き出し、引き寄せるように強く引く。


コンマ数秒の間に、モンスターの毛皮が綺麗にアイロンの手の中へと移動した。


毛の下には、細く長い足と小さな前肢を持つ、痩せこけた体躯が隠れていた。


アイロンは右手に毛皮を持ったまま、左手で軽くモンスターを斬り伏せる。


一瞬の動作だった。


アイロンは再び消え、陣地の中心へと戻った。


「パフ」という音と共に、山のような毛皮が作りたてのベッドのそばに投げ出される。


「毛は手に入れた。次はバネを探さなきゃな……」


彼は独りごちて、再びインターフェースを起動する。


アイロンは目を細め、ターゲットを見定めた。


「で、バネの代わりだが……」


アイロンは再び空間を圧縮し、一秒で森の反対側へと移動した。


彼はモンスターを一瞥し、言葉を終えた。


「……お前でいいだろう」

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