第210話:鋼の守護者
五人の騎士が同時に剣を掲げ、ゴーレムへと突進した。
ゴーレムが短く腕を振るう。
乾いた破砕音と共に盾はへし折られ、兵士たちは数メートル後方へと吹き飛ばされた。
通りの奥で、魔術師の集団が次なる呪文の詠唱に入っているのを検知。
ゴーレムは身を屈め、地中深くに指を突き立てると、巨大な土塊を抉り出した。
そして次の瞬間。
その質量兵器を、敵の最後列へと力任せにぶん投げた。
轟音と共に重い土塊が魔術師たちの陣地を直撃し、隊列を完全に粉砕する。
二人の騎士が、関節の弱点を狙ってゴーレムの背後へと回り込む。
その一人が、大腿部の関節隙間を目掛けて全力で剣を振り下ろした。
だが——剣は粉々に砕け散り、特殊コーティングされた装甲表面には傷一つ付かなかった。
遠方から放たれる魔法の狙撃も、ゴーレムは意に介さない。
炎の爆発も氷の矢も、分厚い金属装甲の上で無力に掻き消えていく。
「額だ!」
盾で身を庇いながら、歩兵の一人が必死の形相で叫んだ。
「あそこにコアがある! あの水晶を狙え!」
俊敏な剣士の一人が武器を握り直し、前方へと跳び出した。
ゴーレムの低い薙ぎ払いを軽やかに躱し、跳躍する。
確殺の一撃を放つべく刃を振りかぶった、その時だった。
ゴーレムの掌が短く動き、あっけなくその兵士を横方向へと弾き飛ばした。
その隙に、後方の魔術師たちが力を結集させていた。
頭上に瞬時に暗雲が立ち込め、ゴーレムの頭部へ向けて極太の雷撃が直撃する。
激しい閃光が、一瞬だけ周囲の者の視界を奪う。
だが、光が収まった後も、ゴーレムは微動だにせずそこに立っていた。
奴は身を屈めると、近くに転がっていた黒焦げの倒木を掴み上げ、それを振り回して突撃してくる騎士たちを次々と薙ぎ倒していった。
敵は戦術を変えた。
一人の魔術師が加速の呪文を叫び、突風で一人の騎士の身体を包み込む。
その兵士は、振り回される倒木の上空へと高く打ち上げられた。
空中から、騎士は両手で剣に体重を乗せ——
勢いそのままに、ゴーレムの額で輝く水晶へと刃を深々と突き立てた。
機構の内部で何かが鈍く鳴る。
両腕をだらりと下げたまま、ゴーレムは完全に沈黙した。
騎士たちは大きく息を吐き出した。
額に張り付いた兵士は、フレームに足をかけて刺さった剣を引き抜こうと苦戦している。
他の者たちはすでに身を翻し、防衛陣地への強襲を再開しようとしていた。
だが、次の瞬間だった。
ゴーレムは電光石火の速度で両腕を上げると、額の兵士を掴み——
その身体を、真っ二つに引き裂いた。
間髪入れず、その死体の残骸を近くにいた魔術師の集団へと投げつける。
兵士たちは悲鳴を上げ、恐怖に顔を引き攣らせて後ずさった。
「一体どうなってやがる!?」
陣形の後方で、魔術師の一人が絶叫した。
その惨状を目の当たりにした指揮官の一人は、痙攣するように拳を握りしめた。
通常の武器や標準的な魔法では、あの化け物には通用しない。
そう悟った彼は踵を返し、装甲を施された補給馬車へと駆け出した。
乱暴に閂を壊し、木箱の中から『C14(高性能爆薬)』を引きずり出す。
一秒の猶予も惜しみ、即座に起爆回路を起動させた。
「下がれ! 全員下がれ!!」
馬車から飛び出しながら、彼は声を枯らして叫んだ。
だが振り返ると、彼が率いる魔術師の半数は、すでに泥の中に沈んでいた。
無力感と怒りに歯を食いしばる。
彼は顔を歪ませながら大きく腕を振りかぶり、迫り来るゴーレムの足元へ向けて、全力でC14を投げつけた。
「シールド! セクターを塞げ!!」
土塁の裏へと飛び込みながら、指揮官は吠えた。
生き残った魔術師たちが大慌てで多重結界を構築し、騎士たちは大盾の裏で地面に伏せる。
一秒後。
凄まじい大爆発が大地を揺るがした。
空気が瞬時に焼け焦げ、周囲の樹木が灰と化す。
爆圧を受けた魔法障壁はひび割れ、次々と砕け散ったが、なんとか主砲級の衝撃を相殺した。
生き残った兵士たちは吹き飛ばされ、鼓膜を破られ、土埃にまみれたが——致命傷を負った者は一人もいなかった。
脳が揺れるような耳鳴りの中、指揮官は這い上がる。
肺を焼く灰色の煙に、激しく咳き込んだ。
兵士たちは固唾を飲んで爆心地を見つめる。
あの化け物が、細かい破片の山に変わっていることを祈りながら。
だが。
濃密な粉塵と煤の向こうから、重く、規則正しい足音が再び響き始めた。
焼け焦げ、無数の深い亀裂が走ったゴーレムが、煙の中からぬっと姿を現す。
装甲の大部分がごっそりと欠落していたが、それでも奴は歩みを止めなかった。
指揮官が咄嗟に横へ転がった直後。
彼がたった今伏せていた地面に、ゴーレムの巨大な拳が轟音と共に叩きつけられた。
生き残った魔術師たちが本能的に魔力を束ね、高密度の圧縮空気波を放つ。
それでようやく、奴の巨体を数メートル後退させるのが限界だった。
「クソが……ッ」
震える足で立ち上がりながら、指揮官が呻く。
彼は懐から通信のアーティファクトを引き抜いた。
「エドリアク様! 正体不明の化け物に襲撃されています! 何も通用しません! C14の爆発すら止められなかった!!」
その時、ゴーレムが再び加速した。
指揮官は慌てて飛び退き、走りながら土くれの棘を出現させ、どうにか足止めを試みる。
ノイズの混じるアーティファクトのスピーカーから、エドリアクのしゃがれた声が響いた。
『今すぐ抑圧装置を起動する! 数秒間はゴーレムの機能が停止するはずだ! その間にどうにかしろ!』
「だから、殺し方が分からねえんだよ!!」
怒りと恐怖で半狂乱になりながら、指揮官は絶叫した。
「どうやったら破壊できるってんだ!?」
だが、通信はすでに切れていた。
「クソッ……分かったよ!」
指揮官は荒く息を吐き、そして怒号を上げた。
「全軍、攻撃!! 持てるすべてを叩き込め!!」
生き残った魔術師たちが、決死の覚悟で命令に従う。
一人が高水圧の激流を放ち、関節をロックさせようと試みる。
もう一人が灼熱の炎で焼き尽くそうとする。
だが、すべては無駄だった。
ゴーレムはただ機械的に足を前に出し、距離を詰めてくる。
しかし数秒後。
ゴーレムの動きが、唐突に停止した。
その隙を突いて。
一人の魔術師が一歩前へ進み出た。
彼は荒い息を吐きながら右手を上げ、親指と人差し指で輪を作ると、それを右目に当てた。
まるで、即席のモノクルを通して狙いを定めるかのように。
彼の視線は、ゴーレムの右脇腹にピタリと固定された。
瞬間、魔術師の右目、右耳、そして口の端からドクドクと血が溢れ出した。
全身の筋肉が異常なほどに張り詰める中、彼は目の前の「輪」を勢いよく潰すように指を握り込んだ。
その刹那。
ゴーレムの装甲の指定箇所に、完全なる『虚無』の空間が発生した。
それはほんの一瞬だけ留まり、すぐに消失。
後には、不自然なほど滑らかで真ん丸な貫通穴だけが残された。
同時に、術者である魔術師は糸が切れたように地面へ崩れ落ちる。
支持部である大腿部の一部を消失し、ゴーレムは大きくバランスを崩して横に倒れかけた。
だが、奴は残った片足で地面を強く蹴り上げ、一跳びで敵陣へと肉薄した。
凄まじい一撃が、足止めを試みた数人の騎士を無惨に押し潰す。
一秒の遅れもなく。
指揮官は、クレーターのそばに放置されていた重機関砲へと飛びついた。
魔術師が空けた大穴に銃口をねじ込み、引き金を限界まで引き絞る。
砲弾がゴーレムの体内へと吸い込まれ——
内部の中央コアを完全に粉砕した。
ゴーレムは即座に機能を停止し、地鳴りと共に倒れ伏した。
「下がれ! 全員下がれ!!」
沈黙していく機械から飛び退きながら、指揮官は再び絶叫した。
数秒後。
ゴーレムの残骸内部で動力炉の暴走が起こり、大爆発を巻き起こした。
飛び散る無数の破片と衝撃波が、退避が遅れた兵士たちを容赦なく吹き飛ばしていく。
同じ頃。
反対側の側面では、リュモンが音もなく空を滑り、迫り来る兵士たちを次々と剣で両断していた。
兵士たちは、空気が切り裂かれる音を聞くより早く、物言わぬ死体となって地面に転がっていく。
その光景を内面から観察していたアイロンは、遠方で瞬いた閃光と、最後の爆発音を知覚した。
『よくやった、ゴーレム……』
アイロンは心の中で労いの言葉をかけ、自身のステータスへと意識を向けた。
『リュモン。あと何回、安全なテレポートが可能だ?』
『安全な空間転移の残弾は、あと5回です。それ以上のテレポートは血管組織の致命的な断裂を招き、即死に至る危険性があります』
「了解した」
アイロンは短く返した。
一方、ドーンヘイムの周辺では凄惨な激戦が続いていた。
マレク、ダーウィン、ガストンをはじめとする防衛隊は、絶え間ない銃撃を続けている。
自動タレット群は砲身が赤熱化するほど酷使されていたが、それでも押し寄せる敵の波を刈り取り続けていた。
そこへ、エリリアが防衛陣地へと姿を現す。
彼女はそのまま敵の側面へと強襲をかけ、防衛隊に僅かな休息の時間を与えた。
アイロンは、戦術ディスプレイに表示された味方のマーカーに素早く目を通した。
リストの中に、一つの重要なシグナルが欠けている。
「リュモン、ノアはどこだ?」
『広域マップを展開します』
アイロンの網膜に、光点が浮かび上がる3Dの森のホログラムが展開された。
数キロ離れた場所で、ひとつのマーカーがぽつんと点滅している。
「ノアの場所へ、直ちにテレポートしろ」
アイロンが命令を下す。
『承認』
リュモンが応じ、アイロンの周囲の空間が再び圧縮された。
その頃。
オルゲルドは通信のアーティファクトを握りしめ、怒鳴り散らしていた。
「ロジャー! さっさと応答しろ!! アイロンに対する抑圧をいつ使えばいいのか、まだ報告が来てねえぞ!! 聞こえてんのか!?」
スピーカーからの応答は、パチパチというノイズ音だけだった。
「クソッ……死んだのか?」
オルゲルドは血走った目を剥き出しにしながら、歯軋りをした。
彼は別の部隊のチャンネルへと切り替える。
「アイロンはどこだ!? 誰か奴の動きを追えている奴はいねえのか!!」
アーティファクトからは、各セクターの指揮官たちのパニックに陥った声が次々と響き始めた。
『オルゲルド様! 目視できません!』
『転移の出現地点を特定しきれません!』
「どいつもこいつも無能が……ッ」
オルゲルドは唸り声を上げ、次から次へとチャンネルを切り替える。
「一体何のためにてめえらを生かしてると思ってんだ!!」
ようやく、別の側面の指揮官が通信に応答した。
「アイロンを見たか!?」
オルゲルドが食ってかかる。
『は、はい! つい先程、我々の陣列の目の前に姿を現しました!』
指揮官が息を切らしながら報告する。
『しかし、また消えました! 現在はどこにも姿が見当たりません!』
「ふざけんな!!」
オルゲルドは獣のように咆哮した。
激しい怒りに任せ、テーブルに力任せに拳を叩きつける。
通信の向こう側の指揮官は息を呑み、自らの主が荒い息を吐く音を、ただ黙って聞き続けていた。
ひとしきり暴れた後、オルゲルドはようやく冷静さを取り戻し、乾いた声で告げた。
「……奴を見つけたら、すぐに私へ連絡しろ。分かったな?」
『はっ』
指揮官が短く応え、通信が途絶えた。
深い森の只中で、バリバリという破裂音と共に空間が引き裂かれた。
なぎ倒された木々の開けた場所で、乾いた血にまみれたノアが立っていた。
彼の手には、すでに剣は無い。
喉の奥からヒューヒューと痛々しい音を立てながら、取り囲む五人の騎士の攻撃を素手で凌ぎ、辛うじて立っている状態だった。
アイロンが命令を下そうとしたその瞬間、リュモンは既に状況の解析を完了していた。
エンジニアの身体が電光石火の速さで反転し、周囲に円形の『見えない空間断裂の刃』を形成する。
空気を揺らす微かな歪みのパルスが走った直後。
五人の騎士の肉体が、一斉にバラバラに崩れ落ちた。
リュモンはノアの肩を掴み、即座に空間転移を起動する。
周囲の現実が収縮し、次の瞬間には、二人はドーンヘイムの中央に立っていた。
リュモンがノアを地面に下ろす。
少年はふらつく足でなんとかバランスを保ちながら、荒い息を吐き出した。
「どうして……俺一人でも、あいつらぐらい殺せたのに」
リュモンはゆっくりと彼の方へ首を向け、その喉から乾いた無機質な声を発した。
「今後12秒以内における、貴方の死亡確率は99.8%でした。貴方の現在の物理的リソースは完全に枯渇しています」
その冷酷なトーンに、ノアは背筋が寒くなるのを感じた。
生唾を飲み込み、たどたどしい足取りで一歩後ずさる。
「……わ、分かったよ……」
リュモンは無言のまま、ノアに向かって一振りの剣を差し出した。
「必要になるでしょう」
一秒も無駄にすることなく、彼は瞬時に空宙へと舞い上がり、最前線の防衛ラインへと超高速で飛んでいった。
ノアは渡された剣の柄を固く握りしめ、村の方向へと振り返った。
周囲では家屋が激しく炎上し、黒煙の柱が空を覆い尽くしている。
あちこちから人々の悲鳴と、銃弾の炸裂音が響き渡っていた。
ほんの一瞬、ノアの視界が歪んだ。
彼の脳裏に、一つの記憶がフラッシュバックする。
すべてを飲み込む同じような猛火、崩れ落ちる燃え盛る屋根、そして張り裂けるような自らの絶叫。
『ばあちゃあぁぁん……っ!!』
ノアは激しく首を横に振り、自らの頬を平手で思い切り張った。
鋭い痛みと共に、意識が現実へと引き戻される。
深く息を吸い込み、剣をしっかりと構え直す。
そして彼は無言のまま、再び死地へと駆け出していった。




