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第208話:殲滅命令

ダーウィンは荒い息を吐きながら、走りざまに拳銃をリロードし、黒焦げになった木の幹の陰に身を隠した。


空気には、鼻をつく強い焦げ臭さが立ち込めている。


周囲では、敵の部隊が四方八方から迫り、じわじわと包囲網を狭めていた。


彼は咄嗟に正確な射撃を二発放った。


二人の騎士が崩れ落ちるが、その穴を埋めるように、即座に五人の兵士が前へ出る。


ダーウィンに気づいた森の奥のヴァルデス軍の魔術師たちが、一斉に魔力マナを練り始めた。


彼らの周囲の空気が震え、頭上に爆発性の魔法球が形成されていく。


「待て! 魔法は使うな! 生け捕りにしろ!」


部隊の指揮官が鋭く叫んだ。


魔術師たちは呪文を中断し、代わりに騎士たちがダーウィンに向かって一直線に突進する。


彼は走り続け、時折振り返っては肩越しにブラインド・ショットを放った。


弾丸は鎧の隙間を正確に射抜き、追跡者たちを次々と死の淵へ引きずり込んでいく。


その時、彼の首元の端末が振動し、スピーカーからガストンの切羽詰まった声が響いた。


『ダーウィン! 無事か!?』


「無事だって!?」


倒木を飛び越え、最も近い騎士に弾丸を撃ち込みながら、ダーウィンは走りながら絶叫した。


「冗談言ってる場合かよ、ガストン!?」


『村へ向かえ! こっちの全砲門を開いて一斉射撃で援護する!』


「もうやってるよ!」


ダーウィンは怒鳴り返した。


スピーカーから乾いたノイズが鳴り、通信が唐突に途絶える。


ダーウィンは歯を食いしばり、さらに速度を上げた。


同時刻。


マレクは木の幹に背中を押し付け、荒い息を整えていた。


手首には拳銃の反動による鈍い痛みが走り、指先は黒鉛の粉と煤で真っ黒に汚れている。


左手わずか十メートルの茂みが、バキバキと踏み折られていく。敵が密集した陣形で接近してきている証拠だった。


マレクは慎重に拳銃からマガジンを抜き取り、残弾を確認してからカチャリと元に戻した。


反対側から、金属の鳴る音が聞こえる。


木々の間から、三人の騎士が姿を現した。


彼らは急ぐことなく、全身を覆う大盾タワーシールドを構え、視界のための僅かな隙間だけを残して歩みを進めてくる。


マレクは松の木の陰から鋭く飛び出し、短く正確な三発の銃弾を放った。


弾丸は鎧の関節部や、盾で守られていない脛に直撃する。


兵士の一人がくぐもった悪態をついて泥の中に倒れ込み、もう一人がつまずく。


だが、三番目の騎士はそのまま圧力をかけ続けた。


反撃とばかりに、マレクの頭上の樹皮にクロスボウの矢が突き刺さり、木屑と松葉が彼の上に降り注いだ。


このままでは完全に押さえ込まれると判断し、マレクは右へ移動して側面へ回り込む決断を下した。


次の遮蔽物へと走り込むが、そこでピタリと動きを止める。


右側の深い下草の中から、敵騎士の新たな一隊が現れたのだ。


彼らは半包囲の陣形を取り、じわじわと距離を詰めてきている。


その時、マレクの首元の端末が激しく振動した。


彼は歯を食いしばり、スピーカーに指を押し当てた。


ノイズ混じりの音声の向こうから、ガストンの張り詰めた声が聞こえてくる。


『マレク! すぐに村へ走れ!』


「了解だ」


一秒だけ待ち、マレクは最も近い騎士の盾に向けて、ブラインド・ショットを二発叩き込んだ。


反射的に身を屈め、足を止める騎士。


敵のその一瞬の隙を突いて、彼は身を翻し、村へ向かって猛然と駆け出した。


一方その頃。


アドリアンは太い松の幹の陰に隠れていた。


汗と泥で、拳銃のグリップを握る手が滑る。


木々の間から、新たな兵士の集団が彼に向かって真っ直ぐに進んできた。


彼は遮蔽物から飛び出し、素早く引き金を三回連続で引いた。


一発目が突撃してきた騎士を打ち倒し、二発目が隣の兵の肩当てをかすめ、三発目が木の枝をへし折る。


敵兵たちは茂みをかき分け、さらに攻撃的に前進してきた。


アドリアンが必死に銃をリロードしようとしたその時、前方から敵部隊の指揮官の怒鳴り声が響いた。


「気をつけろ、馬鹿野郎ども! ヴァルデス様はそんな命令は下していない! すぐに下がれ!」


だが、騎士たちは指揮官の言葉を完全に無視した。


その中の一人が、武器を振り上げながらアドリアンへ向かって一直線に突っ込んでくる。


「この馬鹿どもが!」


指揮官は叫び、部下を止めるために自ら彼らの中へ飛び込んだ。


走りながら一人の騎士にぶつかり、横へ突き飛ばし、アドリアンとの間に割って入ろうとする。


だが、遅すぎた。


アドリアンは森の奥深くへ逃げようと背を向け、走りながら片手で肩越しに応戦し続けていた。


放たれた弾丸が最も近い兵士の太ももに命中し、彼をつまずかせる。


しかし、すぐ後ろには二人目の騎士が迫っていた。


騎士が鋭く剣を突き出す。


刃は服を突き破り、アドリアンの胸を真っ直ぐに貫通した。


青年の動きが、完全に止まった。


痙攣して開いた指から、拳銃が滑り落ちる。


騎士はブーツをアドリアンの胴体に押し当て、勢いよく刃を引き抜いた。


アドリアンは膝から崩れ落ち、一秒後には重々しく横へと倒れ込む。


ほんの一息だけでも空気を吸い込もうと、あえいでいた。


駆けつけた指揮官は、地面に倒れたアドリアンを見つめ、その場に釘付けになった。


次の瞬間。


彼は激怒して騎士に飛びかかり、胸の装甲板を力任せに掴み上げた。


「てめえ、頭イカれてんのか!?」


兜のバイザー越しに、指揮官が怒鳴りつける。


「一体何をしてる!?」


騎士は剣を下ろし、感情の無い平坦な声で答えた。


「騎士の務めは、我が国の邪魔になる者をすべて排除することです。私はそれを果たしました」


「騎士の務めは、王に仕え、その言葉に従うことだろうが!」


指揮官は兵士の肩を揺さぶりながら、声を枯らして叫んだ。


「王の命令は明確だった! 一般人は殺すなと! お前たちはただこの一帯を制圧し、彼らを管理下に置けばよかったんだ!」


「そのような命令は記憶にありません」


騎士は吐き捨てるように言い、指揮官の拘束を振り解いて先へと進んでいった。


残りの部隊もすでに追いついていた。


兵士たちは、横たわるアドリアンの身体を無造作にまたぎ、前進を続ける。


指揮官は伐採跡の真ん中に立ち尽くし、荒い息を吐いていた。


去っていく兵士たちの背中を見つめ、歯の間から呪詛を漏らす。


「……イカれた野郎どもめ」


ポーチから通信のアーティファクトを取り出し、起動して耳に押し当てる。


数秒後、スピーカーからヴァルデス王の冷酷な声が響いた。


「ヴァルデス様……」


指揮官は唾を飲み込み、適切な言葉を選ぼうとした。


「深くお詫び申し上げます。しかし……残念ながら、民間人が一人、死亡しました」


『どうでもいい』


ヴァルデスは短く切り捨てた。


指揮官は唖然とし、思わず口を挟む。


「ですが……民間人は生かしておけという命令では? 確かにそう仰って……」


『新たな命令を下す』


ヴァルデスの声には、微塵の躊躇もなかった。


『視界に入るもの、すべてを殲滅しろ』


「しかし、王よ……」


『しかしはない』と王は言った。『実行しろ』


「……はっ。我が王よ」


指揮官は頭を垂れた。


通信が切れた。


指揮官はアーティファクトをしまい、残存部隊へと向き直って新たな命令を叫んだ。


「すべて制圧しろ! 立ち塞がる者は残らず殺せ!!」


それから、わずか五分後のこと。


アドリアンはピクリとも動かず、横たわっていた。


突然、彼の首元の端末が、絶え間なく振動し始めた。


ドーンヘイムの村は、静寂に包まれていた。


森の中から、マレクが飛び出してきた。


呼吸は乱れ、長距離を走ったせいで膝は笑い、胸の奥が焼け付くように痛む。


マレクの姿を認めたガストンが、安堵の表情で短く手を振った。


「こっちだ、早く!」


マレクは彼の元へ駆け寄ると、両手で膝に寄りかかり、力なく呼吸を整えようとした。


「みん、な……どこだ?」


周囲を見渡し、息も絶え絶えに尋ねる。


「全員中だ」とガストンが答える。


「強化シェルターの中だよ。アイロンが『トーチカ』って呼んでた場所だ」


その時、森の開けた方向から枝の折れる音と慌ただしい足音が聞こえてきた。


ガストンは瞬時に拳銃を構えたが、すぐに銃口を下ろす。


茂みをかき分けながら、茂みからダーウィンが転がり出てきたのだ。


彼の服は泥だらけで、頬には黒ずんだ擦り傷があり、足を引きずるようにして歩いていた。


「ダーウィン! こっちだ!」


ガストンが叫んだ。


ダーウィンは顔を上げ、味方の姿を確認すると、最後の力を振り絞って足早に近づいた。


彼らの元に辿り着くや否や、重い木の箱の上に崩れ落ち、頭を後ろに反らせて口で大きく空気をすする。


「クソッ……お前らの顔が見れて、最高に嬉しいぜ」


額の汗を拭いながら、彼は苦しげに掠れた声で言った。


「お前が無事で俺たちも嬉しいよ」


ガストンはダーウィンの肩をポンと叩き、すぐに真剣な表情へと戻った。


「さて、聞いてくれ。悪い知らせと良い知らせがある」


マレクは身を起こし、険しい顔で彼を見つめた。


「言ってみろ」


ガストンは、自身の首元の端末へと視線を落とした。


「何人かの仲間が、いまだに連絡がつかない」


ガストンは静かに告げた。


「三分おきに呼び出しをかけているんだが……アドリアンも、遠距離の哨戒部隊の四人も、全く応答がない」


数秒間、広場に沈黙が降りた。


マレクとダーウィンが顔を見合わせる。


「……そうか」


マレクは低く呟き、両拳を強く握りしめた。


「それで、良い知らせの方は?」


「良い知らせは、ドーンヘイムの防衛準備が完了していることだ」


少し声を張り、ガストンは答えた。


「あとはアイロンからの合図を待って、統合自動防衛システムを起動させるだけだった。……だが、ここで問題が発生した」


ダーウィンが警戒の色を見せる。


「どんな問題だ?」


「彼と連絡が取れないんだ」


ガストンは自身の送信機を指差した。


「全周波数を試したし、ダイレクトに信号も送ったが……全く反応がない」


マレクとダーウィンは再び顔を見合わせた。その顔には明らかな不安が浮かんでいる。


「……まさか彼が……いや、死んだってことは?」


マレクが自信なさげに口にした。


「誰が? アイロンが?」


ダーウィンは首を横に振った。


「あり得ねえよ。戦闘中に端末を壊したか、落としたかしたんだろう」


「俺もそう思う」


ガストンも同意する。


「だが問題はそこじゃない。彼からの直接の信号がないと、タレットを自動モードで起動できないんだ。すべて手動でやるしかない」


「問題ない」


マレクがきっぱりと言い切った。


「持ち場を教えてくれ」


ガストンはトーチカの中へと入り、マレクとダーウィンを招き入れた。


内部は、湿気と新しい木くず、焦げた火薬、そして医療用アルコールの匂いが混ざり合っていた。


彼らが入るや否や、クララが駆け寄ってきた。


二人の姿を見ると彼女は一瞬立ち止まり、それから飛びつくようにして、二人をきつく抱きしめた。


「生きててくれて……本当によかった!」


彼女は息を吐き出すように言った。


酷使した足の筋肉が悲鳴を上げているのを感じながら、ダーウィンは疲れたように目を閉じ、軽く笑って彼女の背中を叩いた。


「その言葉は、この戦争が終わるまで取っておいてくれよ」


クララはゆっくりと身体を離した。


ダーウィンを見て、それからマレクを見て、静かに頷く。


「ええ……」


マレクは室内を見渡した。


壁沿いには、恐怖に震えるドーンヘイムの住人たちが座り込んでいる。


静かに祈りを捧げる者もいれば、布切れで小さなかすり傷の手当てをしている者もいた。


「アルベルトはどこだ?」


マレクが尋ねる。


「あそこの角よ」


クララは、厚い防水布で仕切られた即席の医務室を顎でしゃくった。


「森から撤退する時に怪我をした人たちの治療をしてるわ」


ガストンが近づき、閉ざされたカーテンをちらりと見て唇を噛み締めた。


彼は手を挙げ、拠点に集まっているすべての兵士たちの注意を引くと、指で合図を送り、自分の近くに集まるよう促した。


男たちと女たちが、ガストンを囲むように円陣を作る。


彼は声をひそめて囁いた。


「よし、よく聞け。アイロンと連絡がつかない以上、タレットは手動制御に切り替える。すぐに各自の配置につけ。ポジションを守り、周辺を警戒するんだ。進入路に仕掛けた地雷が仕事をして、第一波は削れるはずだ」


彼は短く間を置き、全員の疲労しきった目をしっかりと見つめた。


「それに、俺たちにはまだゴーレムがいる。だから、絶対に上手くいく。恐れるな、俺たちは全員生き残れる。何しろ、俺たちにはこの武器があるんだからな」


防衛隊の面々は無言で頷いた。


低く同意の声を漏らす者もいれば、拳銃の安全装置をもう一度確認する者もいる。


ガストンはできる限り説得力を持たせようとしたが、人々の顔に浮かんでいた表情は、それとは全く別のものだった。


彼らは余計な言葉を発することなく、それぞれの持ち場へと散っていった。


同時刻。


ドーンヘイムから数十キロ離れた深い森の奥で。


ノアは、刈り取られた伐採跡の中央に立っていた。


両袖は肩口まで引き裂かれ、ズボンも切り裂かれている。着ている服は、他人の血と自らの血が混ざり合い、真っ赤に染まりきっていた。


荒い息を吐きながら重い足を引きずり、彼の顎からはどす黒い血が地面に滴り落ちている。


ノアは、霞む視界を上げた。


倒木の向こうから、またしても新たな敵の密集部隊が姿を現したのだ。


痛みをねじ伏せ、彼は武器をさらに強く握りしめ、再び戦闘の構えを取る。


森の別のセクターでは、エリリアが血路を切り開いていた。


彼女は次々と押し寄せる敵の部隊を処理していく。


残された魔力の残滓が敵魔術師の防御呪文を剥ぎ取り、歩兵たちをなぎ倒していく。だが、新たに魔法を放つたびに凄まじい労力が伴った。


両手は小刻みに震え、呼吸はかすれ、悲鳴のように喉が鳴っている。


そして、氷に覆われた広場では。


片膝をついたまま、アイロンが動けずにいた。


意識は遠のき、身体は命令を拒絶している。


首を上げるのすら苦痛な状態の中、アイロンは前方へと視線を向けた。


遠く離れた敵の魔術師の陣地から。


彼に向かって真っ直ぐに、凄まじい速度で次なる魔法の一撃が飛来してきていた――。

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