第203話:戦の前夜
作業班が最後の隠し地雷を敷設している間、アイロンは防衛網の境界を見回っていた。
彼はリュモンと共に、各戦闘ユニットの最終点検を行っている。
エンジニアが自動防空タレットに近づき、装甲板の接合部に短い視線を投げて頭の中でステータスを要求する。その瞬間、リュモンがレポートを返した。
『3号砲台。支持フレーム『オーシャン』の安定性、100%。遮熱層『プリズム』の密度、正常範囲内。『セレスティアル』センサーと演算モジュールの同期完了。冷却システム『サン』への冷媒充填済み。エネルギーコア『カオス』、基本待機出力へ移行』
4基の塔と地上の銃座がすべて正常に稼働していることを確認すると、アイロンは村の中央広場へと向かった。
防衛計画の次の段階へ移る時だ。
「総員集合。現在進行中の作業をすべて中断し、工房前に集まれ」
彼は声を張り上げて命じた。
ドーンヘイムの音響効果で増幅されたエンジニアの声が、瞬く間に村中へ響き渡る。
人々は指示通りに道具を置き、広場に密な半円を描いて整列した。
ざわめきが収まると、アイロンは木箱を抱えて前に進み出た。
それを作業台の上に置き、蓋を開ける。中にはずらりと武器が並んでいた。
「拠点の防衛は強固だが、地上で戦術戦闘を行う者たちにも火力が必要だ」
彼は名簿を広げ、順番に名前を読み上げ始めた。
「ダーウィン。マレク。ガストン。アドリアン。ベルトラン。ノア。エリリア。前へ」
名前を呼ばれた者たちと、宙を漂う精霊が群衆から前に出た。
アイロンは彼ら一人一人に、自身の武器の完全なレプリカであるハイテク拳銃を手渡していく。
ダーウィンはすぐにスライド機構を調べ始め、ノアは手に持った武器の重さを量り、バランスを確かめた。
「箱には完成品があと4丁残っている」
アイロンは残りの拳銃を手のひらで示した。
「誰にこれが必要なのか、私には分からない。自ら責任を引き受け、実戦でこれを使う覚悟がある者はいるか?」
最初の数秒間、広場は静まり返った。
しかし、二列目から手が挙がった。
「俺が持ちます」
前に進み出たのはカイデンだった。
「分かった、カイ――」
「ダメだ!」
マレクがエンジニアの前に進み出て、その言葉を鋭く遮った。
「頼む、やめてくれ、アイロン。こいつはまだ子供なんだ。こんな武器を握らせるべきじゃない。前線に出るような歳じゃないんだ!」
アイロンは少しだけ躊躇し、動揺するマレクとカイデンの間へ視線を巡らせた。
カイデンはマレクを回り込み、彼の目を見据える。
「俺を信じてくれ、親父。俺はもう子供じゃない」
カイデンは訴えかけた。
「みんながこの村のためにどれだけ力を尽くしているか、ちゃんと見てる。俺だって、親父みたいにドーンヘイムの役に立ちたい。俺たちの家を守りたいんだ。だから……やらせてくれ」
ためらうマレクに気づいたダーウィンが彼に近づき、そっと肩に手を置いた。
「坊主にチャンスをやってくれよ、マレク。せめて一度だけでもさ」
マレクはダーウィンとカイデンを交互に見つめ、長い間沈黙していた。
やがて、彼はふうっと息を吐き出し、微かに頷いた。
「分かった……だが、全責任は俺が持つ」
カイデンは感謝の目を向け、作業台に近づくと、アイロンの手から武器を受け取った。
彼に続いて、群衆の中からさらに3本の手が挙がった。
残りの3丁の拳銃は、クララ、カール、そしてグレイが、多くを語ることなく受け取った。
「これで全て配り終えた」
アイロンは空になった箱を閉じながら締めくくった。
「取り扱いや射撃のレクチャーは後で行う。さあ、作業に戻れ」
広場の群衆が散り始める。
人々は受け取った武器や新たな任務について話し合いながら、それぞれの配置へと戻っていった。
アイロンは昨晩の重力制御の成功を完全に定着させるため、村での日常的な移動を訓練に利用することにした。
エンジニアは一歩前に踏み出し、滑らかに自身の質量を遮断する。
1メートルほど宙に浮き上がり、ドーンヘイムの通りの上をゆっくりと飛びながら南セクターへと向かった。
防衛用のバリケードの近くでは、4体の巨大なゴーレムが彼を待っていた。
アイロンは彼らの前にふわりと着地する。
「ゴーレム1号、2号」
「お前たちは両翼へ向かえ。自動タレットの死角をカバーするんだ」
「ゴーレム3号はメイン通路のポジションに付け」
「そしてゴーレム4号は、ひとまずここに待機しろ」
新たな指示を受け取ると、機械たちは一斉に駆動音を響かせた。
関節部が動き出し、彼らはゆっくりと指定された配置へと散っていく。
ゴーレムへの指示を終え、アイロンは訓練場へと向かった。
そこには予想通り、ノアの姿があった。ちょうど準備運動の踏み込みを終えようとしているところだった。
「ノア」
武器立てから訓練用の剣を一本抜き取りながら、アイロンが声をかけた。
「少し時間がある。手合わせしよう。近接戦闘での正しい動きと、身体の協調感覚を思い出しておきたいんだ」
ノアは自分の剣を握り直し、戦闘の構えをとった。
「来い」
短く応じる。
アイロンが前に出る。
間合いを保ち、タイミングよく打撃を避け、重心を移動させながら防御ブロックを調整した。
スパーリング開始から3分後、ノアが上半身でフェイントを入れた。
アイロンは正確に反応し、強固なブロックを固めた。だが、ノアは急激に手首を返し、剣の腹でアイロンの鍔をめがけて短く鋭い一撃を叩き込んだ。
キンッ!
強烈な衝撃でアイロンの指は痺れ、手から弾き飛ばされた剣は数メートル後ろの地面に突き刺さった。
ノアは剣を下ろし、彼を見つめた。
「動きは悪くない。反応速度も協調性も上出来だ。だが、圧倒的に筋力が足りてない」
「なるほど」
アイロンは淡々と答えた。
彼は歩み寄り、地面から武器を引き抜く。再び柄を握り直し、構えをとった。
「続けよう」
スパーリングはさらに30分ほど続いた。
アイロンは何度も転倒し、武器を失ったが、その度に立ち上がり、攻撃を続けた。
過酷なスパーリングを終え、彼は工房まで辿り着いた。
中に入る気力は残っておらず、壁際の木に背を預けてそのまま地面にへたり込む。
ベルトから水筒を取り出し、エンジニアは数口飲み込んだ。
目の前にはドーンヘイムの光景が広がっている。
アイロンは息を整え、訓練で跳ね上がった心拍数を落ち着かせながらリュモンに呼びかけた。
「来るべき戦いについての、お前の推測を聞かせてくれ」
意識の中で、はっきりとした答えが響いた。
『ドーンヘイムに対する本格的な戦闘行動が開始される確率は、90%です』
アイロンは水筒を口元に当てたまま、一瞬動きを止めた。
「待て」
彼は眉をひそめた。
「気のせいか? お前、普通に喋るようになってないか?」
『マスターと私の同期レベル、および演算能力の使用率が新たな段階へと移行したためです』
「なら納得だ」
アイロンは水筒の蓋を閉め、ベルトに固定した。
「それなら今後、目の前にホログラムのポップアップ・インターフェースを表示するのを一切やめられるか? 実戦では、あんなウィンドウは視界を遮って気を散らすだけの邪魔な代物だ。すべてのデータ、グラフ、警告は、私の網膜に直接投影しろ。そのモードに焦点を当てて、基本設定として固定するんだ。インターフェース越しだったり網膜投影だったり、バラバラなのは困る」
『指令を受理しました』
リュモンが応じた。
『ホログラフィック・インターフェースを無効化。すべてのシステム通知を網膜への直接投影へ切り替えます。フォーカス完了』
約2時間が経過した。
アイロンは現在の業務に戻り、作業班が防衛強化の最終段階を終わらせるのを手伝っていた。
防柵の近くにある補助パネルの一つで配線作業をしていたその時――。
彼の目の前の空間で、激しく火花が散った。
まばゆい閃光の中から、エリリアが実体化する。
「アイロン! アイロン!」
彼女は息を切らして叫びながら、その小さな両手で彼の袖を掴んだ。
「森に、すっごくたくさんの人たちが近づいてる! とにかく、ものすごい数よ!」
アイロンは眉をひそめ、道具を脇に置いて即座に身構えた。
「マジか?」
エリリアは目をきつく閉じた。
「本当よ! 多すぎるわ!」
その瞬間、アイロンの網膜に真っ赤なテキスト行が点滅し、他のすべてのバックグラウンド表示を完全に上書きした。
『警告。異常な生体組織の移動を検知。概算数量:50万体。移動ベクトルはドーンヘイムに直行しています』
「なんだと……?」
アイロンの口から掠れた声が漏れた。
「50万? リュモン、何かの間違いじゃないのか?」
『エラーの可能性はありません』
アイロンは勢いよく振り返り、絶叫した。
「ただちにすべての作業を中断しろ! 総員武器を取り、戦闘配置につけ! ドーンヘイムに軍隊が接近している……その数、50万だ!」
一瞬、村は静寂に包まれた。
人々はハンマーや丸太を持ち上げたまま凍りつく。
そして次の瞬間、ドーンヘイムは文字通りパニックの波で爆発した。
「何人だって!? 50万!?」
恐怖に満ちた叫び声が響く。
「ありえねえ! どこにそんな軍隊がいるんだよ!」
「ア、アイロン様の計算間違いじゃないのか?」
「バカ野郎! あの人が計算を間違えるところを見たことがあるか!? あの人がそう言ったなら、事実なんだよ!」
人々はパニックに陥りながらも広場を駆け回り、慌ただしく隊列を組み始めた。
アイロンは騒ぎを気にも留めず、リュモンに尋ねた。
「奴らが第一防衛線の地雷原に到達するまで、あとどれくらいある?」
『現在の行軍速度で休止なく進んだ場合、敵は9時間23分後に外周境界へ到達します。標準的な夜間野営を行った場合、到着時間は15時間3分後まで延長されます』
アイロンは精霊の方へ向き直った。
「飛ぶぞ。何が起きているか、この目で直接確かめる」
返事を待つことなく、彼は急激な速度で空へと舞い上がった。




