第184話:現実への回帰
ラウアンはカッと目を見開いた。
まるで暗く深い水底から浮上した直後のように、痙攣しながら空気を求めてあえぐ。
心臓は胸の中で狂ったように高鳴り、耳の奥ではいまだに幻聴のような耳鳴りが反響していた。
数秒間、彼は仰向けのまま動けず、見知らぬ木製の天井を見つめていた。
状況を把握しようと試みるが、思考はひどく混乱している。
肘をついて身を起こし、周囲を見回した。
そこは乾燥したハーブと古い木材の匂いが漂う、こぢんまりとした質素な部屋だった。
小さな窓からは柔らかな朝の光が差し込んでいる。
ラウアンの脳裏に、直近の出来事の断片がフラッシュバックし始める。
道での戦闘……。
ルシウス・フェラミールの出現……。
死闘、そしてついに――ロランドが奴の首を刎ねた勝利の瞬間。
(俺たちは勝った……。だが、その後どうなった? どうして俺はここにいるんだ?)
ラウアンは眉をひそめ、戦闘終了後のことを何とか思い出そうとしたが、徒労に終わった。
一つだけ確かなことがある。
自分が五体満足で生きている以上、部隊はどうにかしてあの場から生還したのだ。
隊長は素早くベッドから立ち上がった。
勢いよくドアを開けると、そこはどこかの民家の二階だった。
一刻を争うように、ラウアンは古い軋む階段を駆け下りながら、家中に響き渡る声で叫んだ。
「みんな! いるか!?」
一階に辿り着くなり、彼はピタリと足を止めた。
ダイニングテーブルの席には、オスウィンが全くの平然とした様子で座っていたのだ。
傭兵は頬杖をつき、隊長へと不満げな視線を向ける。
「朝っぱらから何喚いてんだよ?」
あくびをしながらオスウィンがぼやく。
ラウアンは彼のもとへ飛んでいき、その両肩を掴んだ。その目は血走っている。
「何があった!? どうやってここへ来たんだ? フェラミールとの戦いの後、何が起きた!?」
オスウィンは戸惑ったように眉を寄せると、隊長の拘束から慎重に抜け出し、肩をすくめた。
「俺にもさっぱりだ。戦闘は覚えてるし、俺たちがあいつをぶちのめしたのも覚えてる。だがその後は――プツンと真っ暗だ。で、起きたらここだった」
そこでオスウィンは言葉を切る。
「ただ、本当に妙なことがあってな……俺たちの馬車が……無傷なんだよ」
「無傷だと!?」
ラウアンは仲間を凝視した。
「そんな馬鹿な……」
「俺も驚いてるが、事実だ」
オスウィンは肯定した。
ラウアンは息を吐き、聞いた情報をどうにか消化しようと努めた。
「他の奴らは? クロンは? ロランドやトーリンは?」
「クロンなら隣の部屋で寝てる」
オスウィンは家の奥にあるドアを顎でしゃくった。
「ロランドは……外へ出たよ。トーリンを探すってな」
ラウアンがすべてを理解しようと頭を悩ませている最中、玄関のドアが静かに軋んだ。
暖かい部屋の中に入ってきたのは、質素なエプロンを着た小柄な老婆だった。
階段のそばで固まっている隊長を見ると、彼女は愛想よく微笑み、両手を打ち合わせた。
「あら、お目覚めかい! おはよう」
老婆は温かくラウアンに声をかけた。
「……おはようございます。俺はラウアンと言います。大声を出して驚かせてしまって、申し訳ありません」
「おやまあ、なんて礼儀正しいお兄さんだろうねえ」
老婆は感心したように言いながら、火の入った暖炉へと歩み寄った。
「座りなさいな、お友達の隣に。ちょうど今、淹れたてのお茶を用意しようとしてたところなんだ。あんたたち、体力をつけなきゃいけないからね」
ラウアンは大人しく、オスウィンの隣の木の長椅子に腰を下ろした。
息を整えながら身を乗り出し、ほとんど聞こえないほどの小声で囁く。
「あの婆さんは誰だ? そもそも、ここはどこなんだ?」
しかし、驚くほど耳の聡い老婆は、暖炉から振り返って自らその問いに答えた。
「私はこの土地の者だよ。昨日、夕方近くにうちの村の近くで、私と夫であんたたちを見つけたんだ」
「見つけた……?」
「そうさ。あんたたち、馬車も馬も一緒くたになって、道の真ん中で突っ立ったまま、ただ真っ直ぐ前を見てたんだよ。声をかけても、揺さぶっても、何の反応もなくてね。私ら夫婦は恐ろしくなって、何かの災難か呪いかと思って、助けなきゃって決めたのさ。それで、馬の手綱を引いてうちの庭まで連れてきたってわけさ」
「村……?」
隊長は喉にこみ上げた塊をゴクリと飲み込んだ。
「差し支えなければ、この村の名前を教えていただけませんか?」
老婆はテーブルに歩み寄り、香ばしい湯気を立てる素焼きのマグカップを傭兵たちの前に並べた。
「エルムヴィックだよ」
ラウアンは熱いマグカップに手を伸ばしかけたまま、完全に硬直した。
エルムヴィック!
その村は、ドルンハイムとは『完全に真逆の方向』にある場所だった。
(まさか、手紙はもう届けてあって、その帰路だったとでも言うのか?)
そんな考えが脳裏をよぎる。
ふと自分の格好を見下ろし、彼は今になってようやく気付いた。
自分は鎧も小袋も身につけていない。ただの薄手の肌着一枚だ。
「すみません」
ラウアンは家主に視線を上げた。
「俺の荷物は? 服はどこに?」
「上だよ。あんたが寝ていた部屋にね」と、老婆は優しく答えた。
「うちの夫が、息がしやすいようにって丁寧に鎧を外して、大きな木箱の上に畳んでおいたんだ」
「ありがとうございます。すぐ戻ります」
ラウアンは長椅子から勢いよく立ち上がると、足早に階段を上り、二階へと引き返した。
小さな部屋に駆け込むと、確かに古い木箱の上に、旅装束と鎧のパーツが綺麗に畳まれていた。
彼は飛びつくようにして、旅用ダブレットの隠しポケットをまさぐり始めた。
指先で小袋の二重底、縫い目、そして内側の裏地に至るまで確認する。
だが、ヴァルター卿からの密書は、どこにも見当たらなかった。
ラウアンは手を止め、木箱に重く手をついた。
「……ということは、任務は完了したのか?」
ラウアンはゆっくりと一階へ戻った。
その表情は険しく、瞳には深い思案の色が浮かんでいる。
オスウィンがマグカップから口を離し、すぐさま視線を向けた。
「で? 見つかったか?」
「手紙はない」
再び席につきながら、隊長は鈍い声で答えた。
「おそらく、届けることには成功したんだろう」
「そりゃいいが、なら俺たちはここで何をしている?」
オスウィンは不可解そうに眉をひそめ、顎を撫でた。
「目的地は完全に別の方角だったのに、どうして世界の裏側にいるんだよ?」
「分からない」
老婆から熱いお茶を受け取りながら、ラウアンは正直に白状した。
「ヴァルター卿の命令を遂行して、単に帰路で迷っただけかもしれない。あるいは、何者かに襲撃されて、時間の感覚を失ったか」
その時、再び玄関のドアが軋み、朝の冷気を室内に招き入れた。
入り口に現れたのはロランドだった。
髪は乱れ、その顔には暗く不満げな表情が張り付いている。
「で、何か収穫は?」
オスウィンが彼に振り返る。
「辺り一帯を探し回ったが」
苛立たしげにぼやきながら、ロランドは部屋の奥へと進み、泥だらけの手袋を引き抜いた。
「トーリンの野郎、どこにもいねえ」
オスウィンは全く驚いた様子も見せず、軽く手を振った。
「ああ、そのうちひょっこり現れるだろ。こんな辺境じゃ、どのみち逃げ場なんてない。任務が終わって、あいつは自分の故郷に残っただけかもしれないぜ」
「任務だと?」
ロランドはショックを受けたように瞬きし、二人の仲間を交互に見比べた。
「あ、そうか……。待てよ、俺たち、任務を達成したのか? 本当にあそこまで辿り着いたってのか?」
ちょうど香り高いハーブティーを一口飲んだところだったラウアンが、肯定するように頷く。
「手紙は無かった」と、隊長は落ち着いて説明した。
「だから、宛先には届け終わったと見ていいだろう」
「単に無くしただけじゃねえのか!?」
ロランドは両手を広げ、懐疑的な目を細めた。
「道中、落っことしたとかさ」
「ただ落としただけなら、俺たちは一体全体ここで何をしている?」
ラウアンは鋭い声で遮り、マグカップをドンッとテーブルに置いた。
「頭を使え、ロランド。この場所はドルンハイムとは完全に真逆の方向だ。本来のルートからここへ直接繋がる道はない。それに、もし意図的にここへ向かっていたとしたら、必然的にトーリンの故郷の街を通り過ぎることになる。奴がそこへ残ったと考えるのは筋が通ってる」
ロランドは一瞬硬直し、隊長の言葉を反芻してから、諦めたように息を吐いた。
うめき声を上げながら、二人の隣の空いている席にどっかりと腰を下ろす。
「……まあ、論理的には聞こえるな、クソッ」
彼は両手で顔を覆った。
「だが、俺はこの旅程を思い出せねえんだよ。殺してくれ、あの呪われた戦いの後から、本当に何一つ覚えてねえんだ」
「ああ……」
ラウアンは思案げに声を漏らし、木製のテーブルを指先でトントンと叩いた。
しばらくして、一階の部屋の一つの扉が開き、重々しくブーツを引きずりながら、あくび混じりに御者のクロンが出てきた。
彼は豊かな髪をかきむしり、テーブルを囲む傭兵たちを見て、しゃがれた声で尋ねた。
「お前ら……何があった? ここはどこだ?」
「問題ないさ、クロン」
ロランドは場の空気を和らげようと鼻で笑った。
「任務は達成した。契約は完了だ、俺たちを縛るものはもう何もない」
新たな客に気づいた老婆が、すぐさま暖炉のそばで立ち回り、愛想よくクロンの顔を覗き込んだ。
「熱いお茶はいかが? 淹れたてだよ!」
「ああ……頂くとするか」
クロンは未だに状況が飲み込めないままそう呟き、他の者たちの席に加わった。
他のメンバーが朝の茶をすすりながら、騒々しくこれからの事や推論を話し合っている間、ラウアンは自分の部屋へと戻った。
素早く旅用のダブレットを着込み、鎧のベルトを締め、金属のキューブを腰に固定する。
完全武装で一階に降りてきた隊長を見て、オスウィンはすぐさま彼を頭の先からつま先まで観察した。
「どこへ行くつもりだ?」
空になったマグカップを置きながら、剣士が尋ねる。
「ここにはもう用はない」
ラウアンは淡々と答えた。
「任務は完了し、部隊も無事だ。それに……俺は王都へ行かなければならない。ルシウス・フェラミールが死んだことを、王室に報告する義務がある」
オスウィンは納得したように頷いた。
「そうだな、それは必要なことだ」
「王都での幸運を祈るぜ、隊長」
ロランドが片手を上げる。
「道中気をつけてな、ラウアン」
御者のクロンも付け加えた。
その時、家の主が会話に割って入った。
彼女は両手をパチンと合わせ、心配そうに隊長を見つめる。
「お待ちなさいな。どうやって行くつもりだい? 何に乗って?」
「エルドリア王国はここからかなり近いはずです」
ラウアンは落ち着いて説明した。
「ですから大丈夫ですよ。歩いて行きます」
「正気かい!?」
老婆はタオルを振りかざし、きっぱりと反対した。
「このご時世に徒歩で!? 森には盗賊もいるし、魔物だっているんだよ! 『歩き』なんて絶対にダメさ。まともな人間らしく、馬車に乗ってお行き!」
リスクを天秤にかけ、荷馬車を使えば三倍は早く着くことを理解すると、彼はあっさりと折れた。
「分かりました。お気遣い感謝します」
彼と老婆は連れ立って外に出た。
ラウアンは最後に一度だけ振り返り、家に残る仲間たちに手を振る。
庭に立ち、彼はエルムヴィックの村を見渡した。
簡素な木造の家々、家畜の糞と刈り取られたばかりの草の匂いが漂っている。
老婆は彼を納屋へと案内した。そこでは白髪のたくましい老人が荷馬車の整備をしていた。
「ちょっとこっちを見ておくれ、アルフレッド!」
老婆が大声で彼を呼ぶ。
老人は馬具から手を放し、たこのできた手をズボンで拭うと、鈍い声で咳払いをした。
「ようやく目を覚ましたか」
ラウアンはすぐに一歩前に出て、礼儀正しく自己紹介しようとした。
「こんにちは。俺は……」
「必要ない」
アルフレッドは手を振り、素っ気なく遮った。
「あんたが寝ている間に、オスウィンの奴から全部聞いた。名前も知ってるよ。ラウアンだろ」
「アルフレッド、ラウアンは急いで出発しなきゃならないんだ。この人、歩いて行くつもりだったんだよ、信じられるかい? 今時分、歩きがどれだけ危ないか、あんただって知ってるだろ。乗せてってやりな……で、あんた、どこへ行くんだっけ?」
「エルドリア王国です」とラウアンは答えた。
「分かったよ」
老人は後頭部を掻きながらため息をついた。
「エルドリアならエルドリアだ。荷馬車の準備が終わったら出発するぞ」
「分かりました。俺は、自分たちの古い馬車から寝具を取ってきます」
隊長は彼にそう伝えた。
老人が頷くのを確認すると、隊長は足早に、自分たちが乗ってきた古い馬車へと向かった。
中に飛び乗り、旅用の毛布、枕、シーツを丁寧に丸め、私物を回収して老人のもとへ戻る。
その頃には、アルフレッドは馬の世話を終えていた。移動の準備は万端だった。
門のところで二人を見送りながら、老婆は不安げに道を見つめ、夫にささやいた。
「ねえ、アルフレッド。村の若い衆を何人か護衛につけたほうがいいんじゃないかい?」
「その必要はありません」
老人の隣の木の座席に腰を下ろしながら、ラウアンは優しく、しかし確信に満ちた声で遮った。
「道中、もし誰かが襲ってきても、俺が何としてもアルフレッドさんを守ります。俺の武器だけで十分すぎますから」
隊長は老婆を見つめ、付け加えた。
「そして王都に着いたら、最高の騎士たちを手配して、アルフレッドさんが村へ戻る道のりを安全に護衛させます。俺の部隊を救ってくださったことへの、ささやかなお礼だと思ってください」
その言葉に面食らい、老婆は胸に手を当てた。
「おやまあ、神様、そんなに気を遣ってくれなくても……」
だが、それ以上反論しようとはしなかった。
「さっさと座れ」
アルフレッドが手綱を引きながら号令をかける。
「日が昇ってるうちに出発するぞ」
馬が鼻を鳴らし、荷馬車は軋み音を立てながら前進し始めた。
アルフレッドの荷馬車の等間隔な蹄の音は、次第に遠くへと消えていった。
一方、静かなエルムヴィックから何マイルも離れた場所――喧騒に包まれたドルンハイムでは、すでに活気が渦巻いていた。
ここ、広大に切り拓かれた広場の中心では、大規模な建設工事が展開されていた。
その最前線に立つのは、アイロンだ。
彼は図面を手に、全工程を指揮している。
彼の頭脳には、この建設現場が一つの、完璧に調整された巨大な機械のように見えている。だからこそ、彼の指示は的確で一切の無駄がなかった。
その圧倒的な管理能力のおかげで、作業は驚異的なペースで進展していた。
夕暮れ時。太陽が急速に地平線の向こうへ沈み始める頃、昼のシフトが終わりを迎えた。
疲れ切った作業員たちは道具を箱に片付け、賑やかな集団となって家路につき始める。
現場は徐々に、心地よい夕暮れの冷気と、耳鳴りがするほどの静寂に包まれていった。
もぬけの殻となった広場の真ん中、アイロンは一人、その場に座り込んでいた。
彼はゆっくりと頭を上げ、眼前にそびえる塔を見据え、静かに呟いた。
「あと少しだ」




