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第183話:我こそが秩序

「一体、何者なんだ……!?」


ラウアンがかすれた声で吐き捨てる。


「気配すらなかったぞ!」


隊長である彼は部隊へと振り返り、裏返った声で叫んだ。


「総員、構えろ! 戦闘態勢だ!」


オスウィン、トーリン、そしてロランドの三人は即座に反応し、武器を構える。


だが、道に立つ見知らぬ男は、人を食ったような無関心さを保っていた。


流れるような動作で背中から剣を引き抜くと、自分の目の前の地面にドスッと深く突き立てる。


そして、柄の上に腕を置き、ゆったりと寄りかかった。


ラウアンの指が反射的に金属のキューブを握りしめる。


乾いたクリック音とともに、それは長弓へと展開された。


一秒後。


黄色いエネルギーの矢が超音速の風切り音を立てて、見知らぬ男へと放たれた。


男は落ち着き払った様子で、左手で小さな円形のデバイスを取り出した。


デバイスが鈍く明滅する。


すると、矢を構成していた純粋なマナが飛行中のままデバイスへと吸い込まれ、跡形もなく消滅してしまった。


自分の目が信じられず、ラウアンは即座に二度目の弦を引き絞る。


再び眩い光の筋が空気を切り裂いたが、結果は全く同じだった。


「クソッ……まずいぞ」


ラウアンは歯を食いしばる。


その頃には、トーリンが熱に浮かされたように一つ目の呪文の詠唱を終えようとしていた。


緊迫感から、彼の周囲の空気がバチバチと火花を散らす。


遠距離攻撃が通用しないと悟ったオスウィンとロランドは、猛烈な雄叫びを上げ、全速力で敵へと突進した。


見知らぬ男は鼻で笑い、外套の下に隠していた二本目の剣を無造作に引き抜いた。


耳を劈くような鋼の衝突音が響き渡る。


ロランドとオスウィンは剣を振りかぶり、四方八方から雨あられと斬撃を浴びせた。


だが男は、彼らの戦術的な連携をいとも容易く粉砕し、すべての刺突を弾き返していく。


トーリンは焦点を合わせた。完璧に狙いを定めるため、いつもの癖で片目を細める。


見知らぬ男の頭上の空気が割れ、凄まじい轟音とともに、巨大な垂直の雷柱が侵入者へと真っ直ぐに落ちた。


大地が揺れた。


しかし、目も眩むような雷撃が標的に触れる直前の、ほんのわずかな一瞬。


男は空中に溶けるように消え去り、後には煙を上げるクレーターだけが残された。


ラウアンが振り返る間すら与えず、彼の目の前にシルエットが実体化した。


男は隊長の鼻先が触れ合うほどの至近距離に立ち、静かに問いかけた。


「で、答える気はあるのか?」


ラウアンはビクッと身をすくませながらも、反射的に拳を突き出し、男の顎を狙った。


だが、男は軽く首を傾けて軌道を躱すと、瞬時に雷のようなカウンターの連撃を腹と顔面に叩き込んだ。


ラウアンはうめき声を上げて泥の中に倒れ込み、痙攣しながら空気を求める。


「この野郎ッ!」


背後から怒り狂ったロランドが飛びかかり、渾身の一撃を放とうと剣を振りかぶる。


男は振り返りもせず、背中越しに剣を跳ね上げた。


凄まじい金属音と共に二つの刃が激突し、火花が散る。


その瞬間、トーリンは増しゆく疲労を押し殺し、二つ目の呪文を完成させた。


彼が腕を大きく弧を描くように振るう。


目に見えない斬撃が、空気を歪めながら敵の立つ空間を通り抜けた。


だが、男はまたしても攻撃の射線から外れることに成功する。


トーリンはよろめき、荒い息をついた。たった一瞬で、この魔法は彼の内なる力の大半を吸い取ってしまったのだ。


少し離れた場所に立つ男は、彼らを一瞥すると、空いている方の手を馬たちに向けてスッと伸ばした。


強力な不可視の運動エネルギーの波が、轟音を立てて重い馬車に激突する。


木製のフレームは文字通り粉々に吹き飛び、背後へと弾き飛ばされ、積まれていた装備一式はただの瓦礫の山と化した。


御者台に座っていたクロンは、奇跡的に空中で受け身を取り、両足で着地した。


だが、凄まじい轟音に怯えた馬たちはパニックを起こして革の馬具を引きちぎり、狂ったようにいななきながら森の中へと逃げ散ってしまった。


「やめろ、馬たちが! このクソ野郎!」


クロンは頭を抱えて絶望の叫びを上げたが、彼にできることは何もなかった。


その混乱に乗じて、オスウィンが側面に回り込み敵を攻撃しようと試みる。


だが、男の方が早かった。


男は剣を使わず、電光石火の踏み込みから、下から上への正確な蹴りを放ち、オスウィンの剣の鍔の下を的確に蹴り上げた。


傭兵の指から武器が弾き飛ばされる。


その間に、ラウアンは痛みに耐えながら地面から立ち上がっていた。


切れた唇から流れる血を袖で拭い、目の前に立つ男の顔を凝視する。


赤い髪……真紅の瞳……。


すべてのピースが彼の頭の中で繋がり、増大する恐怖で瞳孔が開いた。


「……ルシウス・フェラミールが、こんな所で何をしている?」


ほんの一瞬の沈黙の後、ラウアンは低い声で尋ねた。


男は少しだけ首を傾げ、口元に笑みを浮かべた。


「ほう。俺の名前を知っているのか?」


「当然だ。この王国で貴様の名を知らない者はいない」


ラウアンは弓をより強く握りしめ、言葉を絞り出す。


「ただの気分で人を殺す、大罪人め」


この短い会話の間にも、トーリンは自身の肉体の奥底に残された最後の予備魔力を引き出していた。


彼が息を吐き出し、呪文を発動させる。


ルシウスの周囲の空中に、何十本もの鋭い氷柱が実体化した。


それらは中心に向かって殺到し、四方八方からフェラミールを串刺しにしようと迫る。


氷の棘を躱しながら、ルシウスはブレるような一歩でラウアンとの距離を詰めた。


すでに彼の足は、致命的な一撃を放つべく振り上げられている。


「知っていてくれて光栄だ……」


フェラミールは無造作に言い放つ。


「だが、『秩序オーダー』と呼べ」


風を切り裂き、広範囲を薙ぎ払う恐ろしい右蹴りが放たれた。


重い靴底がラウアンの頭部に直撃し、彼を左手奥深くへと吹き飛ばす。


ラウアンは道の土埃の中へ、重い音を立てて墜落した。


(もっと手加減してやらなきゃな)


彼は内心でそう呟いた。


その瞬間、敵が一瞬集中を欠いた隙を突き、ロランドが音もなく側面に現れた。


彼の刃が細い線を描く。


鋼の刃がフェラミールの頬を微かに、しかし確かに掠め、切り傷を残した。


ほぼ同時。ルシウスの背後にオスウィンが現れた。トーリンが最後の力を振り絞り、魔法の衝撃で彼を加速させたのだ。


オスウィンは叫び声を上げ、敵の心臓目掛けて、柄の根元まで剣を深々と突き立てた。


傭兵は生々しい音とともに血まみれの刃を引き抜き、見知らぬ男の首を一息に刎ね飛ばそうと再び剣を振りかぶる。


だが、フェラミールはまたしても射線から消え去った。


しかし、数分前に無惨に殴り倒されたラウアンは、この機動を予測していた。


彼は勢いよく弓を構え、フェラミールが回避後に移動するであろうその場所へ向けて、正確に矢を放った。


ルシウスが空間に実体化する。彼の目は即座に、自分に向かって飛んでくる黄色い飛翔体を捉えた。


(ようやく俺の動きが読めるようになったか)


彼は心の中で皮肉っぽく笑う。


エネルギーの矢が、彼の胸郭を強烈に貫いた。


男はよろめき、重い吐息を漏らしながら、傷口を押さえて片膝をついた。


一秒の隙も与えず、ロランドが咆哮を上げて負傷した敵に襲いかかる。


両手剣を高く振りかざし、渾身の力でルシウスの首を綺麗に斬り落とした。


血まみれの頭部が草の上を転がっていく。


荒い息を吐きながら、ロランドは剣を杖にして、首のない死体の前で力尽きたように膝をついた。


ラウアンはふらつきながら道の端に座り込み、耳鳴りを鎮めようとする。


「どうだ、ロランド……」


ラウアンが弱々しい笑みを浮かべ、かすれた声で言った。


「楽しかったか?」


ロランドは額のべたつく汗を拭い、澄み切った空を見上げるように、疲れた様子で頭を後ろに反らした。


「ああ……最高にな」


だがその瞬間、生き残った傭兵たちの荒い息遣いが途切れた。


ロランドの歓喜も、ラウアンの安堵も――そのすべてが突如として霧のような靄に覆われ、急速に溶け去り始めた。


トーリンの意識のど真ん中で、内側から彼を鼓膜をつんざくように、見知らぬ声が響き渡った。


『どうだ……偽物の現実を生きる気分は?』


大きな、はっきりとした吸気音と共に、トーリンの両目がカッと見開かれた。


周囲は完全な静寂に包まれていた。


先程の戦闘の痕跡はどこにもない。道は綺麗だった。


頑丈な馬車は無傷のまま停まっており、馬たちはパニックを起こす素振りも見せず、穏やかに蹄を鳴らしている。


トーリンは頭を抱え、錯乱したように周囲を見回した。


胸の中で心臓が狂ったように高鳴る。


一秒前に起きたことのすべて――ラウアンの負傷も、自分自身の致命的な疲労も、ロランドの勝利の剣の一振りも――あれはすべて夢だったというのか!?


「おい……ロランド! ラウアン! クロン! オスウィン! 聞こえるか!?」


トーリンは恐怖に駆られ、パニックで裏返った悲鳴を上げた。


彼はロランドに駆け寄り、その奇妙な硬直状態から目覚めさせようと、肩を掴んで熱狂的に揺さぶった。


次いでラウアンへ、オスウィンへとしがみつき、順番に突き飛ばす。


だが、仲間たちは一切の音を発しなかった。


彼らはただ突っ立っていた。あの瞬間から凍りついたかのように。


その視線は虚無へと向けられ、ガラス玉のような瞳には何の感情も宿っていない。


突如として、トーリンの背後の空気が不自然に淀んだ。


音もなく、ルシウス・フェラミールが背後に現れた。


彼の顔には傷一つなく、赤い髪が微風に揺れている。


彼はゆっくりと腕を伸ばし、震えるトーリンの肩に右手をそっと置いた。


「教えてくれ。お前の全人生が嘘だとして、その人生に何の意味がある?」


ルシウスは静かに問いかけた。


トーリンは狂ったように横へ飛び退いた。


痙攣するような動きで肩から異物の手を払い落とし、前へ飛び出しながら敵へと向き直る。


呼吸は浅く乱れ、その目には原始的な恐怖が張り付いていた。


「な……あいつらに何をした!?」


押し寄せるパニックに吃音を漏らしながら、震える両手を前に突き出して彼は叫んだ。


「一体、何者なんだよ!?」


フェラミールは彼を見下ろし、口角をわずかに上げて微笑んだ。


「俺は『秩序オーダー』だ」


彼は淡々と静かに答え、ゆっくりと一歩近づいた。


彼は左手を軽く持ち上げる。その唇には柔らかな嘲笑が浮かんでいた。


「ここを見てみろ。これは、お前の腕じゃないのか?」


彼は落ち着いた声で尋ねた。


トーリンは間抜けなほど呆然と、ルシウスの指先を見つめた。


そこには、見覚えのある袖口に包まれた、肘から切断された人間の腕が握られていた。


ゆっくりと、トーリンは自身の右肩へと視線を移す。


彼の腕は、そこにはなかった。


引きちぎられ、無惨に潰れた切断面から、血が四方八方へと噴き出している。


遅れてやってきた狂気的な激痛に、トーリンの理性が吹き飛んだ。


彼は体を二つに折り曲げ、出血する肩を左手で押さえ込む。


そして、絶望的で背筋の凍るような悲鳴が、野営地を引き裂いた。


「しーっ。落ち着け、叫ぶ必要はない」


まるで癇癪を起こした子供をあやすかのように、フェラミールは優しく言った。


恐怖にむせび泣きながら、トーリンは知る限りのすべての呪文を狂ったように詠唱し始めた。


残された左の掌で火花が散り、周囲の空気が混沌としたマナの奔流で沸騰する。


彼は火球や氷の矢をルシウスに投げつけ、運動エネルギーの障壁を展開しようと試みた。


だが、すべての魔法は、彼の指から放たれた瞬間に、鈍い火花となってただ虚空に霧散していく。


ルシウスは微笑み続けていた。


二本目の刃の無造作な一振りで、彼はトーリンの左腕をも綺麗に斬り落とした。


新たな、身の毛もよだつような絶叫が、道の静寂を切り裂く。


血を流し、無力に痙攣しながら、力尽きたトーリンは膝から崩れ落ちた。


「俺たちの力の差がわかったか?」


フェラミールが歩み寄る。


「さあ、己の弱さを噛み締めながら死ね」


トーリンは狂ったように首を横に振った。唇は震え、目からは涙がこぼれ落ちる。


何が現実で何が幻覚なのか、起きていることの理解を完全に失っていた。


「い、いやだ……い、嫌だ……」


彼はかすれた声で、ほとんど聞き取れないほどに絞り出した。


電光石火の剣閃が、彼の首を刎ね、その命を絶ち切った。


フェラミールは屈み込み、泥の中を転がるトーリンの頭部を髪の毛ごと拾い上げた。


顔に張り付いた恐怖の表情を一秒だけ冷淡に見つめ、忌々しそうに放り捨てる。


踵を返し、ルシウスは動きを止めた馬車へとゆっくり歩き出した。


部隊の護衛たちは、未だにその場に立ち尽くしている。


フェラミールはラウアンに近づき、その内ポケットに手を入れて、手紙の入った分厚い筒を引き抜いた。


書状をジャケットにしまうと、ルシウスはポケットから複雑な構造の小さな円形デバイスを取り出した。


彼はしゃがみ込み、それを馬車の底面に直接取り付ける。


ガジェットが小さな電子音を発した。


次の瞬間。馬車、静止した傭兵たち、そして馬たちの周囲数メートルの地面が、深い紫色に染まった。


眩い閃光――そして、その領域にあったすべてのものが消え去った。


ルシウス・フェラミールは、ずっと地面に深く突き刺さったままになっていた最初の剣へとゆっくり歩み寄った。


柄を引き、土から刃を抜き放つと、流れるような動作でそれを鞘に収める。


彼の真紅の瞳は、地平線の彼方、遠くのどこかを見据えていた。


「すぐに会えるさ、ウェイランド伯爵……」


道の完全な虚無に向かって、ルシウスは半ば笑みを浮かべながら静かに呟いた。

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