第17話:完全なるフラッシュ
焼け焦げた絶縁体と、苦い軟膏の臭い。
それが、昨日の「勝利」が残したすべてだった。
俺はベッドに横たわり、包帯が巻かれた自分の両手を見つめていた。
指先が、まるで自分のものではないように思える。
もっとも、無理もないことだった。
本来なら霧散しているはずの環境下で、『生きる意志』が俺の肉体組織を文字通り再構成したのだから。
ゼノは部屋の隅に座り、自分の装備を点検していた。
「一時間後には奴らがここに来る」
彼は振り返りもせずに言った。
「リヒターは回復を待ってくれるような男ではない。奴にとってのお前は、無限の容量を持つバッテリー(蓄電池)に過ぎんからな」
「バッテリー、か……」
俺は上体を起こそうと抗いながら、かすれた声を漏らした。
「自分の評価はいろいろ聞いてきたが、俺の本質はどこまでいっても技術者だ」
無理やり脚を床へと下ろす。
猛烈な眩暈が襲い、視界がぐるりと回った。
正面の気密扉から堂々と脱出することなど不可能だった。
教団はすべての昇降機を掌握している。
だが、『下層地平』には一つの特異な構造があった。
テクニカル・ドレイン(技術用排水路)だ。
進入点:第三冷却系統の排水シャフト。
問題点:油圧シャッターが磁気ロックによって閉鎖されている。
解決策:配電盤に局所的な共振を引き起こし、自動制御システムに強制的な緊急排出を実行させる。
「ゼノ、ギルの制御盤まで行く必要がある。ほんの三分でいい」
俺はこみ上げる吐き気を抑え込みながら、ベッドの縁を掴んだ。
「まともに立てもせんくせに、アイロン」
「なら、俺を引きずってでも連れていってくれ」
あと一歩のところだった。
ギルの作業場には誰もいなかった。おそらく定期巡回にでも駆り出されたのだろう。
俺は操作端末へ崩れ落ちるようにへばりつき、血に染まった包帯越しに、震える指先を鍵盤の上で躍らせた。
脳が断続的に駆動し、記憶の底から設計図の断片を強制的に引き出していく。
システムログ:
『致命的なエラー:セクター4-Bにおいて過負荷を検知。
対応:緊急排出バルブを開放します――』
「そこまでだ!」
リヒターの声が、俺の神経を鋭く鞭打った。
彼は二人の護衛を引き連れ、出入口に立っていた。
その手には、例の記録用結晶が握られている。
「失望したよ、ゼノ。計り知れない有用性を証明したばかりの道具を、破壊しようとするなど。アイロン、コンソールから離れろ。お前には次の段階が待っている」
一歩退く代わりに、俺は最後のコマンドを入力した。
「リヒター」
俺は奴の方を振り向いた。
「『生きる意志』は、ギフト(恩恵)なんかじゃない。呪いだ。そして今この瞬間、あんたはその理由を身をもって知ることになる」
俺は配電盤の、被覆の剥き出しになったケーブルへと手を触れた。
『下層地平』の全エネルギーが排水系統へと一気に流れ込み、磁気ロックを破砕し、教団の制御基盤を過負荷で焼き切っていく。
「走れ!」
ゼノが俺の脇を抱え上げながら叫んだ。
作業場が爆発炎上するコンマ一秒前、俺たちは排水管の暗闇へと身を投げ出した。
化学物質の溶け込んだ冷たい水が瞬時に包帯へと染み込み、狂気じみた激痛を呼び起こす。
激流と死闘を繰り広げること三十分、俺たちはようやく地上へと這い出た。
湿った草の上に大の字になり、灰色の空をただ見つめる。
ゼノが隣にどさりと腰を下ろした。彼は青ざめた顔で、長い間俺を凝視していた。
「二度とするな」
ようやく老人が口を開いた。
「二度と己の肉体を導体にするな、い
いな?」
「だが、逃げ切れた」
俺は自分の両手に目を落とした。包帯は引きちぎれ、皮膚は赤黒く変色し、無数の細かい亀裂が入っている。
「分かっていないな、アイロン」
ゼノは疲弊しきった声で言った。
「今までは教団がただお前に興味を抱いていただけだ。……だが、これでお前は奴らにとって完全な『脅威』となったのだぞ」
俺は目を閉じた。
『生きる意志』が不気味に拍動し、血液中から最後の糖分まで残さず搾り取っていく。
そして、一つの思考がどうしても頭から離れなかった。
(どうして、こんなことになってしまったんだ。……もしあの時、別の選択をしていたら)
三日前――。




