第144話:背後の影
キャンプの朝は、煙とよどんだ冷気の匂いがした。
アイアンは車椅子に座り、天幕の主柱に肩を預けていた。
どこかの木箱から剥ぎ取った広い松の板が、彼の膝の上に置かれている。
線は歪んでいた。
炭の欠片は絶えず砕け、油じみた不揃いな線を残していく。
アイアンは単純な滑車ブロックの設計図を描こうとしていたが、指先が思うように動かなかった。
「暗すぎるわ」
板の真上に浮き上がりながら、エリリアが甲高い声をあげた。
彼女はさらに眩しく発光し、木肌を死人のような緑色の光で満たした。
炭のクズが落とす影が伸び、設計図は灰色のシミの集まりに変わってしまう。
「光を落としてくれ」
アイアンはかすれた声で呟いた。
「眩しい」
エリリアは不満そうに顔を膨らませ、輝きを抑えたが、その場から離れようとはしなかった。
天幕にノアが入ってきた。入り口に湿った枝の束を放り出す。
彼のジャケットは朝霧を吸って、すっかり湿り気を帯びていた。
「ダーウィンが工場の跡地でワイヤーを探してる」
ノアは近づき、板の上の殴り書きを覗き込んだ。
「これは何だ?」
「昇降機だ。重い梁を運ぶときに、無理をして体にガタをこさせないためだ」
アイアンは炭を置き、煤で汚れた手で眉間をこすった。
「ノア、ちょっと考えていたんだが……カシアンのことだ。爆発の後、誰かあいつを見たか?」
ノアはズボンで手を拭き、陰鬱に首を振った。
「忘れろ。あの倉庫の地下は、10メートルのコンクリートの下に埋まってる。火の手が住宅街に届く前に、まず天井が崩落したんだ」
「つまり、まだそこにいるってことか?」
アイアンが確かめるように言った。
「即死しなかったとしても、粉塵で換気口が詰まって窒息しただろうさ」
ノアは肩をすくめた。その声には一切の感情がこもっていない。
「誰も探しには行かない。生きてる奴らのためのシャベルさえ足りないんだ。死体を掘り起こす余裕なんてない。問題が一つ減っただけだ」
「そうか」
アイアンは再び炭を手に取った。
彼は板に向かい、無理やり腕を動かして直線を引こうとした。
天幕の外では、こぼれた粥を巡って誰かが激しく罵り合っている。
隣の寝台から、重く湿った咳が聞こえた。
これまで目を閉じて横たわっていたウェイランドが、ゆっくりと顔を向けた。
青白い顔は冷や汗で光り、胸の包帯には黄色っぽい浸出液が染み出していた。
アイアンは炭を置いた。
「伯爵」
アイアンは車椅子を回転させ、かすれた声で呼びかけた。
「エリアスとの戦いで、どうやって生き延びたんです? それを耐え抜いたとしても、あの爆発でひとたまりもないはずだ」
ウェイランドは顔をしかめ、折れた肋骨に響かないよう慎重に息を吸った。
「見逃されたのだ」
伯爵はまっすぐ前を見つめたまま、淡々と答えた。
「惨めな話だがな」
「どういう意味です?」
アイアンは眉をひそめた。
「あいつの狙いはあなたではなかったと?」
「奴には別の目的があった」
ウェイランドは粘りつく唾液を苦しげに飲み込んだ。
「それが何なのかは、見当もつかん」
伯爵は目を閉じた。
「その後、私は這った。腕だけで、砕けたレンガに指を突き立てながらな。あの場所から離れた、外縁の古い倉庫まで辿り着いた。コンクリートの床板の下に潜り込み、アルベルトに見つけられるまでそこに横たわっていたのだ」
「なるほど」
彼は再び、崩れやすい炭を握った。
絶え間ない緊張で腕はこわばっていたが、彼は無理やり、もう一本の太く歪んだ線を板に引いた。
「ノア、ダーウィンに急ぐよう伝えてくれ」
図面から目を離さないまま、彼は呟いた。
天幕の垂れ幕が上がり、湿ったすきま風が入り込む。
ヴァルターが入ってきた。
彼は黙ってアイアンの車椅子に近づき、炭で汚れた板を見つめた。
「これは何だ?」
ヴァルターが低い声で尋ねた。
アイアンは手の甲で額の汗を拭い、青白い顔に煤を広げた。
「旧市庁舎の近くの交差点だ」
彼は板の上の歪んだ四角を汚れた指で指した。
「そこの床の支持梁は、曲がった鉄筋一本で支えられている。それを叩き落とせば、ファサード全体が崩れ落ちる」
ヴァルターは目を細め、黒い線の混じり合いを凝視した。
「崩落を起こそうというのか? 誰が梁を叩き落とす?」
アイアンは「市庁舎」から板の端へ向かって、不揃いな線を引いた。
「ダーウィンが馬の膝の高さにスチールワイヤーを張る。ワイヤーの端は固定用のピンに繋ぐ。騎兵がワイヤーに引っかかれば、ピンが抜ける。3トンのコンクリートと錆びた鉄が、奴らの頭上に真っ逆さまさ」
キャプテンは図面からアイアンへと、重い視線を移した。
「相手が徒歩で来たらどうする?」
「そのときは、ここで落ちる」
アイアンは板の別の場所を指さした。
「商人街の地下室は陥没しかけている。そこの床板は薄い。灰や瓦礫で埋めて、道がまともに見えるように偽装する。鎧を着た人間の重みがかかれば、足場は崩落する。ノアに底へ尖らせた鉄筋を敷き詰めさせればいい」
椅子の背もたれに座っていたエリリアが、身震いして自分の体を抱きしめた。
ヴァルターはゆっくりと顎をこすった。
「罠、落とし穴、落石か……汚いやり方だな」
「その通りだ」
アイアンは空虚な視線を彼に向けた。
「俺たちはネズミの戦法で行く」
キャプテンは頷いた。
「ダーウィンが工場からケーブルのボビンを持ってきた」
彼は出口の方を向きながら言った。
「図面をくれ。地面が完全に凍りつく前に、連中に穴を掘らせる」




