第139話:塵と灰
朝は無色だった。
陽光も、爽やかな空気も運んではこない。
あるのはただ、焼け焦げた石とオゾンの臭いが染みついた鉛色の靄だけだった。
灰は降り続いている。
ドルンハイムの廃墟の上に、灰色のふかふかとした層となってゆっくりと降り積もっていく。
ヴァルターはクレーターの縁に立ち、底を見下ろしていた。
すり鉢の底は黒いガラスの皮膜で覆われ、そこからはまだ、かすかな白い蒸気が立ち上っている。
キャプテンは自身の両の掌を見た。
皮膚は無数の小さな火傷に覆われ、爪は血が滲むほどに剥がれ、指先は震えていた。
彼は短くなった煙草を吸い込んだが、煙草の味はしなかった。
ただ、唇にこびりついた塵の苦味だけを感じた。
「ヴァルター」
背後から、掠れた声が響いた。
キャプテンは振り返る。
アルベルトが、砕けたレンガの上を重い足取りで歩いてくるところだった。
「何人だ?」
ヴァルターは短く尋ね、吸い殻をクレーターへと投げ捨てた。
アルベルトは口元を片手で覆い、咳き込んだ。
「点呼した結果、自分の足で立てる者が四十三人。重傷者が約三十人。残りは……」
彼は瓦礫の山の方へと、力なく手を振った。
「残りはまだ数えていない。南翼棟の下は、おそらく死体だけだろう。仮に爆発を生き延びた者がいたとしても、昨晩のうちに塵に埋もれて窒息したはずだ」
ヴァルターは頷いた。
「水は?」
「最悪だ」
アルベルトは肩の痛みに顔をしかめた。
「主水道管はリアクターごと蒸発した。東の城壁沿いの井戸は埋まり、広場の井戸は焦げ臭さと化学薬品の悪臭がする。到底飲める代物じゃない。男を二人、川へ向かわせたが、この廃墟を越えて行くには片道一時間半はかかる。もっと近い水源を見つけられなければ、夕方には脱水症状で譫妄が始まるぞ」
街の区画が針葉樹の深い森とぶつかる北の境界。
その倒木の上に、ノアは激しく息を切らして座っていた。
肩から手首まで無残に破壊され、引き裂かれた傷跡に覆われた右腕が、膝の上に置かれている。
皮膚は内出血で青黒く変色し、所々内部の圧力で弾けていたが、腕自体は辛うじて繋がっていた。
落下の衝撃と発砲の反動をまともに受けた左肩は、わずかに動かすだけで鋭い激痛を訴えてくる。
エリリアは少し離れた、古い松の木の木陰に横たわっていた。
意識を失っていても、彼女はこの森の一部であるかのようだった。
灰の層に覆われているにもかかわらず、彼女の即席の寝床の周囲だけは、草がより鮮やかに、青々と茂っていた。
「ノア、やめろ」
街の側から歩いてきたアルベルトが声をかけた。
ノアが左手だけでテントのペグを打ち込もうとしているのが見えたのだ。
「人手を寄越す。お前は座って、動くな」
ノアは重い視線を彼に向けた。
瞳孔は点のように収縮し、両目は充血している。
「雨が降る前に、天幕を張らなきゃならない。灰が濡れて泥になり、傷口に入り込めば、あいつらは夕方までもたない」
アルベルトはため息をつき、自身の肩の痛みも構わず、ノアの手からハンマーを取り上げた。
「座れと言ったんだ。お前はもう、十分にやった」
彼は、こちらを見ていた者たちの集まりへと振り返った。
「よし、そこの二人。ここに天幕を張れ。慎重にな。それと、綺麗な布を探してこい。水を濾過し、負傷者の傷を縛る必要がある。残りはヴァルターのところへ行け。第四倉庫の瓦礫の撤去を始める。あそこの缶詰が無事なら、今日は飯にありつけるぞ」
男たちは頷き、ゆっくりと作業に取り掛かった。
正午頃には、埃も少しだけ落ち着いていた。
ヴァルターは「グリーンゾーン」へと向かった。
エリリアが爆発の後でさえ無意識のうちに生かし続けたその森の一角を、民兵たちはそう呼ぶようになっていた。
彼は、ウェイランド伯爵の寝床の傍らにしゃがみ込んだ。
伯爵は身動き一つせず横たわり、髪は固まった血でべっとりと張り付いていたが、その脈拍は驚くほど穏やかだった。
「状態は?」
キャプテンは振り向かずに尋ねた。
アルベルトは工具箱の上に座り、必要な薬品のリストを作ろうとしていたが、顔を上げることはなかった。
「ウェイランドは安定している。エリリアは……眠っているだけだ。エネルギーが枯渇している。だが、アイアンは……」
アルベルトは、アイアンの方を見て言葉を切った。
「重度の熱傷と、魔力的な完全枯渇だ。加えて、あの忌々しい義肢からの神経へのダメージ。仮に意識が戻ったとしても、ヴァルター……奴が二度と歩けるようになるかは分からない。パルスが脊椎を直撃しているんだ」
ヴァルターは黙ってアイアンを見つめていた。
アルベルトがノアに水筒を差し出した。
「飲め。血を造らないと駄目だ」
ノアはそれを受け取った。
その指先は、黒い土と煤で汚れていた。
夕方になると気温が急激に下がり、灰が凍り始め、石の上に脆い氷の皮膜を作り出した。
民兵たちは、破壊された家屋から引っ張り出した家具の破片や寄木張りの床材を使って、焚き火を起こした。
空気が、ありふれた薪の煙の匂いで満たされていく。
「グリーンゾーン」の焚き火のそばに、三つの人影が座っていた。
ヴァルター、アルベルト、そしてノア。
完全に疲労困憊したダーウィンは、冷たい土の上で丸く縮こまり、そのまま眠りこけている。
「明日から、道具の棚卸しを始める」
アルベルトは炎を見つめながら静かに言った。
「石灰を見つけ出さなきゃならない」
「俺は周辺の哨戒を編成しよう」
ヴァルターが付け加えた。




