第130話:雷を造る者
俺はもう三日も眠っていない。
こめかみで重い血管が脈打っている。
ルモンを通じて、俺はこの街を自分の神経系のように感じていた。
作業には都合がいいが、精神を酷使する。
オゾンの金属的な臭いが、俺の相棒になっていた。
どこにでもある。
水の中、パンの中、空気そのものの中に。
黒鉛のグリースで汚れた手を使い古したエプロンの端で拭い、俺は目を上げた。
ドルンハイムの上に夕闇が垂れ込める。
軒先に沿って配線された銅の筋を、柔らかな群青色の輝きが走る。
それがどれほどの異常なエネルギー量を湛えているのかを知らなければ、美しく見えただろう。
「アイアン師、まだあそこにいるんですか?」
下からダーウィンの声がした。
俺は最も高い場所、狭い足場の上にいた。
冷たい風が吹きつける。
俺たちは古い鐘楼を『雷鳴』へと改造していた。
図面の上では『共振焦点アレイ第1号』という名前だが。
「ここにいなくてどこにいる? ダーウィン」
俺は応えた。
「第3回路の高圧バルブは固定したか?」
「固定しました」
少年が息を切らして登ってくる。
「でも、圧力計が暴れていて。エリリアが、根がこの負荷に耐えられないんじゃないかって心配しています」
「彼女に伝えろ。栄養剤を惜しむなと。植物だけが、このレンズを冷却する唯一のチャンスなんだ」
俺は再び『雷鳴』を見上げた。
磨かれた青銅と浄化された結晶で構成された巨大な構造物は、空に向けられた巨大な眼のように見える。
その役割は、エーテル内の魔導的攪乱を捉え、街の『心臓』を通じて増幅し、『鏡像』のインパルスとして撃ち返すことだ。
一時間後、俺たちは会議場へ降りた。
ウェイランドが待ち構えていた。
ヴァルターが書き込みをした地図を覗き込んでいる。
ノアはいつも通り、一番暗い隅で壁を背にしていた。
「シュタインは国境へ去った」
ウェイランドが前置きもなく切り出す。
「だが、俺の部下が山中に信号弾を見た。奴らは妨害工作の失敗をもう知っている」
「ああ、知っているさ」
ノアが口を開いた。
「魔導院の討伐艦隊が三日前に王都を出た。エーテル結晶を積んだ戦列艦が十二隻。それに、異端審問官を乗せた強襲用ハシケだ」
ヴァルターが悪態をつき、拳を机に叩きつける。
「十二隻だと? 一つの軍隊じゃないか。民兵隊が壁を守り切れたとしても、飛行要塞には無力だ」
「魔導師どもには弱点がある」
俺は机に歩み寄り、『雷鳴』の有効範囲を示す線の上を指でなぞった。
「奴らの艦は、魔導場との共振で空中に浮かんでいる。この地点で『ホワイトノイズ』のエリアを生成すれば、奴らの結晶はただ弾け飛ぶ」
「上手くいけば、の話だがな」
ノアが冷ややかに指摘する。
「魔導師たちは『サイレンサー』を積んでいるはずだ。対消滅用の固定アーティファクトだ。奴らは危険領域に入る前に、街の『心臓』を強制停止させるつもりだ」
「本当にできると思っているのか?」
俺は鼻で笑った。
「『心臓』は、奴らには測定すらできない周波数で動いているんだ」
会議の後、俺は工房に残った。
左肩がうずく。
義肢と肉体の継ぎ目にある古い傷が、絶え間ない緊張で炎症を起こしていた。
「おい、動くな」
厳しい声がした。
振り返ると、ドアのところにいつもの鞄を持ったアルベルトが立っていた。
彼は俺を腰掛けさせ、ベルトを外し始めた。
「魔導師が来る前に自分を墓穴に埋める気か、アイアン」
彼はぶつぶつ言いながら、炎症を起こした肌に、臭いはきついが冷たい軟膏を塗り始めた。
「食っているのか? 眠っているのか?」
「休む暇はない。レンズの同期を終わらせないと」
「……薬を塗ってくれてありがとう」
俺は市庁舎の塔へと戻った。
夜は冷えたが、『雷鳴』の機構からは確かな熱が伝わってくる。
メイン・ディストリビューターの傍らで、ダーウィンとエリリアが待っていた。
「テストインパルス、準備はいいか?」俺は尋ねた。
「怖いです」
ダーウィンが正直に告白する。
「東区のケーブルが焼き切れたらどうするんですか?」
「その時は、あそこの絶縁体がお粗末だったと分かるだけだ」
俺は制御パネルに手を置いた。
目を閉じ、深く息を吸い込む。
起動。
[警告:エネルギー流が想定値を15%超過]
[同期:89%……94%……100%]
「インパルス!」俺は叫んだ。
市庁舎の頂が震える。
細く明るい群青色の光線が天を突き、雲を切り裂いた。
光線はわずか一秒しか持たなかった。
だが、それで十分だった。
俺はパネルから手を離し、膝から崩れ落ちた。
荒い息を吐く。
「アイアン!」
エリリアが駆け寄り、魔法で俺を支えた。
「大丈夫?」
俺は首を振って意識を繋ぎ止める。
徐々に視界が戻り、こめかみの鼓動も静まった。
「大丈夫だ。ただ……ちょっとした過負荷だよ」
無理やり立ち上がり、欄干へと歩み寄る。
地平線の赤い点が、わずかに明るさを増していた。
「来ましたね」
隣でダーウィンが静かに言った。
「ああ」
俺は今も唸りを上げている待機モードの『雷鳴』を見つめた。
「休め」
俺はダーウィンとエリリアに命じた。
「明日は、全員の力が必要になる」
「あなたは?」
エリリアが俺を不安げに見つめる。
「図面をもう一度確認する」俺は答えた。
「計算のどこかに、3%の誤差が潜んでいるはずだ」
(嘘をついてすまない。本当は、目を閉じてまたあの『心臓』の深淵から手招きする、果てしない蒼を見ることが怖いんだ)
俺は心の中で呟いた。
息を吐き、俺は『雷鳴』の傍らに腰を下ろした。
「さて、『雷鳴』……塔は完成だ。あとはエリリアの噴水だけだな」
俺は星を見上げながら、そう呟いた。




