第123話:デッド・センター
衝撃で呆然となったダーウィンは、震える手で緊急放出レバーを掴んだ。
そのまま、灼熱のボイラーの覆いにゲロを吐き散らした。
「ノア……」
舌もろくに動かせず、彼は喘いだ。
「ノア、逃げろ。奴ら……俺たちを解体するぞ」
ノアは既に出口にいた。
兵員室の薄闇の中で、その瞳が鈍く深紅に発光している。
サイドハッチが轟音と共に開いた。
過熱蒸気の濃い雲が噴き出し、魔術師たちの目から彼を隠した。
管理官カシアンが演壇に立つ。
その声は絶叫に裏返っていた。
「殺せ! 焼き払え! 第二防衛線を展開しろ!」
第一線の魔術師たちが必死に呪文を紡ぎ始める。
空気が火花で埋め尽くされ、純粋な光の刃が形作られていく。
最初の魔術師は、悲鳴を上げる間すらなかった。
短い刃が顎の下を貫き、魔法の鎧を無力化した。
二人目が防壁を築こうとする。
だが、刃はそれを紙のように通り抜けた。
その時。
ドルンハイムの方角から、数百もの蹄の音が響き渡った。
「ドルンハイムに栄光を!」
ヴェイランド伯の声が、戦場の轟音を切り裂いた。
黒く染まった鋼鉄を纏う伯爵の重騎兵団が、魔術師たちの側面を蹂躙する。
ヴェイランドは最前列を疾走していた。
エリリアが戦場の上空を漂う。
その顔は怒りで歪んでいた。
「愚か……浅ましい……」
彼女が両手を振るう。
濃密な灰色の霧が戦場を飲み込んだ。
この霧の中、ヴェイランドの衛兵たちには敵が鮮やかな熱源として視認できる。
学院の魔術師たちは盲目となり、混乱の中で灰色の霧に向かって無様に攻撃を繰り返していた。
「食らいなさい」
彼女がくすくすと笑う。
雑草の根がうねり、退却する兵士たちの足首に絡みついていく。
カシアンは自分の部隊が惨殺される光景を目にしていた。
陣営の只中で、岩のように鎮座する『猪』を見つめる。
彼はローブから奇妙な遺物を取り出した。
星銀の鎖が絡みつく、黒く脈動する球体。
それを、足元の地面に叩きつけた。
ドルンハイムの空が、瞬きする間に藍黒紫へと染まった。
純粋かつ濃縮された重力エネルギーの柱が、耳をつんざく咆哮と共に雲から降り注ぐ。
それは細い針のように見えたが、周囲の空間を歪め、押し潰していく。
「ノア! 逃げて!」
エリリアが絶叫し、盾を形成しようとする。
ノアは硬直し、空を見上げた。カシアンを仕留めようと身を翻す。
だが、針はドルンハイムの街そのものを貫いた。
都市の南西部――古い倉庫街と労働者たちの住居が密集していた地区――が、内側へと陥没する。
家々が崩れ去る。
砂塵が空へと舞い上がった。
「嘘よ……」
エリリアが空中で、膝から崩れ落ちた。
衝撃波が陣営を襲い、騎兵も残った魔術師もまとめて吹き飛ばした。
呪文の代償で枯渇したカシアンが泥の中に転がり落ち、狂ったように笑い声を上げる。
半刻後、全てが終わっていた。
霧が晴れる。
学院の陣営には死体が散乱していた。
煤に塗れたヴェイランドの衛兵たちが、捕虜を一箇所に引きずり集める。
管理官カシアンが手枷を嵌められ座り込んでいた。
顔は殴打で腫れ上がっていたが、その瞳にはなおも勝利の光が燃えていた。
ダーウィンとノアがアイアンをトラクターのキャビンから運び出す。
踏み荒らされた草の上に広げた外套の上に、彼を横たえた。
「医者だ! アルバート、早くここへ!」
ダーウィンが恐怖に震えながら怒鳴り声を上げる。
アルバートが街の方角から駆けてくる。
門の瓦礫をかき分け、老人は息を切らしていた。
白衣は破れ、走るたびに鞄から包帯が零れ落ちる。
アイアンの傍らに膝をつき、脈を確認し、瞼を持ち上げた。
「触るな、アルバート」
ノアが制した。
「理解できんものを治療しようとすれば、事態を悪化させるだけだ」
ヴェイランド伯が歩み寄る。
アイアンを見下ろし、次いで街の破壊された区画へと目を向けた。
今なお黒煙が立ち上っている。
「ドルンハイムの一部が消えた」
伯爵が重々しく呟く。
「穀物庫も、兵舎も、十数軒の住居もだ」
ヴェイランドがアルバートを振り返る。
「こいつは生きるのか?」
「分かりません、閣下。脈は安定していますが、体温が低下しています。屋内に運ばねばなりません。温かい場所へ」
伯爵が頷く。
衛兵たちがカシアンを連行していく様を、冷徹な目で見つめていた。
「これが貴様の望んだ『浄化』か、管理官? 学院は今日、この地で自らの死刑宣告書にサインしたのだ。報告書は私が直々に王へ届けてやる」
カシアンが血を吐き捨てる。
「これはほんの始まりに過ぎんぞ、ヴェイランド。貴様ら全員、あの小僧が作り出した影の中で焼き尽くされることになる」
「黙らせろ」
ノアが冷たく言い放った。
アイアンが担架で街へと運ばれていく。
エリリアがその後に続く。
彼女の輝くようなドレスは、今は色褪せ、どんよりと暗い。
ダーウィンは傍らに寄り添い、担架の縁を白くなるほど握りしめていた。
「戻ってこい、アイアン。聞こえるか? 俺たちはまだ噴水を完成させてないんだ。塔も建ててないだろう……頼むから。目を覚ませ」




