第120話:強者の権利
俺は南の胸壁に立ち、左手を石についていた。
「アイアン、奴ら近いぞ。土煙が収まった。歩調を緩めてる」
真後ろからノアの声がした。
「数は?」
俺は振り返らずに尋ねた。
「騎兵が五十七。紫の外套を着た魔導院の奴が三人。それと……一人、黒ずくめで銀の杖を持った奴がいる。先頭だ」
鋭い突風が頭上を吹き抜けた。
耳がキーンと鳴る。
頬に微かな感触があった。
風の音を縫うように、彼女の声が脳内に響く。
『あの黒い服の男……監視官のカシアンよ。鞄の中に封印指定の巻物を持ってる』
「ダーウィン!」
俺は下に向かって叫んだ。
「一番と三番の砲のカバーを外せ! 橋に向けろ! 火薬は装填するな。ただ砲身だけを見せつけろ!」
「気でも狂ったか!?」
ダーウィンが油まみれのレンチを振り回しながら広場に飛び出してきた。
「大砲なんか見せたら、宣戦布告になっちまうぞ!」
「言われた通りにしろ」
俺は彼を怒鳴りつけた。
迎賓館の重厚な扉が開いた。
ウェイランド伯爵がポーチに姿を現す。
背後にはヴァルターが続いている。
伯爵は城壁を見上げた。
俺と目が合うと、わずかに、しかし鋭く首を横に振った。
「アイアン親方」
彼は声を落として言った。
「その筒をしまえ。降りてこい」
俺は一瞬躊躇したが、ダーウィンに合図を送った。
彼は再び砲身にカバーを被せた。
門のところで奴らを迎え撃つ。
俺、ウェイランド、ヴァルター、そして俺の背後に隠れ、上着を軽く引っ張っているノア。
部隊は十歩手前で停止した。
馬が鼻を鳴らす。
蹄が石畳から火花を散らす。
監視官カシアン――いかにもな面構えをした、痩せこけた老人だ。
「魔導院および最高評議会の名において」
彼は口を開いた。
「ドルンハイムを『歪曲指定区域』と認定する。我々は禁忌の機械を没収し、『親方』アイアンを拘束するために参った。いかなる抵抗も、即刻死罪とする」
紫の外套の魔術師たちが、一斉に腕を上げた。
「親方」
ノアが囁いた。
「左の魔術師……背中に『蒼炎』の巻物を隠し持ってる。口を開けば、あいつが真っ先に撃ってくるぞ」
俺は押し黙った。
内臓が縮み上がる。
伯爵が一歩前に出た。
杖を反対の手に持ち替える。
「監視官カシアン」
ウェイランドが言った。
「奇遇だな。まさか『純潔局』が、俺の私有地にあるただの村の鍛冶場を視察して回っているとは知らなかった。道にでも迷ったか? 首都はあっちだぞ」
「ウェイランド伯爵。あなたがここにいるとは嘆かわしい。伯爵家の名折れですぞ。我々は、エネルギーを使用しない装置についての報告を受けている。『調和の第二勅令』に対する明白な違反だ」
「報告だと? 誰からのだ?」
「我々は冗談を言いに来たわけではない、伯爵」
カシアンは銀の杖を掲げた。
「そこをどきなさい。アイアンは拘束する」
ウェイランドの顔が氷のように冷たくなった。
「よく聞け、監視官。この街――ドルンハイムは、正式に俺の『科学保護区』に指定されている。これが、一週間前に王室書記局で認証された特許状だ」
ヴァルターが書類挟みから重々しい印章のついた巻物を取り出し、カシアンの前に突きつけた。
だが、カシアンは一瞥もくれなかった。
「書記局の印章など、異端の前では何の意味も持たん」
「では、論理はどうだ?」
ウェイランドはカシアンに歩み寄り、距離を詰めた。
「お前たちはアイアンを勅令違反で告発している。だが勅令にはこうある。『魔導院の管理外における魔法の使用を禁ず』。いいか、強調しておくぞ。魔法、だ」
伯爵は俺の方を向いた。
「アイアン、奴らに手を見せてやれ」
俺はポケットから右手を引き抜いた。
親衛隊と魔術師たちが後ずさる。
「鉄だ」
ウェイランドが言った。
「ただの鉄だ。マナなどない。エネルギーもない。お前たちの管轄にあるものなど、ここには何一つない。金床をハンマーで叩いたからといって、鍛冶屋を逮捕するつもりか?」
ウェイランドの声は、今や物理的な重みを持っていた。
それは文字通り、彼らの間の空気を絞り出すほどの圧だった。
「法は法だ。装置が魔法によるものでないなら、お前たちには関係のない話だ。魔法であるという証拠もなしに、俺の領地で俺の技術官を逮捕しようとする行為……それは王冠に対する反逆だぞ。俺にこの権利を与えた、その王冠に対するな」
カシアンの背後で、魔術師たちがざわめき始めた。
「完全な査察の令状を持って出直してやる」
カシアンは吐き捨てるように言った。
「お待ちしておりますよ」
ウェイランドはわざとらしく、嘲るように一礼して答えた。
「取り返しのつかない過ちを犯しているぞ、ウェイランド」
監視官は囁いた。
彼は荒々しく馬を反転させた。
騎兵たちは来た時と同じように土煙を巻き上げながら、門から遠ざかっていった。
俺はウェイランドを見た。
彼は微動だにせず、去っていく部隊を見送っていた。
「ありがとうございます、閣下」
俺はようやく声を絞り出した。
「礼などいらん、アイアン」
「親方!」
ノアが俺の袖を引いた。
「門を見て」
俺は振り返った。
門の左側の扉、塗りたてのペンキの上に、青白いシンボルが浮かび上がっていた。
三角形の中に描かれた、眼。
『ビーコンを残していったのよ』
エリリアが耳元で鋭く囁いた。
「ノア、スクレーパーを持ってこい。削り落とせ」
俺はそう命じたが、ただのスクレーパーでは魔法の刻印が消せないことなど分かっていた。
「無駄な骨折りはやめろ」
ウェイランドが石畳を杖で突いた。
「残しておけ。良い戒めになる。工房へ戻れ、アイアン。あのカバーの下にあった武器……俺の元へ持ってこい」
「ダーウィン!」
俺は後ろを振り返って叫んだ。
「職人を全員集めろ。時間がないぞ――蒸気ラインを砲に回せ。それと……『トロイの木馬』の設計図を持ってこい」




