第119話:欺瞞の建築術
ドルンハイムの自分のベッドで迎える朝は、期待していたよりも遥かに不快なものだった。
ドアがノックされる。
ダーウィンだ。
彼が部屋に入る前から、その慌ただしく、少し不規則な足音で分かった。
「アイアン、起きてるか?」
ダーウィンが部屋を覗き込んだ。昨日よりもさらに酷い顔をしている。
「伯爵はもう起きてるぞ。彼とあの錬金術師、シャフトの入り口をうろついてる。ヴァルターが早く『見学ツアー』を始めろってさ」
俺は顔をしかめ、義肢の最後のストラップを締め上げた。
留め具がカチリと小さな音を立てる。
「第三層への通路は塞いだんじゃなかったのか?」
「それが問題なんだ」
家には誰もいないというのに、ダーウィンは声を潜めた。
「メインの隔壁はロックしたが、換気用の集合管はまだ開いてる。もしあのアラリックって奴がそこに振り子を突っ込んだら、工房からの空気の流れを感知されちまう。言っておくが、あそこじゃ今この瞬間も蒸気ハンマー三台と旋盤二台がフル稼働してるんだぞ」
俺は立ち上がり、軽く身体をほぐした。
「落ち着け。俺がなんとかする。お前は鍛冶職人たちが顔を出さないようにだけしておけ。下の騒音をかき消すために、上の工房でひたすら金床を叩かせ続けろ」
「分かった。そうする」
ダーウィンは頷き、足早に出て行った。
『ポイントNo.1』のシャフト入り口は人だかりになっていた。
ウェイランドの親衛隊が、炭小屋を幾重にも取り囲んでいる。
伯爵自身は、背中で手を組み、下降した床板の縁に立っていた。
隙がなく、警戒を怠らない佇まいだ。
その横では、錬金術師のアラリックが、水晶がじゃらじゃらとついた複雑な計器のレンズを磨きながらせわしなく動いていた。
「おはようございます、閣下」
俺は杖をつきながら彼らに近づいた。
「おはよう、アイアン親方」
ウェイランドが頷く。
俺は制御レバーへと歩み寄った。
「アラリック殿。その振り子はしまっておくことをお勧めしますよ。下の気流は非常に不安定だ……その水晶、割れてしまうかもしれません」
「親方。あなたの才能には敬意を表しますが、錬金術とは事物の本質を見極める学問なのですよ」
彼は眼鏡を押し上げながら答えた。
ウェイランドはただ鼻で笑った。
「放っておけ、アイアン。アラリックは頑固でな。玩具を失えば、いい教訓になるだろう。降りるぞ」
俺たちはプラットフォームに足を踏み入れた。
軽い衝撃と共に、油圧システムが俺たちを暗闇へと下ろし始める。
衛兵たちの掲げる松明の光が、シャフトの壁を闇から浮かび上がらせる。
完璧なまでに滑らかな、漆黒の複合素材。
次の区画を通り過ぎる際、ウェイランドはその表面を指でなぞった。
「驚異的だ」
彼は静かに呟いた。
「氷のように冷たく、ダイヤモンドのように硬い」
俺は注意深く壁を観察していた。
『リュモン』のおかげで、外装の下に走る熱回路の細いラインが見える。
『心臓』のシステムが、俺たちの存在に反応してゆっくりと目覚めつつあった。
これは危険だ。
プラットフォームが第一層で停止する。
俺たちは長い回廊へと足を踏み出した。
アラリックがすかさず計器を振り回し始めた。
「あっちだ! ありましたぞ!」
彼は回廊の分岐を指差して叫んだ。そこはまさに、俺たちの工房の換気口へと続く通路だった。
「あそこです、あの壁の向こうに!」
ウェイランドがその方向を見る。
彼の手が剣の柄にかかった。
「そこは危険エリアです」
俺は杖を突き出し、彼らの行く手を遮った。
「圧力の排気口だ。アラリック殿、このシューという音が聞こえませんか?」
俺は昨日ダーウィンと一緒に仕込んでおいた、床の出っ張ったパネルを悟られないように踏み込んだ。
鋭く、耳を劈くような破裂音が響く。
壁の隙間から、冷たい圧縮空気が勢いよく噴き出した。
アラリックは飛び退き、振り子を落とした。
クリスタルが床に激突し、甲高い音を立てて粉々に砕け散る。
「だから警告したでしょう」
俺は眉一つ動かさず、冷ややかに言った。
「ここは圧力のバランサーが稼働している。あと一歩踏み出していれば、あの気流で首が吹き飛んでいましたよ」
「圧力、か」
ウェイランドが呟く。
俺は彼らを迷路のような通路へと導き、意図的に最も遠回りのルートを選んで歩いた。
やがて、俺たちは第一層のメインホールに出た。
そこは巨大なドーム状の空間だった。
何十もの黒いコンソールが整然と並んでいる。
天井からは、空っぽのガラスの半球がぶら下がっていた。
「空っぽではありませんか」
アラリックがぶつけた腕をさすりながら、失望したように声を間延びさせた。
俺は中央端末へと歩み寄った。
「閣下。あなたの城では、システムが魔術師を『電池』として要求すると仰っていましたね。これが本来、どうやって機能すべきものなのかをお見せしましょう」
俺は外套の下から、導線のついた小さな金属の箱を取り出した。
俺たちがお手製で組んだガルバニ電池だ。
それを、端末の下にある窪みにあらかじめ用意しておいたスロットに差し込む。
右の掌をパネルに押し当て、接点をショートさせた。
ゆっくりと。
天井のガラス球の中に、均一な白い光が灯り始めた。
強烈な閃光にウェイランドは目を細めたが、すぐに目を見開いた。
「魔法なしで……」
コンソールの一つに近づきながら、彼が息を漏らす。
「アイアン親方、お前は本当に素晴らしい」
「これが俺の約束した未来です。魔法に依存しない、テクノロジー」
伯爵がゆっくりと俺を振り返った。
「お前がドルンハイムの独立にここまで固執した理由が、今ようやく分かったぞ」
その瞬間、足元の床がはっきりと揺れた。
遥か下方の深い闇から、鈍い音が響いてくる。
ドン……。
ドン……。
衛兵たちは恐怖に周囲を見回し、剣の柄を握りしめた。
ウェイランドは一歩も動かず、ただ手にした杖を少し強く握り直しただけだった。
「何の音だ?」
俺の目を真っ直ぐに見据えて、彼は尋ねた。
「起動に伴う反応です」
俺はすかさず嘘をついた。
「下層で負荷の再分配が行われている。システムが目覚めつつある証拠です、正常な挙動ですよ。ですが、戻った方がいい。今はまだ照明が安定しておらず、逆流が起きるかもしれない」
俺が勢いよく電池を引き抜くと、光は瞬時に消え去り、見慣れた松明の揺らめきへと戻った。
地上への上昇は、完全な沈黙の中で行われた。
ウェイランドは自分の思考に深く沈み込み、アラリックは熱に浮かされたように手帳に何かを書き殴っている。
俺はと言えば、疲労で膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えていた。
「アイアン親方!」
壁の方から、見張りが息を切らして駆け寄ってきた。
「閣下! 南の街道に……騎兵が!」
俺は血の気が引くのを感じた。
「誰だ? 伯爵の部下か?」
「いいえ」
見張りは生唾を飲み込んだ。
「『黄金の太陽と眼』の紋章旗を掲げています。それに――魔導院の執行官が同行しています。剣の数は五十を下りません」
(魔導院だと?)
鳥肌が総毛立った。
そして、張り詰めていた糸がプツリと切れる。
まさか、あのアカデミーが……いや、あり得ない。
ウェイランドはゆっくりと地平線の方へ振り向いた。
街道の向こうには、土煙の柱が立ち上っている。
「どうやら、お前の『光』の噂は、俺たちが思っていた以上に早く広まっているようだな、アイアン」
伯爵が静かに言った。
「ダーウィン!」
工房から飛び出してきた親友の姿を見つけ、俺は叫んだ。
「カバーを外せ!」




