第117話:黒きホールの鍵
ヴァルターの案内に従い、螺旋階段を上って城の最高塔へと向かう。
開放的なテラスには、すでに食卓が用意されていた。
ウェイランド伯爵は、袖をまくり上げた白いシャツ一枚という軽装で、簡素な椅子に腰掛けていた。
彼は手帳に素早く何かを書き留めながら、時折、銀製のコーヒーポットで押さえられた巨大な図面に目を落としていた。
「座れ、アイアン」
彼は顔も上げずに言った。
「コーヒーはまだ温かい。ヴァルター、席を外せ。それと、俺が呼ぶまで衛兵は誰も上げるなと伝えろ」
ヴァルターは一礼して退室した。
俺は伯爵の向かいに座り、カップにコーヒーを注いで一口すすった。
苦く、濃く、そしてひどく熱い。
今の俺に、まさに必要なものだった。
「俺の客室の寝心地はどうだった?」
ウェイランドはついにペンを置き、俺に視線を向けた。
「寝室は非常に快適でしたよ……」
「では、俺の地下室はどうだ?」
彼は言葉を遮った。
俺はカップを持ったまま、動きを止めた。
「お前の訪問に、俺が気づかないとでも思ったか?」
伯爵は薄笑いを浮かべた。
「侵入があってから十分も経たぬうちに、部下から報告が入っている」
「地下室、ですか」
俺はオウム返しに呟いた。
(気づかれるはずがない。不可能だ)
心の中で何度も自分に言い聞かせる。
「そうだ。お前の部屋を確かめさせた時、そこに姿はなかった。それに……あの『侵入』の手口は、あまりにも特徴的すぎた。これほどの精密さと論理性を持って動く奴は、この王国中を探してもお前以外にいない」
俺は沈黙した。
内心で、ノアを激しく呪っていた。
「信頼関係にヒビが入ったのは分かっているな?」
彼は静かに言った。
「それを取り戻すのは……容易ではないぞ」
「閣下」
俺はカップを置いた。
「不法に侵入したことは認めます。その点については、深く反省して……」
「言い訳はいい。本題に入ろう」
数秒の躊躇いの後、俺は口を開いた。
「閣下は、ただ空気を暖めるだけのために、あの恐るべきエネルギーシステムを使用している。その上、人間の脳を燃料のように燃やしている。それは……技術的に見て、あまりにも無知の極みだ」
伯爵は激昂し、両手を机に叩きつけて立ち上がった。
「俺があの『広間』を呼び覚ますためだけに、どれほどの年月を費やしたか分かっているのか!? 南部領は衰退し、魔法は枯渇しつつある。俺はこの地に安定を取り戻す方法を探しているんだ。そのためなら、一握りの無能な魔導師どもを焼き尽くすことになろうとも、俺は躊躇わん!」
「安定などしていません。閣下はあのテクノロジーの動作原理を理解していない。あれはコマンドを待っている状態だ。だから起動しない。あれに必要なのは『キー(鍵)』です」
「キーはドルンハイムにある。それは知っている。必要なら力ずくで奪うつもりだった。だが、そこにお前が現れた……お前なら、あのシステムと『対話』する手段になると思ったのだ」
「もし閣下の部下どもがプロセスの本質を理解せぬまま『ポイントNo.1』に踏み込めば、ドルンハイムは吹き飛びます。それだけでなく、この領地の半分も道連れにね」
「ならば、どう提案する?」
伯爵は目を細めた。
「俺が街をお前に明け渡し、ただ立ち去れと? お前のアドバイスごときで、俺が夢を諦めると思うか? 否だ。計画は変わらん。我が軍が街を占領し、アイアン親方、お前は監視付きで俺のために働くのだ」
「もっと良い提案があります。ドルンハイムを俺の完全な統治下に置かせていただく。その代わり、俺が閣下の筆頭技術官になりましょう。この城を近代化し、犠牲者を一人も出さずにあの『黒の広間』を起動させ、さらに武器を提供します。キーの捜索は共同で行いますが、主導権は俺が握る」
彼は再び椅子に腰掛け、自分にコーヒーを注ぎ足した。
ゆっくりと、カップから立ち上る湯気を見つめながら。
「三年だ」
彼は言った。
「ドルンハイムに三年の自治権を与えよう。だが、三年経っても結果が出なければ……」
「交渉成立です」
俺は机越しに手を差し出した。
「三日後にドルンハイムへ出発する」
ウェイランドは言った。
「『ポイントNo.1』の初期調査には、俺も直々に立ち会わせてもらう」
廊下ではノアが待っていた。
「どうだった?」
彼は短く尋ねた。
「家に帰るぞ」
俺は疲れた笑みを浮かべた。
「ただし、ウェイランドも一緒だ」
俺は一転して表情を曇らせた。
「それはいい。だがお前、説明しろ。なぜ俺の部屋に誰も入れないよう見張っていなかった!?」
ノアは不意を突かれたように瞬きをした。
「えーっと……いや、その時なら、衛兵たちの相手で少し手が離せなくてさ。何か問題でもあったか?」
「大ありだ。ウェイランドに俺たちの侵入がバレて、交渉が始まる前に決裂しかけたんだよ。お前には、そんな簡単な任務すら任せられないのか」
俺はため息をついた。
「いや……そこまでは考えてなかった……」
「言い訳は結構だ。それよりエリリアに伝えてくれ。先に向かえ、と。ダーウィンに『残された時間は三日だ』と知らせるんだ」
俺は冷たく言い放った。
「せめて、この仕事くらいはまともにこなしてくれることを祈るよ」




