表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/210

第114話:世界の枠組み

中央広場の敷き立ての石畳に、馬車の車輪の音が規則正しく響いていた。


俺は柔らかい座席に腰掛け、その贅沢さに居心地の悪さを感じていた。


手には真鍮製の重い筒を握り締めている。


――ダーウィンへの、俺からの最後の「贈り物」だ。


「俺が言ったことを忘れるな」


正門の前で馬車が止まったとき、俺は窓から顔を出した。


「これは新しい排水システムの設計図だ。だが、もし俺たちが二週間経っても戻らなかったら。あるいは、伯爵の連中が鍛冶場を完全に分捕ろうとしたら……その時は、第三区画を開け。そこに指示書が入っている」


「ご武運を、親方」


彼は静かに頷き、そう言った。


馬車が動き出す。


俺は背もたれに体を預け、遠ざかり、小さくなっていくドルンハイムの街並みを眺めていた。


「随分とお静かですね、アイアン親方」


向かいに座るヴァルターが、上品なグラスからワインをすすりながら言った。


「ご自分の……『最高傑作』と離れるのが、それほどお寂しいのですか?」


「ただ考えていただけだ」


俺は声を平坦に保ちながら答えた。


「あんたたちの道路だよ、ヴァルター。実によくできている」


石畳には排水のためのわずかな傾斜があり、側溝も綺麗にさらわれていた。


「閣下は秩序を愛されるお方ですので」


ヴァルターがグラスを掲げた。


「そして、その秩序をさらに向上させられる者を高く評価されます」


習性とは恐ろしいもので、俺はパトロールの影を捉えようと、無意識に地平線へ視線を凝らした。


脳が反射的に、視神経へ魔力の流れを送り込もうとする。


だが、その瞬間――


――こめかみを、鋭く脈打つような激痛が貫いた。


「お加減が悪いのですか?」


ヴァルターが身を乗り出す。


「実験の後遺症だ、気にするな」


馬車は『黒い小川ブラック・クリーク』を通過した。


急な斜面と湿地帯に挟まれた、細いボトルの首のような場所。


待ち伏せ(アンブッシュ)には、これ以上ない絶好のポイントだ。


弾道や射角の計算に慣れきった俺の脳が、瞬時に危険地帯を弾き出す。


あの転がっている巨岩は、狙撃手にとって格好の遮蔽物だ。


ハシバミの茂み――あそこなら、十人は潜める。


「ノア」


彼を見ずに、低く呟いた。


「左の斜面を警戒しろ。折れた松の木がある、一番高い場所だ」


「何事だ?」


伯爵の従者の一人が声を上げる。


返答の代わりに、馬車の壁へ矢が突き刺さった。


無数の怒号が響き渡る。


俺たちの護衛である、三十騎の伯爵家騎兵が瞬時に戦闘隊形を組んだ。


「敵襲だ!」


外で隊長が叫ぶ。


矢が飛び交う中で、木の箱に閉じこもっているのは愚策だ。


俺は杖を突き、足首をひねりそうになりながらも外へと転び出た。


森から、汚れたボロ切れをまとった男たちが溢れ出てくる。


古い剣から重い斧まで、あり合わせの武器を手にした暴徒だ。


襲撃者の一人が、錆びついたブロードソードを振りかざして俺に突っ込んできた。


――ベキッ!


戦闘の喧騒に掻き消されそうな、短い破裂音。


鉛の弾丸が男の胸を貫き、肋骨を粉砕して地面へと叩きつけた。


ここ三晩、俺が血の滲む思いで調整した気圧式拳銃ニューマチック・ピストルが、完璧に作動した瞬間だった。


「エリリア!」


振り返らずに叫ぶ。


「三時の方向! 狙撃手だ!」


斜面で弓を引き絞っていた射手の目の前で、精霊が鮮烈な緑の火花を弾けさせた。


男が目を覆って悲鳴を上げる。


その刹那、影から這い出たノアが、一閃。


男の喉を掻き切り、そのまま次の獲物へと滑るように移動した。


「護衛の第三、第四列!」


兵をまとめようと躍起になっている伯爵の隊長に向かって、俺は怒鳴った。


「小川側の側面フランツを固めろ! 後ろに回り込まれているぞ!」


指を突き出し、ノアとエリリアに指示を出す。


「ノア、そのオークの根元だ、二人生きている! エリリア、左翼の目を潰せ、一斉射撃が来るぞ!」


奇妙な感覚だった。


リュモンが時折瞬き、弾道や火線の密度に対する俺の推測を裏付けてくれる。


だが、大半は俺自身の眼と、戦術的な直感によるものだった。


十分後、すべては終わった。


街道には死体が転がっている。


生き残った襲撃者どもは、数騎の伯爵領兵に追われながら茂みの奥へと逃げ去っていった。


ヴァルターが馬車から降りてきて、歪んだクラバットを整えた。


「あなたは……一歩も動かなかった」


俺の拳銃を見つめながら、彼は呆然と呟いた。


「一体、どのような魔法なのですか?」


「魔法じゃない」


俺は拳銃をベルトに差し込んだ。


「物理学だ。パトロールを長生きさせたいなら、少しは勉強しておくといい」


死んだ賊のズボンでナイフを拭いながら、ノアが戻ってきた。


彼は俺のすぐそばまで寄ると、低く囁いた。


「リスクを冒しすぎだ。少しは俺たちを頼ることを覚えろ」


俺は彼を押し除けて馬車に乗り込んだ。


だが、心の中ではこう思っていた。


(……お前の言う通りかもしれないな)


道中の残りは、完全な沈黙に包まれた。


ヴァルターは書類の山に没頭していた。


日没時、俺たちの目の前にウェイランド城がその姿を現した。


城は切り立った断崖絶壁の上にそびえ立ち、その城壁は幾重もの控えバットレスで強固に補強されていた。


だが、最も驚くべきは上部だった。


水車によって駆動しているらしい巨大な揚重機が、信じられないほどの高さまで物資を吊り上げている。


「壮観でしょう?」


ヴァルターが主塔を指差した。


「閣下はあれを『世界の骨組み』と呼んでおられます。ここで未来が鋳造されているのです」


(原始的な歯車機構、摩擦による莫大なエネルギー損失……これが未来か? 笑わせるな)


俺は心の中で毒づいた。


馬車が正門をくぐると、儀仗兵たちが出迎えた。


ピカピカに磨き上げられた甲冑をまとった兵士たちだ。


「アイアン親方」


ヴァルターが広い階段を進みながら、俺を先導する。


「忘れないでください。閣下は実利主義者です。率直さは好まれますが、傲慢さは決して許されません」


俺たちは謁見の間へと足を踏み入れた。


何百もの蝋燭と松明に照らされた、広大な空間。


ホールの最奥、一段高くなった場所に、その男は座っていた。


身に纏っているのは、地味な黒いダブレット。


俺は男から十歩手前で足を止めた。


ノアは俺の左斜め後ろで気配を消し、エリリアは天井の影へと溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ