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第106話:進歩の代償

三十日。それが、戦争――そう呼べるものならだが――が扉を叩くまでに、リュモンが俺たちに告げた猶予だった。


そのうちの十日が、すでに煙となって消えた。


残されたのは、欠陥だらけの鋳鉄の山と、肌に染みついて離れない硝石の刺激臭だけだ。


俺は広場の中央に立ち、地面に直接描かれた巨大な図面を見つめていた。


視界には、現実に重なるようにしてリュモンの座標グリッドが浮かんでいる。


『対象:防衛複合体「バシオン-1」。進捗率:22%。致命的不足:安定化推進薬(装薬)』


「また計算してるの、鉄の男?」


新設された詰所の屋根から精霊が急降下し、羽が俺の顔をかすめそうになる。


「そのうち、あんた自身が図面になっちゃいそう」


「花は重装騎兵には通用しない」


俺は前を向いたまま答えた。


彼女は不満げに俺の肩に降り立った。


「ノアが、あんたの頼んでた黄色い石を持ってきたよ」


鍛冶場の方へ目を向ける。


火花と熱気の中、ノアが動いていた。


彼は重い素材を運び、限界まで身体を動かしている。


俺たちは最も危険な段階へと移行しつつあった。黒色火薬だ。


元の世界なら、これは学校で習うレベルの基礎的な化学に過ぎない。


だが、ここではそれが悪夢と化していた。


この土地の硫黄は不純物まみれで、ガラットが古い地下室から集めてきた硝石は、何段階もの精製を必要とした。


俺は村のハズレにある石造りの小屋――即席の実験室へと入った。


机の上には、天秤と乳鉢が並んでいる。


(リュモン、最新の精製度を踏まえて配合比率を再計算しろ)


心の中で命じる。


『計算開始。現在の環境における黒色火薬の最適組成――』


『警告:室内の湿度が規定値を12%超過。不発リスク:高』


俺は乳棒を握り、ゆっくりと成分をすり潰し始めた。


プロセスを分子レベルで制御するため、再びスキルを発動させる。


――ボカン。


小さな爆発が起き、乳鉢が跳ね上がった。


鼻を突く煙が瞬時に部屋に充満する。


咄嗟に右手で顔を覆ったが、熱風の大部分は義手が受け止めてくれた。


耳鳴りが響き、視界に黒い斑点が泳ぐ。


「クソが……」


俺は激しく咳き込みながら、頬の煤を拭った。


「生きてるか?」


入り口にノアが姿を現した。彼はその刺激臭に顔をしかめることすらしなかった。


「ただの計算違いだ」


スキルが解けていくのを感じながら答える。


こめかみを刺すような鋭い痛みに襲われ、俺は机に手をついた。


喉の奥から酸っぱい吐き気が込み上げてくる。


一日二十時間、週七日、こんな負荷に耐えられるように俺の脳はできていない。


……だが、なぜだ。前の世界では、これしきのことがどうしてあんなに簡単だった?


「自分を壊しているぞ、アイアン」


ノアが近づき、静かに言った。


俺は彼を見つめた。


「時間がない。この配合を安定させなければ、全員死ぬ」


防衛用の罠の設置作業は、精霊とノアを強制的にコンビにさせた。


精霊は、主堀へと続くアプローチにびっしりと茨を急成長させていく。


「育って、可愛い子たち! 私たちに逆らう奴らを、思いきり刺しちゃえ!」


茂みの上を飛び回りながら、彼女は高笑いした。


ノアがその後を追う。


その手には鉄のスパイクと、俺の「失敗作」が詰まった小さな泥壺があった。失敗作とはいえ、燃焼兵器としては十分使い物になる。


彼はスパイクを根元まで地面に叩き込み、俺が設置した罠のワイヤーを慎重にカモフラージュしていった。


「そこを踏むなよ、羽つき」


精霊が低く飛びすぎた瞬間、ノアが声をかけた。


「ふんっ! 生意気ね!」


精霊が彼の目の前でピタリと止まる。


「年長者は敬いなさいって、教わらなかったの?」


「で、その年長者ってのはどこにいるんだ、ちびすけ?」


ノアが言い返す。


「背の高さなんて関係ないもん!」


エリリアはそう言い放つと、アイアンの方へと飛び去っていった。


準備を始めて十五日目が過ぎる頃、俺の身体に不気味な変化が現れ始めた。


食べ物の味がしなくなった。


パンは乾燥したおがくずのようで、水はただの無味乾燥な液体だった。


スキルを使っていない時は、いつも手が小刻みに震えた。


発動させている間だけが、唯一、自分の肉体を完全に制御できる時間だった。


ある日の夕方、俺が鋳造品の湯垢を削り落としようとしているところを、ガラットに呼び止められた。


「今日はもう十分だ、アイアン。休め」


彼は俺の義手に、重々しく手を置いた。


「まだ外壁の二区画の補強が終わっていない」


俺は息を吐き出した。


自分の声が、まるでスピーカーから流れる他人の声のように無機質に聞こえた。


「自分を見てみろ」


老人は、磨き上げられた盾を俺の顔の前に突きつけた。


そこに映る俺の肌は土気色で、目の下には深い隈が落ちていた。


「お前は気づいていないのだろうがな」


ガラットは静かに言った。


「村の連中は、お前を恐れると同時に、酷く心配しているんだぞ」


俺の内で、リュモンが同意するように短いデータフラッシュを明滅させるのを感じた。


夜が更け、村がようやく静寂に包まれた頃、俺は消えかけの炉の前に残っていた。


向かいにはノアが座り、新調した高炭素鋼の剣を研いでいる。


「なぜ俺を手伝う?」


俺は尋ねた。


「お前なら、ここを出て行くこともできたはずだ。その力と速度があれば、一人でも森で生き延びられただろう」


ノアは手を止めた。


彼は炎を見つめ、その瞳に熾火の赤を映した。


「生き延びるだけなら、どこでだってできるさ。でも、ドルンハイムは……僕を受け入れてくれた、初めての場所なんだ」


「……そうか」


俺は答えた。


二十日目。俺たちは最初の完成品となる大砲を壁へと運び上げた。


それは、試験段階で爆発したあの「鉄の筒」とは違う。


靭性に優れた合金で作られ、鋼鉄のリングで何重にも締め上げられた、鍛冶技術の結晶だ。


俺は自ら火薬を詰めた。


スキルを使って製造した最後のロットは、完璧な仕上がりだった。


「目標、谷の向こうの古いオークの木」


俺は命じた。


ノアが火縄を近づける。


轟音が足元の地面を揺るがした。


砲口から炎の尾が吹き出し、次の瞬間、五百メートル先にある巨大なオークの幹が粉々に吹き飛んだ。


眼下に集まっていた村人たちが悲鳴を上げ、地面に平伏す。


精霊は両手で耳を塞ぎ、俺の背中に隠れた。


「あと七日」


俺は震える手を見つめながら呟いた。


壁の上に立ち、地平線を凝視する。


敵の軍勢はまだ見えない。


だが、俺の脳内では、リュモンがすでに迫り来る戦いの戦術展開図を描き始めていた。

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