第104話:リミッター
「ゼノの命でここに来た」
俺の声は無機質に響いた。
「この村を地図から消させないために、彼が俺を遣わした。ドルンハイムを生き残らせるために、だ」
群衆から地鳴りのようなざわめきが沸き起こる。
血に染まった斧を握りしめた背の高い男が、張り詰めた空気の中、一歩前に踏み出してきた。
「ゼノだと? 長老の? なぜお前のような余所者を信じなきゃならん! お前自身、俺たちの家を焼き払ったあの闇の化け物と同類に見えるぞ!」
(厄介な……ありがとよ、オヤジ)
俺は心の中で毒づいた。
「その男の言うことは本当だよ」
頭上から声が響いた。
精霊が広場の上空へと舞い上がる。
その小さな体から、突如として強烈な光が放たれた。人々は思わず目を細める。
「この鉄の男は、世界の均衡を保つ者の意志。彼を追い出すということは、あんたたちの希望を捨てるってことだよ」
ざわめきがピタリと止んだ。
彼女に反論する術もなく、村人たちはうなだれた。
だが、緊張の糸が切れた瞬間、精霊の輝きが翳り始めた。
彼女の体が、空中でぐらりと揺れる。
俺は地を蹴った。
ほんの一瞬だけ、スキルを発動させる。
跳躍。下方向へのベクトル。キャッチ。
地面に激突する直前で彼女を抱き留め、群衆の視線から隠すように、そっと肩の上に乗せた。
「どうした?」
焼け残った倉庫の影へと移動し、静かに声をかける。
「この姿じゃ……」
彼女は小さな指で俺のジャケットにしがみつき、荒い息を吐いた。
「こんなに魔力を使うべきじゃなかった。出力が強すぎるの……」
「この姿?」
俺は眉をひそめた。
「別の姿があるのか?」
「これは、リミッターみたいなものだからね」
彼女は力なく微笑んだ。
「精神世界でも言ったはずだ。もう一度言う、お前は俺についてくるべきじゃない。どうなるか、身を以て分かっただろう」
「おバカな鉄の男」
声はまだ震えていたが、彼女は鼻で笑った。
「時間が経てば元に戻るよ。それに……あんたは放っておくには面白すぎるんだから」
――それから、三ヶ月が過ぎた。
ドルンハイムは変わりつつあった。
俺には人心を掌握するような熱い演説はできない。だが、設計ならできた。
リュモンが俺の最大の武器となった。
村人たちが眠りにつく頃、俺は一人で廃墟の真ん中に立ち、視界に展開される仮想設計図を見つめていた。
【工学】
リュモンと共に荷重ベクトルを算出する。破城槌の衝撃にも耐えられるよう、基礎をどこに掘るべきかを村人たちに指示した。
【物流】
小麦粉一袋に至るまで最適化を行う。ロスはゼロ。システムが必要カロリーと労働時間を割り出す。
俺は誰よりも働き、時には五人分の労力を一人でこなした。
雄牛すら動かせない丸太を担ぎ、何週間も刃こぼれしない道具を鍛え上げた。
人々は、俺の冷徹な存在感に慣れていった。
相変わらず恐れられてはいたが、彼らは俺の「効率」を信頼し始めていた。
だが、一つだけ腑に落ちないことがあった。
ノアだ。
彼は俺の味気ない命令を噛み砕き、村人たちとの間を取り持ってくれていた。
しかし、ひとたび自由時間になると、彼は俺の目を釘付けにするような行動をとった。
剣技の修練。それも独学だ。
毎夕、太陽が森の向こうに沈む頃、ノアは重い木剣を握りしめ、限界まで打ち込みを繰り返していた。
その動きは不格好だったが、その瞳には確かに炎が宿っていた。
(リュモン、対象「ノア」の報告を)
俺は心の中で、もう百度目になる命令を下した。
『警告。解析不能。対象の識別信号が、現在のリュモンの演算能力を超過しています。アクセスエラー:403』
俺は拳を握りしめた。
(あんな弱卒が、俺より強いはずがない。リュモン、お前バグったのか?)
俺は何度も、何度も、自分に言い聞かせるように毒づいた。




